第98話 終末の六十秒と、神代の揺り籠 ~点と点が繋がる星海~
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第五層のドームの中央。
すべての番人を退けた俺は、静寂に包まれた『白金の大扉』の前に立ち、中央の窪みへと『黒い歯車』をガシャンッ! と嵌め込んだ。
「これだけじゃダメだ。この歯車に、俺の魔力を『管理者』だと誤認させるためのバイパスを通す」
俺は歯車の微細なスリットに、偽装用の『白銀の魔導針』を深々と突き立て、自らの錬金魔力を全身の血が沸騰するほどの勢いで流し込んだ。
『――システム・アクセス。……マスター・コア部品の接続を確認』
ドーム全体が不気味な赤光に包まれる。
『……最終防衛プロトコル(概念消去シーケンス)を起動します。認証完了まで、残り60秒』
その瞬間、ドーム内の「音」が完全に消え去った。
いや、音だけではない。視界がグニャリと歪み、全身の骨が軋むような、経験したことのない異常な重圧が四方八方からのしかかってきたのだ。
「がっ……!? な、なんだこれ……空気が、重い……ッ!」
「マスター!! これは物理兵器ではありません! ドーム内の空間そのものを『圧縮』し、内部の物質を原子レベルで『還元(消去)』する気です!」
「空間の圧縮だと!? なんてえげつない自爆装置だ!」
サフィの絶叫で、俺はその息が詰まるような圧力の正体を理解した。
レーザーや爆発なら防ぎようもある。だが、これは「部屋そのものが俺たちをすり潰そうとする」純粋な物理法則の暴力だった。
「が、ああっ……! 盾が、張れませんわ……!」
アミィが展開しようとした水鏡が、出現した端から圧縮され、ただの水滴となって床に落ちる。ルビィのロケットハンマーの重力制御機構すら悲鳴を上げ、彼女は膝から崩れ落ちそうになっていた。
「残り50秒! マスター、このままでは全員『塵』になります!」
「させるかよッ!!」
俺は魔導針から片手を離さず、もう片方の手でアイテムボックスを全開にした。
引きずり出したのは、先ほどの第四層で一万の軍勢の残骸から強欲に搔き集めた『二万四千点のミスリル製駆動パーツ』と『魔石』の山だ。
「錬金術の基本は構築だ! 部屋が圧縮してくるなら、それが不可能なほどの『つっかえ棒』を作ってやる!!」
俺は血を吐くような思いで魔力を振り絞り、数万のパーツを一瞬で融解・再構築させた。
出来上がったのは、俺たちをドーム状に覆い隠す、何百層にも重なった極厚の『超密度ミスリル装甲陣地』だ。
メキョォォォォォッ!!
空間圧縮の波がシェルターに到達し、最強の硬度を誇るミスリルがまるでアルミ缶のようにひしゃげ、凄まじい金属音を上げる。
「残り30秒!! 外殻の70%が崩壊!!」
「ダイヤ! 熱波で内側から膨張させろ! 外からの圧縮力に反発するんだ!」
「承知いたしましたわっ! ああぁぁぁッ!!」
ダイヤが限界を超えた魔力で超高温の陽炎をシェルター内部に充満させる。熱膨張の力で、ひしゃげる壁をギリギリで押し留める。
「残り10秒! 5、4、3、2、1……!!」
ミシッ、とシェルターの天井に致命的な亀裂が走り、圧倒的な圧力が俺たちの頭上に迫った、その瞬間。
『……生体波長の強制上書き(オーバーライド)を確認。……新管理者権限、受諾。防衛機構を完全停止します』
フッ……と、俺たちを押し潰そうとしていた死の圧力が消え去った。
直後、ボロボロになったシェルターが崩壊し、俺たちは全員、その場にへたり込んだ。防具も服も汗と埃で汚れ、息をするのもやっとの状態だ。
「……はぁ、はぁっ……。危ないところだったぜ。だが……」
俺は震える足で立ち上がると、アイテムボックスから再び錬金釜を呼び出した。そして、ひしゃげてスクラップになった『ミスリル装甲陣地』の残骸へ向けて手をかざす。
