第75話 熱砂の流砂と真のリーダー ~居眠りの代償と、指導者の責任~
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砂竜狩りの一族に同行し、「砂漠の歩き方」を学ぶ旅が始まって数日。
日差しが傾き始めた夕刻、俺たちはビークルを降りて、狩猟団の副官である青年・ザキから『風紋の読み方と危険地帯の見分け方』の講義を受けていた。
「いいか。砂丘の表面にできる波模様……『風紋』の幅が狭くてくっきりしている場所は、砂が締まっていて足場が固い。逆に、風が吹いているのに表面が不自然に滑らかで、波模様がない場所は絶対に踏むな。そこは砂の下に空洞があるか、底なしの『流砂』だ」
ザキが木の枝で砂を指しながら、真面目な顔で解説する。
「流砂は、一見すると普通の砂丘のくぼみに見える。だが、一度足を踏み入れれば、すり鉢状に崩れる砂と共に、自重でどこまでも深く沈み込んでいく。もがけばもがくほど、砂の摩擦が失われて液状化し、あっという間に全身が呑み込まれるんだ」
俺とサフィは真剣に頷き、アミィやダイヤも息を呑んで説明を聞いていた。
だが……。
「……ふぁぁ……」
講義の最後列。
まだ幼いルビィにとって、単調な声で続くザキの「砂の解説」は、ひどく退屈なものだった。
おまけに、夕方の心地よい風と、歩き疲れた足の重さ。ヤドカリの甲羅ボードの上にちょこんと座っていた彼女の頭は、船を漕ぐようにカクン、カクンと揺れ始め……やがて、完全に寝落ちしてしまった。
ズルッ。
ルビィの座っていたボードが、砂丘の斜面を滑り落ちる。
彼女が滑り落ちた先は、ザキが今まさに「踏むな」と警告していた、風紋のない不自然に滑らかな窪み――『流砂』のど真ん中だった。
「……んゃ? あれ……? わわっ!?」
目を覚ましたルビィが、自分が砂に沈み始めていることに気づき、パニックを起こして手足をバタバタと動かした。
「ルビィ!?」
俺が悲鳴を上げて駆け寄ろうとする。
だが、ザキの言った通りだった。もがけばもがくほど、ルビィの体は底なし沼のようにズブズブと砂の中へ吸い込まれ、あっという間に腰の高さまで埋まってしまったのだ。
「お、お兄ちゃん! 砂が、引っ張るぅ……っ!」
「動くなルビィ! くそっ、今すぐ土魔法で足場を固めて――」
俺が焦って錬金術を発動しようとした、その時だった。
「バカ野郎! 魔法を使うな! 魔力振動で砂が完全に液状化して、一瞬で頭まで沈むぞ!!」
怒声と共に、風のように駆けつけてきたのは、狩猟団の長であるナイラだった。
「アタシの真似をしろ! 体重を分散させるんだ!」
ナイラは砂丘の縁から、自らの外套を大きく広げて流砂の表面にバサッと投げ入れた。そして、その外套の上に腹ばいになって這い進み、ルビィに向かって一本の丈夫な鞭を投げ渡した。
「ガキ! その鞭を両手で掴んで、絶対に引っ張るな! 体の力を抜いて、背中から砂に倒れ込め!」
「は、はいっ……!」
ナイラの鋭い指示に、ルビィは泣きそうになりながらも鞭を握りしめ、仰向けに倒れた。
体重が分散されたことで、沈み込みがピタリと止まる。
ナイラは腹ばいのまま、ズルリ、ズルリとゆっくりと時間をかけて鞭を手繰り寄せ、ついにルビィの体を流砂の範囲外へと引きずり出した。
「……っ! び、びっくりしたぁ……っ。うわぁぁぁんっ!」
恐怖から解放されたルビィが、俺の胸に飛び込んで大泣きする。
俺はルビィを強く抱きしめ、背筋を凍らせていた。
もしナイラの制止が遅れ、俺が焦って魔法を使っていたら、砂は崩落し、ルビィは完全に生き埋めになっていた。砂漠の知識がない素人の俺が、一番やってはいけないミスを犯すところだったのだ。
「……ナイラ。本当に、すまない……!」
俺はルビィを抱いたまま、ナイラに向かって深く頭を下げた。
「俺たちが砂漠を舐めてた。講義中に居眠りなんかさせて、ルビィから目を離した俺の責任だ。……俺たちを、見捨てないで助けてくれて、本当にありがとう」
俺は、こっぴどく怒鳴られることを覚悟していた。
命懸けの砂漠で、緊張感のない余所者がどれほど足手まといで迷惑か。追放されても文句は言えない。
だが。
「……勘違いするな、クロウ。あんたらは『素人』だ。砂漠の恐ろしさを知らなくて当然だ」
ナイラは俺を一瞥すると、すぐに視線を外し、顔面を蒼白にしている副官のザキへと向き直った。
「ザキ!! 歯ぁ食いしばれ!!」
「……ッ!!」
ドゴォォォッ!!
