第73話 熱砂の包囲網と砂竜狩りの一族 ~群れる凶牙と、逞しき狩人たち~
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『砂渡りのオアシス』の民と誇り高き別れを交わしてから、数日が経過した。
俺たちは次なる中継地点のオアシスを求め、どこまでも続く灼熱の砂丘を越えていた。
「……暑いですわね。あの涼しかった緑の楽園が、すでに恋しいですわ」
「お兄ちゃん、次のお水のあるところまでまだ遠いのー?」
後部座席でダイヤが日傘をくるくると回し、ルビィが退屈そうに窓の外を眺めている。
海神の魔術による水膜と冷房のおかげで干からびることはないが、見渡す限り黄色一色の景色は、精神的な疲労を蓄積させていく。
「サフィ、次のオアシスの座標は?」
「分析。現在のルート上に存在する固定オアシスまで、あと半日の距離です。ただし……マスター、それよりも緊急事態です」
助手席のサフィが、コンソールの魔力レーダーを叩きながら鋭い声を上げた。
「前方および左右の砂中より、多数の生体反応が急速接近中! 数はおよそ……50、いえ、100を超えます!」
「100!? いくらなんでも多すぎるぞ! 魔物の大群か!?」
俺がビークルのブレーキを踏み込んだ瞬間。
周囲の砂丘がボコボコと沸騰するように波打ち、黄色い砂の中から無数の影が飛び出してきた。
「シャァァァァッ!!」
「グルルルルッ……!」
現れたのは、全身を砂色の硬い鱗で覆われた爬虫類の魔物だった。
一匹の大きさは2〜3メートルほど。前世の記憶にある『コモドドラゴン』に近いサイズ感だ。昨日見たような巨大な砂漠鯨やクラーケンに比べればずっと小さいが、問題はその「数」と「狂暴性」だった。
「……マスター! 『砂竜』の群れです!」
サフィの警告と同時に、数十匹の砂竜が一斉にビークル目掛けて跳躍してきた。
口からは強酸性のヨダレを垂らし、ノコギリのような牙を剥き出しにしている。
「チィッ! 数に物を言わせた集団狩りか! ゴルド、ビークルを死守しろ! アミィ、ルビィ、迎撃だ!」
「御意ィィッ!」
「はーいっ! 悪いトカゲさんはコンッてする!」
ゴルドが巨大な腕を振り回して群れを弾き飛ばし、ルビィがロケットハンマーで砂竜の頭をカチ割る。
アミィの水流の刃が数匹をまとめて両断し、ダイヤの熱線が砂ごと焼き焦がすが……倒しても倒しても、砂の中から次々と新たな砂竜が湧き出してくるのだ。
「キシャァァァッ!」
一匹の砂竜がダイヤの死角から飛びかかり、鋭い爪で彼女のドレスの裾を掠めた。
「きゃっ!?」
「ダイヤ! ――『錬金土城』!」
俺は慌てて錬金術を発動し、ビークルの周囲を囲むように強固な石の防壁を隆起させた。
ガツン! ガツン! と、防壁の外側から無数の砂竜が体当たりを繰り返し、岩を削るような不気味な爪音が響き渡る。
「……マスター。……トカゲさん、いっぱいでぇ……うるさいですぅ……」
「……お歌で、気絶させますかぁ……?」
車内で双子が耳を塞ぎながら提案してくるが、俺は首を振った。
「ダメだ! 広範囲に音波を放てば、遠くの砂漠の魔物まで呼び寄せてしまうかもしれない。それに、これだけの群れ相手じゃお前たちの魔力(体力)が保たない!」
完全に包囲された。
個々は小さくても、連携の取れた波状攻撃と、底なしの数。これが砂漠の生態系における「数の暴力」だ。
大型爆弾で吹き飛ばそうにも、距離が近すぎてビークルや俺たちまで巻き込まれてしまう。
ジリ貧の防衛戦。防壁が突破されるのは時間の問題かと思われた、その時だった。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!!
突如、空気を裂くような鋭い風切り音が響き、防壁に群がっていた砂竜たちの頭や首筋に、何本もの『返し付きの銛』が深々と突き刺さった。
「ギャァァァァッ!?」
悲鳴を上げて砂竜たちが次々と絶命し、砂丘を転がり落ちていく。
「なんだ!?」
俺が防壁の上から外を見ると、巨大な砂漠用のバギー(風力で動く帆船のようなソリ)に乗った十数人の集団が、砂丘の稜線から猛スピードで滑り降りてくるところだった。
彼らは顔の半分を布で覆い、手には独特な湾曲した刃や、ロープの付いた銛を構えている。
「ヒャッハー! 大物(大群)だぜ!!」
「逃がすな! 肉も鱗も、全部金になるぞ! 一匹残らず狩り尽くせ!!」
集団のリーダーらしき、日に焼けた逞しい女性が叫ぶと、彼らは凄まじい連携で砂竜の群れへと突っ込んでいった。
彼らの動きは、砂漠の魔物の生態を完全に熟知していた。
砂竜が砂に潜ろうとする瞬間に銛を撃ち込んで引きずり出し、強酸のヨダレを巧みなステップで躱し、急所である首の付け根だけを正確に斬り落としていく。
俺たちが手こずっていた100匹近い砂竜の群れは、わずか数分でパニックに陥り、残った数匹が散り散りになって砂漠の奥へと逃げ去っていった。
「す、すげぇ……。完全に狩り慣れてる」
俺が防壁を解除して呆然としていると、集団のリーダーの女性が、血振るいをして刃を鞘に収めながらこちらへ歩み寄ってきた。
「よう、旅のあんたたち。怪我はないかい?」
「あ、ああ……助かった。間一髪だったよ」
「ハッ、あのまま防壁で粘ってりゃ、そのうち群れも諦めたさ。でもまぁ、横槍を入れちまって悪かったな。俺たちは『砂竜狩り』を生業にしてる一族でね。こいつらは放っておけない金ヅルなのさ」
女性が笑いながら親指で背後を指差すと、彼女の仲間たちが手際よく倒れた砂竜の血抜きをし、解体作業を始めているところだった。
「砂竜狩り……? これだけ凶暴な群れを、専門で狩ってるのか?」
「そうさ。このコモドサイズの砂竜は、鱗は軽くて丈夫な防具になるし、牙は武器になる。それに何より……」
女性はニヤリと笑い、解体されたばかりの砂竜の分厚い尻尾の肉をポンと叩いた。
「この肉が、砂漠のオアシスじゃ飛ぶように売れる『最高級の食料』になるんだよ。俺たち自身も、こいつを食って命を繋いでるんだ」
……肉。食う。
その言葉を聞いた瞬間、俺の錬金術師としての(そして料理人としての)好奇心が、爆発的に跳ね上がった。
「ちょっと待ってくれ! あの酸を吐く狂暴なトカゲが、食えるのか!?」
「ん? ああ。毒袋さえ綺麗に取っちまえりゃ、鶏肉みたいに淡白で美味いぞ? 腹が減ってるなら、少し分けてやってもいいが」
「食う!! 絶対に食う!!」
俺が食い気味に即答すると、ルビィとアミィが「またゲテモノですのー!?」と背後で顔を引きつらせた。
しかし、過酷な砂漠で自らの力だけで生き抜く彼らの「糧」。
移動オアシスの民とはまた違う、荒々しくも逞しい砂漠の掟とグルメの香りに、俺の胸は高鳴りを抑えきれなくなるのだった。
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