第68話 砂渡りの夜市と、未知なる珍味 ~錬金術師、虫を食う~
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砂漠のど真ん中に現れた『砂渡りのオアシス』。
村長からオアシスの生態系について話を聞き終えた後、俺たちは昼間の時間を、泉のほとりの大きなテントでひたすら「昼寝」をして過ごした。
当然といえば当然だ。
いくら水と緑があるとはいえ、ここは灼熱の砂漠。日が出ている間に無駄に動き回れば、急激に体力を奪われ、貴重な水分を失ってしまう。
目的地である『砂漠のダンジョン』の座標は、これまでの旅路ですでに正確に把握している。焦って村人に道を聞き回る必要もない。
やがて、強烈だった太陽が地平線の彼方に沈み、空が群青色に染まる頃。
急激に気温が下がり、心地よい涼しい風がオアシスを吹き抜けた。
「……んぅ……。マスター、涼しくなりましたぁ……」
「……お腹、空きましたぁ……」
双子のパールとコーラルが目をこすりながら起き上がる。
テントの外に出てみると、昼間は静まり返っていたオアシスが、まるで魔法をかけられたように活気づいていた。
「わぁ……! キラキラしてる!」
ルビィが目を輝かせる。
ヤシの木とテントの間に、発光苔を詰めた無数のガラス瓶がランタンとして吊るされ、幻想的な緑色の光で村全体を照らしている。
広場にはいくつもの敷物が広げられ、村人たちが香辛料や織物、砂漠の果実などを並べていた。
「ここからが、彼らの『本番』というわけですわね」
アミィが感心したように周囲を見渡す。
砂漠の民にとって、活動のメインは涼しい夜だ。商隊との交易も、村の買い付けも、すべてはこの幻想的な『夜市』で行われるのである。
「よし。俺たちも買い出しに行くぞ。……昼間に渡した『海塩』の残りが、いい資金になるはずだ」
俺たちは夜市を巡り、砂漠特有の強い香りがするスパイスや、水分が豊富で甘い『蜜サボテンの果肉』などを次々と買い付けた。
アイテムボックスから常識的な量の塩や干し肉を取り出して物々交換を行うと、村人たちは大喜びでオマケまでつけてくれた。
「クロウ殿! こちらへどうぞ。昼間の極上の塩のお礼に、我らの『ごちそう』を振る舞わせてもらおう!」
買い付けを終えた頃、広場の中心にある大きな焚き火のそばから、村長が満面の笑みで手招きをしてきた。
焚き火の上では、何やら串に刺された肉がジュージューと焼かれ、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている。
「おおっ! ありがとうございます。いい匂いですね、これは何の肉ですか?」
「うむ! 砂漠の岩場に潜む『大砂トカゲの尻尾』と……我らが誇る珍味、『オアシス大カブトの幼虫』と『熱砂タランチュラの丸焼き』だ!」
…………はい?
「ひぃぃぃっ!?」
「い、いやぁぁぁぁっ! 虫ですわ! 巨大な虫ですわーっ!」
村長がドンッ! と木のお皿に盛った「ごちそう」を見た瞬間。
ルビィが俺の背中に隠れて悲鳴を上げ、普段は優雅なダイヤやアミィまでもが、顔を青ざめさせて数メートル後ろへ飛び退いた。
「……マスター。……わたしたち、寝ますぅ……」
「……おやすみなさい、ですぅ……」
双子に至っては、現実を直視することを放棄し、立ったまま目を閉じて完全にフリーズしてしまった。
お皿の上に乗っていたのは、大人の腕ほどもある丸々とした白い芋虫(こんがり焼き色付き)と、毛の生えた巨大な蜘蛛の丸焼きだったのだ。
「お、おい村長さん……。これ、マジで食うのか……?」
さすがの俺も、顔を引きつらせて一歩後ずさった。
海魔の触手やサメは平気で食えるが、節足動物や昆虫のビジュアルは、前世の記憶を持つ俺の脳に強烈な拒絶反応を引き起こさせる。
「何を言うか! この大カブトの幼虫は、オアシスのヤシの木の栄養をたっぷり吸って育った極上の品だ! タランチュラも、毒を抜いて香草で炙れば、外はサクサク、中はトロトロの絶品なのだぞ!」
村長が豪快に笑いながら、丸焼きのタランチュラの足を一本モギッ! ともぎ取り、ボリボリと美味そうに噛み砕いた。
サフィが眼鏡を光らせて無慈悲な分析結果を告げる。
「マスター。昆虫食は砂漠における極めて重要なタンパク源とミネラル源です。成分分析の結果、栄養価は先ほどの深海エビに匹敵、あるいは凌駕しています」
「栄養価の問題じゃねえよ! ビジュアルだよ!」
俺がツッコミを入れるが、村長や村の子供たちが「食べて食べて!」とキラキラした純粋な瞳でこちらを見つめている。
昼間、俺の知識欲に散々付き合ってくれた彼らの「最高のおもてなし」だ。これを拒否するのは、旅人として、そして錬金術師としてあまりにも失礼だろう。
「……くっ。食の探求者に、二言はねぇ……!」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、震える手で『大カブトの幼虫の串焼き』を手に取った。
ズッシリと重い。焼けた表面からは、ナッツのような香ばしい匂いがする。
「……いただきます……ッ!」
俺は目を固く閉じ、覚悟を決めてその白い胴体にガブリと噛み付いた。
パリッ。
ジュワァァァァ……ッ。
「……あれ?」
想像していたような生臭さや、ドロドロとした嫌な食感は全くなかった。
薄く張った皮は極薄のソーセージのようにパリッと弾け、中からは、まるで『上質なバターとカシューナッツを混ぜ合わせたような、濃厚でクリーミーな旨味』が爆発したのだ。
「……う、美味い……! なんだこれ、下手な鶏肉やクリームチーズよりずっと濃厚で甘いぞ!?」
「ワッハッハ! そうだろうそうだろう!」
村長が我が意を得たりと大笑いする。
俺は恐る恐る、今度は『タランチュラの丸焼き』の足にもかじりついた。
サクッ! という小気味良い音。
殻の香ばしさは、完全に『高級なソフトシェルクラブ(脱皮したてのカニの唐揚げ)』のそれだった。中の身はホクホクとした白身魚に近く、砂漠の香草のスパイシーな風味が完璧にマッチしている。
「これ、塩を少しだけ振ったら化けるぞ……! サフィ、アミィ! 騙されたと思って一口だけ食ってみろ! カニだ! カニの味がする!」
「お、お断りいたしますわーっ!! いくらカニでも、見た目が完全に毛虫ですもの!」
「私はゴーレムですので、お食事は不要です(即答)」
女の子たちは首をブンブンと振って逃げ回っていたが、俺の「食への偏見」はすっかり打ち砕かれていた。
見た目は最悪だが、味は紛れもない極上。
俺は昼間に渡した『海塩』をパラリと振りかけ、砂漠の珍味を村人たちと一緒に次々と平らげていった。
涼しい夜風が吹き抜ける、幻想的な砂渡りのオアシス。
未知の食材(虫)にビビり散らしながらも、ちゃっかりと新たな味覚の扉を開いた錬金術師の夜は、賑やかに更けていくのだった。
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