「一万の軍勢から剥ぎ取った極上のミスリルだ。使い捨てていくなんてもったいないマネ、錬金術師がするわけないだろ?」
青白い光と共に、巨大な残骸はサラサラと『純度100%のミスリルインゴット』へと還元され、俺のアイテムボックスの中へきっちりと収まっていった。命の危機を乗り越えた直後でも素材回収を忘れない俺の姿に、アミィが呆れたような、それでいて安心したような笑みをこぼす。
『……おかえりなさいませ。神代の管理者様』
柔らかな機械音声と共に、白金の大扉が静かに、そして重々しく左右に開かれた。
ついに開かれた要塞の心臓部。俺たちは姿勢を正し、その内部へと足を踏み入れた。
そこは、広大な空間の壁や天井が『宇宙の星海』を映し出す巨大なプラネタリウムのようになっており、床には澄み切った浅い水が張られていた。
そして、その星海の中心。淡い光を放つ巨大な培養槽の中に、一人の『女性』の姿をした人工生命体が眠っていた。
「マスター。……空間内の情報媒体から、この施設の『仕様書』および、あの培養槽の『設計データ』の抽出に成功しました。私のメモリへ直接ダウンロードします」
サフィの瞳が青く高速で明滅し、神代の叡智を次々と読み込んでいく。
「解析によると、この施設は『第参号・生命培養槽』。神代の錬金術師が『生命錬金術』を研究・保存するための隔離施設です。……そしてマスター、もう一つ重要なことが」
サフィは壁面の星海に映し出された天体図の一部を指差した。
「マスター。私たちが最初に目覚めたあの『第一の隠しラボ』を覚えていますか?」
「ああ。アミィたちと出会って、俺の引きこもり生活が始まったあの最高の場所だろ?」
「はい。あの時、第一ラボのメインコンピューターから、世界地図に点滅する『無数の赤い点』のデータを抽出しました。……その座標が、この仕様書に記されている他の『神代の特化型研究施設』の座標と、完全に一致しています」
俺は息を呑んだ。
勇者パーティーを追い出された直後に見つけた、あの古代の地図データ。ただの危険なダンジョンの位置だと思っていたあの赤い点は、全てが繋がっていたのだ。
「武装開発、空間制御、気象操作……。あの赤い点は全部、この要塞と同レベルの『神代の遺産』の所在地だったってことか……!」
俺は思わず、身震いするほどの興奮を覚えた。
神代の錬金術師は、己の叡智を一箇所にまとめず、世界中にバラバラに隠した。俺たちは今、その壮大な宝探しの「確かな見取り図」を手に入れたのだ。
「ご主人様、あの方……」
アミィが、培養槽の中で眠る女性を見上げる。
透き通るような銀糸の長い髪。豊満で成熟した肉体。大地の女神を思わせるような、深く慈愛に満ちた大人の女性の姿だった。
アミィたちの設計思想の「大元」、あるいは「母」とも呼ぶべき、生命錬金術の究極の到達点。
俺は仕様書のデータを完全に引き継いだコンソールに触れ、管理者権限でロックを解除した。
静かな排気音と共に培養液が抜け、ガラスが開く。俺は眠り続けるその成熟した女性の体を、しっかりと腕の中に抱きとめた。
肌は温かく、その豊かな胸の奥からは、俺の魔力に依存しない、彼女自身の「本物の命の鼓動」が力強く響いていた。
「……連れて行くに決まってるだろ。この人は、俺たちが神代の錬金術を紐解くための『生きた鍵』であり……俺たちの新しい家族だ」
俺は腕の中の新たな家族と、壁面に輝く未知のダンジョンへの座標(星海)を見つめて不敵に笑った。
仕様書という名の「設計図」、そして神代の生命錬金術の結晶であるこの美しき女性。すべてを強欲に回収した錬金術師一行の旅は、地図に記された次なる「赤い点」へ向けて、さらなる広がりを見せようとしていた。
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