第84話 知の番人の驚愕と、深層の認証エラー ~三つ目のパズルのピース~
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マキアヴェスは水煙管を咥えたまま完全に硬直していた。
机の上に置かれた『黒い歯車』を、片目に取り付けた分厚い拡大鏡で穴が空くほど見つめ、やがてガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「お、お前さん……。これを、どこで手に入れた……!?」
「市場の骨董屋のガラクタに紛れてたんだよ。ただの文鎮として銀貨1枚で売られてた。途中のオアシスにいた星詠みの婆さんによれば、ダンジョンの深層の扉を開ける鍵であり、持っているだけで防衛システムに命を狙われる『厄介な発信機』らしいんだが」
俺が淡々と説明すると、マキアヴェスは頭を抱えて激しく首を横に振った。
「厄介なんてもんじゃないわい! あの婆さん、相変わらず説明が足りん! ……いいか、その遺跡はな、遥か古代の錬金術師が作り上げた『完全自律型の防衛要塞』なのだ!」
マキアヴェスは震える手で分厚い古文書を引っ張り出し、一枚の黄ばんだ図面を机に広げた。そこには、複雑な幾何学模様の魔法陣と、機械的な歯車の噛み合わせが緻密に描かれていた。
「この黒い金属は『神代の魔導合金』。婆さんの言う通り、深層部の防衛システム……いや、ダンジョン全体の『中央制御装置』の一部だ。……いいか、システムの視点で考えてみぃ」
老人は図面を指で叩きながら、熱を帯びた声で語り続ける。
「要塞の心臓部から、重要な『部品』が一つ欠損している。システムは自動で修復を試みるが、見つからない。そこへ、お前さんがそれを持ち込んでダンジョンに入ったらどうなる?」
「……システムは『紛失した自らの重要部品』が、外部からの侵入者の手にあると認識する」
サフィが眼鏡の奥の瞳を光らせ、老人の言葉を引き継いだ。
「肯定。システムにとって、それは『エラーの発生』および『第一種最高警戒事象』と同義です。防衛機構は紛失物を強制回収するため、通常のアドベンチャー(冒険者)向けのトラップではなく、文字通り『外敵を抹殺するための軍事用兵器』を際限なく起動させることになります」
サフィの冷徹なシステム分析に、アミィとダイヤが息を呑んだ。
「軍事用兵器……。つまり、生半可な冒険者が挑む罠とは、根本的にレベルが違うということですのね」
「ご主人様、そのような危険なものを所持したまま潜るのは、あまりにも無謀では……」
確かに、ただでさえ過酷な砂漠のダンジョンだ。それが「全力の殺意」で迎撃してくるとなれば、慎重に進んできた意味がなくなってしまう。
だが、俺はニヤリと笑ってマキアヴェスを見つめた。
「そこをなんとかするのが、あんたの『知恵』だろ、物知り爺さん。このエラーを逆手に取る方法、あるいはシステムを騙す方法があるはずだ」
マキアヴェスは俺の不敵な態度に一瞬呆気にとられたが、やがてクククと低く笑い始めた。
「ハッ、大した度胸だ。盗賊をひねり潰して私の本を取り返しただけのことはある。……あるとも。三つ目のヒント、この知の番人が授けてやろう」
老人は机の引き出しから、小さな、しかし驚くほど精密な『白銀の魔導針』を取り出した。
「システムはな、お前さんが持っている黒い歯車の『固有の魔力波長』を追って攻撃を仕掛けてくる。なら、その波長を書き換えてしまえばいい。……その歯車の表面に刻まれた幾何学模様の『この部分』を見てみな」
言われて黒い歯車を凝視すると、確かに肉眼では見落とすほどの微細なスリット(溝)があった。
「それは古代の『アクセス・ポート(認証溝)』だ。そこに、お前さんの純粋な錬金魔力を、この魔導針を使って『ダミーの管理者信号』として流し込むのさ。……そうすれば、システムは『部品を盗んだ泥棒』ではなく、『部品をメンテナンスしている正規の管理者』だと、一瞬だけ誤認する」
「なるほど! 認証エラーを偽装して、防衛システムにホワイトリスト(安全対象)として登録させるわけか!」
俺のエンジニア的な理解の早さに、マキアヴェスは目を見開いて膝を叩いた。
「その通り! 話が早くて助かるわい! ――ただし、偽装が通じるのは『各階層のチェックゲート(物理扉)』を通過する瞬間だけだ。扉を開けるためにその歯車を嵌め込んだ瞬間、偽装が剥がれて一分間だけ大防衛戦が始まる。『扉に鍵を挿したら、認証が完了するまでの一分間、全力で耐え抜け』。これが三つ目の、そして最後の鍵だ」
マキアヴェスから手渡された白銀の魔導針。
一つ目のヒント『出現のタイミング(三つの赤い星)』。
二つ目のヒント『蜃気楼の破り方(雷結晶のレンズ)』。
そして三つ目のヒント『扉の開け方と、一分間の限定防衛戦(認証偽装)』。
すべてのパズルのピースが、論理的かつ完璧に噛み合った。
ただの厄介な呪いのアイテムだった黒い歯車は、俺たちの手によって「要塞のシステムをハッキングするための最高のバックドア(裏口)」へと進化したのだ。
「完璧だ。爺さん、最高の知恵をありがとう」
「ヒヒッ、無事に帰ってきたら、深層の古い記述を書き写して持ってきておくれよ。それが最高の報酬だ」
俺たちはマキアヴェスに深く感謝し、白岩の書庫を後にした。
補給も、知識も、装備も、すべてが完璧に揃った。
俺たち錬金術師一行はビークルへと乗り込み、ついに、遥か砂漠の最奥で三つの赤い星が沈むその場所へ向けて、迷いない足取りで熱砂の海へと突き進むのだった。
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