第74話 砂竜の宴と熱砂の流儀 ~錬金術師、砂漠の歩き方を一から学ぶ~
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砂竜の群れから俺たちを救ってくれたのは、砂漠特有の風を帆で受けて進む『砂上ソリ』を操る、狩猟部族の一団だった。
「俺はクロウ。こっちは仲間たちだ。助けてもらった上に、ご馳走にまでなっちまっていいのか?」
「気にするな! あんたのあの堅牢な『石の防壁』のおかげで、群れが一箇所に固まってくれて狩りやすかったからな。私はナイラ。この狩猟団の長だ」
日に焼けた肌に、砂漠の民特有の機能的な外套を羽織った女性リーダー・ナイラは、豪快に笑って俺の肩を叩いた。
日が落ち、急激に冷え込み始めた砂漠。
俺たちは彼らの砂上ソリに追従し、風を避けるように切り立った岩陰の野営地へと厄介になっていた。
広場の中央では赤々と焚き火が焚かれ、狩ったばかりの砂竜の解体作業が手際よく進められている。
「いいか、砂竜を捌く時は首の付け根にある『酸の毒袋』を絶対に傷つけるなよ。一滴でも肉にこぼれりゃ、売り物にならないどころか食えたもんじゃなくなるからな」
「はーい! ナイラ姉御!」
ナイラの指示のもと、若い狩人たちが毒袋を慎重に摘出し、分厚い尻尾や胴体の肉を豪快なブロック状に切り分けていく。
それに砂漠特有の香草をたっぷりと揉み込み、串に刺して焚き火の周りに突き立てた。
ジュワァァァァッ……!
脂が火に落ち、スパイシーで野性味あふれる香りが野営地に漂い始める。
「……ご主人様。まさかとは思いますが、また虫のような味がするのでは……」
「お兄ちゃん、トカゲさんのお肉、固くないかな……?」
数日前の昆虫食のトラウマが抜けきらないアミィとルビィが、俺の背後に隠れて恐る恐る肉を見つめている。
だが、香ばしく焼き上がった砂竜の串焼きを渡された俺は、迷うことなくその肉塊に噛み付いた。
「……ッ!! う、美味ぇ!!」
驚きの声が漏れた。
見た目は完全に爬虫類だが、その味は『極上の地鶏』と『ワニ肉』を掛け合わせたような、驚くほど弾力のあるサッパリとした白身だったのだ。
噛めば噛むほど、引き締まった筋肉から濃厚な旨味が溢れ出し、香草のピリッとした辛味が砂漠の夜の冷えを吹き飛ばしてくれる。
「こいつは最高だ! 鶏肉よりもジューシーで、クセが全くないぞ! お前らも食ってみろ!」
「ほ、本当ですの……? あむっ。……まあっ! お上品な白身魚のようですわ!」
「わぁ! お口の中でぷりぷりしてる! 美味しいー!」
ルビィたちも一口食べると目の色を変え、夢中で串焼きに齧りつき始めた。
双子も「……んぅ……お肉、あったかいですぅ……」と幸せそうに頬張っている。
「ワッハッハ! だろう? 砂漠の過酷な環境を泳ぎ回る砂竜の肉は、無駄な脂が落ちて極上の味になるのさ。次のオアシス市場に持っていけば、金貨に化ける最高級品だ」
ナイラが誇らしげに胸を張りながら、水筒の酒を煽る。
俺はお礼として、アイテムボックスから『海塩』と『マリン・レモンの果汁』を取り出し、彼らの肉に振りかけて振る舞った。
海から遠く離れた彼らにとって、これ以上のスパイスはない。狩人たちは「なんだこの爽やかな酸味は!」「肉の旨味が跳ね上がったぞ!」と大いに盛り上がった。
◇
宴が落ち着き、焚き火の火力が落ち着いてきた頃。
俺はナイラの隣に座り、真剣な顔で尋ねた。
「ナイラ。俺たち、実は海沿いの街から来て、砂漠に入ってすぐに砂嵐で『迷子』になっちまってね。これまでは仲間のソナーや魔導具の力でなんとか進んできたんだが……」
「迷子? ハッ、なるほどな。どうりで、あんたらの車の轍が、砂漠のセオリーを完全に無視してたわけだ」
ナイラは呆れたように笑い、焚き火の枝で砂を突いた。
「あんたらのその車、とんでもなく快適で頑丈なんだろう? だから『砂漠を舐めてた』んだ。……いいか、砂漠で一番恐ろしいのは魔物じゃない。自分がどこにいるか分からなくなる『方向感覚の喪失』と、地形を丸ごと変える『風』だ」
ナイラの言葉は、痛いほど俺の図星を突いていた。
ビークルの冷房と、無限の食料があるからと、俺は遭難状況すら「優雅なピクニック」だと高を括っていたのだ。
もしビークルが魔物の酸で致命的な故障を起こしていたら? もし魔力が尽きて冷房が止まったら?
俺たちは、砂漠を生き抜く「知識」を何一つ持っていなかった。
「砂漠じゃ、座標や地図は砂嵐一つで紙切れになる。頼るべきは『星の配置』と『砂の波紋(風紋)』だ」
ナイラが夜空を指差す。
「あの青い星と赤い星の並びが、北を指す。そして足元の風紋の形を見れば、次の砂嵐がいつ、どの方角から来るかが『砂の呼吸』として分かる。……今日の昼間の強風、風紋の波がいつもより鋭角だっただろ? あれは砂竜の群れが砂の下を大移動して、砂の密度が変わってた証拠さ」
「風紋の形で、砂の下の魔物の動きまで分かるのか……!」
サフィの精密なレーダーでさえ直前まで感知できなかった脅威を、彼らは『砂の形』という自然のサインだけで読み取っていたのだ。
圧倒的な経験と、大自然に対する深い理解。
「……ナイラ。お願いがある」
俺は姿勢を正し、彼女に向かって深く頭を下げた。
「俺たちは、目的地である『砂漠のダンジョン』に行かなくちゃならない。だが、今の俺たちはただ強力な道具を持ってるだけの素人だ。……次のオアシスまで、あんたたちの狩猟団に同行させてくれないか。砂漠での移動の仕方、星の読み方、生き抜くための知識を、俺たちに一から教えてほしい」
俺の真っ直ぐな頼みに、ナイラは目を丸くし、やがてニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「へぇ……。あれだけの魔法と壁を作れる実力者が、泥臭い砂漠の民に頭を下げるのかい。……気に入ったよ、クロウ。あんたは力に溺れない、賢い旅人だ」
ナイラは力強く俺の手を握り返してきた。
「いいだろう! 次のオアシスまで、うちの若い衆と一緒に『砂漠の歩き方』をみっちり叩き込んでやる! その代わり、あの海塩とレモンの味付けは、道中ずっとあんたの奢りだからな!」
「ああ! 喜んで専属の料理人をやらせてもらうよ!」
錬金術や魔導具といった「力」に頼るのではなく、自然のサインを読み解く「知識」を得ること。
移動オアシスの村長から教わった『足るを知る心』に続き、俺はナイラたちから『熱砂を生き抜く知恵』を学ぶための、新たな旅路(弟子入り)をスタートさせるのだった。
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