第69話 涼夜の農作業と砂駱駝の落とし物 ~錬金術師、肥料(ウンチ)に感動する~
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見た目は最悪、味は極上の「昆虫食」の宴から一息ついた頃。
オアシスの夜はまだまだ終わらない。むしろ、気温が完全に下がりきった深夜から夜明け前にかけてが、彼ら砂漠の民にとって最も働きやすい「ゴールデンタイム」なのだ。
「さて、腹も膨れたし、我らはそろそろ『畑仕事』に取り掛かるとしよう」
村長が立ち上がり、村の男たちに声をかけると、彼らは手慣れた様子で農具を持ち、泉の周囲に広がる農地へと向かっていった。
「夜中に畑仕事ですか?」
「うむ。昼間に種をまいたり土を掘り返したりすれば、あっという間に水分が蒸発してしまうからな。夜露が降り、土が冷えているこの時間に耕すのが、オアシスの鉄則なのだよ」
村長の案内に従い、俺たちも腹ごなしを兼ねて畑へと見学に向かった。
そこには、砂漠の代名詞とも言える頼もしい労働力が待機していた。
「わぁ! おっきなお馬さん? いえ、背中にコブがありますわ!」
「ブルルルルッ……」
アミィが驚いた声を上げる。
繋がれていたのは、体高が3メートル近くもある巨大な二こぶ駱駝――『大砂駱駝』たちだった。
長いまつ毛と、分厚い唇。どこか気の抜けたような愛嬌のある顔をしているが、その脚は丸太のように太く、力強い。
「お兄ちゃん、コブがふたつあるよ! 乗ってみたい!」
「ルビィ、仕事の邪魔しちゃ駄目だぞ。……なるほど、こいつらに鋤を引かせて畑を耕すんだな」
村人が手綱を引くと、駱駝たちは文句ひとつ言わず、力強い足取りで湿った黒土を深く掘り返していく。
機械のように正確で、かつパワフルな農作業だ。
「……んぅ……。おっきいですぅ……」
「……ラクダさん、もぐもぐしてますぅ……」
双子も駱駝のユーモラスな咀嚼運動をぼんやりと眺めている。
順調に土が耕されていく中、別の村人たちが大きな籠を抱え、耕されたばかりの畝に「ある物」をパラパラと撒き始めた。
「……ん? 村長さん、あれは種まきじゃないよな。肥料か?」
「その通り! 我らが誇る大砂駱駝の『排泄物』を乾燥させて砕いたものだ! これを混ぜ込むことで、オアシスの作物は立派に育つのだ!」
村長が胸を張って答えた瞬間。
「「「ひぃぃぃぃっ!?」」」
ルビィ、アミィ、ダイヤの三人が、さっきの昆虫食以上の悲鳴を上げてドン引きした。
「ご、ご主人様! わたくしたちがさっき食べた美味しい果物やお野菜って、もしかして……!」
「う、ウンチで育ってたのー!?」
「いやいや、待てお前ら。農業において動物の糞便を肥料にするのは常識中の常識だぞ。発酵させれば窒素やリンを豊富に含む、極上の栄養素になるんだ」
俺が慌ててフォローを入れるが、女の子たちは鼻をつまんでドン引きモードから抜け出せない。
だが、その横で、記録用の石板を構えていたサフィの目が、突然ピカン! と鋭く光った。
「……マスター。村長の言う通り、これはただの排泄物ではありません」
サフィは駱駝の肥料が撒かれた土壌を『魔力スキャン』で解析し、その結果に驚愕の声を上げたのだ。
「分析結果を報告します。……この駱駝の肥料には、驚くべき『二つの効果』が隠されています!」
「二つ? ただ栄養が豊富ってだけじゃないのか?」
「はい。一つ目は『超・保水結界』です。この肥料は土に混ざると、夜露や泉の水分をゼリー状に固めて保持し、昼間の強烈な太陽熱を浴びても『水分蒸発率をほぼゼロ』に抑え込む微小な結界を形成します」
サフィの言葉に、俺は目を見開いた。
「水分の蒸発を防ぐ結界!? そんな魔法みたいな性質が、ウンチに!?」
「ええ。駱駝の特殊な消化器官と、大精霊の魔力を含んだオアシスの植物が胃の中で化学反応を起こした結果です」
さらにサフィは、石板に浮かび上がった『作物の成長曲線グラフ』を指差した。
「二つ目は『魔力触媒による異常成長』です。マスター、このオアシスが地上に浮上している期間は『20日間』ですよね?」
「ああ。その後はまた地中に潜っちまうからな」
「通常の植物が、たった20日で発芽から収穫まで至ることは不可能です。しかし……この肥料が触媒となり、地下の大精霊の魔力を植物の根に直接ポンプのように送り込んでいるのです。これにより、成長速度が通常の『約15倍』に跳ね上がっています」
サフィの解析結果を聞き、俺の全身に雷に打たれたような衝撃が走った。
完全に辻褄が合ったのだ。
なぜ、たった20日間の地上滞在で、村人たちが食べるだけの豊かな作物が実るのか。
それは、大砂駱駝の落とし物が、『絶対蒸発防止機能』と『超速成長促進機能』を併せ持つ、奇跡の「魔法肥料」だったからだ。
「す、すげぇ……! さすが大自然の錬金術だ!」
俺は興奮のあまり、村人が持っていた籠に突進し、その茶色い肥料を素手で鷲掴みにした。
「これは錬金素材として革命的だ! これを解析して量産化できれば、砂漠だろうが岩山だろうが、どんな荒れ地でも数週間で豊かな農地に変えられるぞ!!」
「マスター、詳細な解析のためにサンプルを大量に確保することを推奨します」
「ああ! 袋のありったけを詰め込むぞ!」
目を血走らせて駱駝のウンチをかき集める白衣の錬金術師と、無表情でそれを石板に記録するゴーレムメイド。
「……ああっ、お兄ちゃんがウンチに夢中になっちゃった……!」
「ご、ご主人様! 頼みますから、その手で明日の朝ごはんの調理をしないでくださいませね!?」
「手洗いは絶対ですわよ! 絶対に、ですわよーっ!!」
ルビィたちが半泣きで叫ぶ中、村長や村の男たちは「ワッハッハ! 肥料の価値がわかるたぁ、さすが錬金術師の兄ちゃんだ!」と大爆笑していた。
涼しい夜風が吹き抜ける、移動オアシスの農作業風景。
昆虫食に続き、駱駝の肥料という「究極の錬金素材」にたどり着いたクロウの知的好奇心は、砂漠の星空の下、留まるところを知らずに暴走し続けるのだった。
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