第77話 熱砂の暗殺者と靴の中の恐怖 ~小さき毒針にご用心~
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見事な連携で砂竜を狩り、極上の肉を自力で確保できるようになった俺たち。
その夜の野営では、自分たちで仕留めた肉の味は格別だと、誰もが誇らしげな顔で串焼きを頬張っていた。
「へへっ、どうだナイラ! これでもう、俺たちも立派な砂漠の戦士だろ?」
俺が自信満々に笑うと、ナイラは呆れたように鼻で笑い、串の肉を噛みちぎった。
「ハッ、戦士ね。確かに、ド派手な音を立てて襲ってくる『砂漠の戦士(デカい魔物)』のあしらい方は覚えたようだな。……だが、クロウ。あんたらはまだ、砂漠で一番恐ろしい『暗殺者』の存在を知らない」
「暗殺者?」
俺が首を傾げた、その時だった。
「クロウ! 動くなッ!!」
ナイラの鋭い声と同時だった。
シュガッ!! と、彼女の手から放たれた投げナイフが、俺が脱ぎ捨てていた『靴』のすぐ横の砂地に深々と突き刺さった。
「な、なんだ!?」
「……ナイフの切っ先を、よぉく見てみな」
ナイラに顎でしゃくられ、俺は恐る恐る自分の靴に近づいた。
ナイフに串刺しになっていたのは、砂と全く同じ色をした、手のひらサイズの小さな『蠍』だった。俺がまさに、靴を履こうと手を伸ばしかけていた位置だ。
「ヒィッ!?」
「サ、サソリ……!?」
ルビィとアミィが悲鳴を上げて飛び退く。
数日前に大群で襲ってきた『潜砂蠍』のような巨大な魔物ではない。前世の記憶にあるような、ごく普通の、小さくて目立たない虫だ。
「……マスター。この生体反応、私の魔力レーダーにも、双子のソナーにも全く引っかかっていませんでした」
サフィが眼鏡を光らせ、冷や汗を流すかのような声で報告した。
「分析します。対象は『熱砂の隠密蠍』。魔力をほとんど持たないため探知が極めて困難です。さらに、その尾の先端から分泌される毒液は……致死量わずか数ミリグラム。成人男性や大型の魔物でさえ、刺されれば数分で神経が麻痺し、呼吸困難に陥って確実に死に至ります」
サフィの無慈悲な解析結果に、俺の背筋をゾワリと悪寒が駆け抜けた。
もしナイラが気づいていなかったら。俺が何も考えずに靴に足を突っ込み、こいつが防衛本能でプスッと針を刺していたら……俺は今頃、泡を吹いて砂の上に転がっていたのだ。
「分かったか、クロウ。これが砂漠の『暗殺者』だ」
ナイラが焚き火の枝で、串刺しになった蠍を弾き飛ばした。
「デカい魔物は、振動や魔力で遠くからでも感知できる。だが、こういう小さな虫どもは、音も立てず、目立たずに忍び寄ってくる。夜の冷え込みを避けるために、人間の脱いだ靴の中、毛布の隙間、荷物の陰……暖かくて暗い場所に潜り込み、気づかずに触れた獲物を『プスッ』とやるのさ」
「…………ッ」
「砂漠で死ぬ奴の大半は、巨大な魔物に食い殺されるんじゃない。こういう小さな毒虫に刺されて、誰にも気づかれずにテントの中で冷たくなってるんだよ」
狩人の厳しい言葉に、俺たちは完全に沈黙した。
強大な魔法陣も、ロケットハンマーも、水の刃も。靴の中に潜む一匹の虫の前には、何の意味も持たない。
「……反省した。俺はまた、砂漠を舐めてたよ」
俺は深く息を吐き、自分の靴を手に取って、念入りに逆さにしてバンバンと叩いた。中からは何も出てこなかったが、これからは絶対に欠かせない儀式になるだろう。
「いいか、お前らもよく聞け。……砂漠の野営じゃ、靴を履く時は必ず逆さにして振れ。毛布にくるまる前はバサバサと砂を払え。暗い岩の隙間に絶対に手を入れるな!」
俺が仲間たちに向けて厳しい声でルールを徹底すると、ルビィたちは青ざめた顔で「は、はいぃっ!」と何度も頷いた。
「ハッハッハ! ま、そうやってビビッてるくらいが砂漠じゃ一番長生きするのさ」
ナイラが笑いながら、腰のポーチから独特の匂いがする乾燥した葉っぱを取り出した。
「とはいえ、寝てる間に刺されたら堪らないからな。うちの狩猟団じゃ、こうやって『蠍避けの香草』をテントの周りで焚いてから寝るんだ。少し臭いが、命には代えられ――」
「ナイラ、その香草、少しだけ解析させてくれないか?」
俺はナイラの言葉を遮り、錬金術師としての目つきでその葉っぱを受け取った。
「サフィ! この香草の成分を抽出・特定しろ。ダイヤは火加減のサポートだ!」
「承知いたしました! 成分解析、完了。……主成分は、特定のアルカロイドと揮発性の忌避物質です」
「よし! なら、錬金術でこいつの成分を100倍に濃縮して、魔力で持続時間を引き伸ばすぞ!」
俺はすぐさまアイテムボックスから錬金釜を取り出し、香草と砂漠の泥を混ぜ合わせて錬成を始めた。
数分後。釜の中から現れたのは、淡い煙を放つ、親指ほどの大きさの『特製・虫除けのお香』だった。
「完成だ! 『錬金結界香・スコーピオン・ベイン』! こいつを焚けば、半径50メートル以内の毒虫は、匂いと微弱な魔力振動を嫌がって絶対に近づいてこない! おまけに人間にとっては、爽やかなミントの香りがする優れものだ!」
俺がお香に火をつけると、野営地全体にスッキリとした清涼感のある香りが広がり、先ほどまで周囲の砂の影でカサカサと動いていた微小な虫の気配が、一目散に遠ざかっていくのが分かった。
「……おいおい。アタシらの知恵を、一瞬でとんでもねぇ魔法道具に昇華させちまったぞ……」
「やっぱこの錬金術師、バケモンだぜ……」
ナイラとザキが、呆れを通り越してドン引きした顔で俺を見ている。
「へへっ。砂漠の知識はあんたたちに教わるが、それを『快適で安全』にするのは俺の仕事だからな。……とはいえ、靴を振る確認だけは怠らないけどな」
俺が笑ってウインクすると、狩猟団の面々も呆れながら大笑いした。
強大な力と、大自然の小さな脅威。
砂竜の狩り方に続き、暗殺者(毒虫)への対処法という「最も基本的で、最も重要な生存ルール」を学んだ俺たちは、特製のミントの香りに包まれながら、砂漠の夜を安全に眠りにつくのだった。
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