ナイラの強烈な裏拳が、ザキの頬を容赦なく打ち抜いた。
ザキは砂に倒れ込み、口から血を流したが、すぐに立ち上がって直立不動の姿勢をとった。
「ナ、ナイラ姉御……! ザキさんじゃなくて、悪いのは居眠りしたルビィで……」
「黙ってな、お嬢ちゃん」
アミィが止めに入ろうとするのを、ナイラは冷たい声で制した。
そして、鬼のような形相でザキを睨みつけた。
「ザキ。お前の今の仕事は何だった?」
「……客人たちに、流砂の危険性と風紋の読み方を『教え、導く』ことです」
「そうだ。だというのに、お前は自分の足元の砂ばかり見て、教え子の顔を見ていなかった。子供が退屈して寝落ちするような単調な講義をし、あまつさえ、その子が流砂に落ちるまで全く気づかなかった!」
ナイラの怒声が、夕暮れの砂漠に響き渡る。
「素人がミスをするのは当たり前だ。だが、案内人がそれに気づけないのは『罪』だ! もしこの子を死なせていたら、お前は我ら狩猟一族の誇りに泥を塗ったことになったんだぞ! 砂漠で命を預かるってことの重さを、二度と忘れるな!!」
「……はいっ!! 申し訳ありませんでした、長!!」
ザキは一切の弁解をせず、ナイラ、そして俺たちに向かって深々と頭を下げた。
その光景に、俺は息を呑んだ。
彼女は、よそ者である俺たちを責めなかった。
自分の部下が「指導者としての責任」を果たせなかったことを、最も重い罪として厳しく罰したのだ。
これこそが、命のやり取りが日常である砂漠の民の掟。そして、部下のミスを自らの組織の責任として被る、ナイラの『真のリーダー』としての器だった。
「……ナイラ姉御。ザキさん。本当に、ごめんなさい……。ボク、もう絶対に勝手に寝たりしない。ちゃんとお話聞くから……」
ルビィが涙を拭い、ザキに向かって深々と頭を下げる。
ザキは少しだけ表情を和らげ、ルビィの頭にポンと手を乗せた。
「いや、俺の講義が下手くそだったせいだ。怪我がなくて本当によかった。……次は、もっと面白くて命に役立つ話をしよう」
その言葉に、俺たちも深く頷いた。
強力な魔法や装備があっても、大自然の前では一瞬の油断が命取りになる。
俺たちはこの一件で、砂漠の本当の恐ろしさと、彼ら狩人たちがどれほど真剣に砂漠と向き合っているかを、文字通り肌で学んだのだった。
「……よし、説教は終わりだ! もうすぐ日が暮れる。さっさと野営の準備をして、今日も美味い砂竜の肉を焼くぞ! クロウ、味付けは頼んだからな!」
ナイラがいつもの豪快な笑顔に戻り、パンッと手を叩く。
「ああ、任せてくれ! 俺の持てる最高のスパイスで、極上の味にしてやる!」
俺は決意を新たに、力強く頷いた。
砂漠の厳しさと、彼らの誇り高き流儀。俺たちはこの逞しい狩人たちから一から『砂漠を生き抜く術』を吸収し、次なるオアシスへの旅を力強く進めていくのだった。
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