第66話 熱砂のモグラ叩きと、浮上する巨大緑地 ~イライラの果ての潮吹き~
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翌朝。
地平線から昇る強烈な太陽が、砂漠を再び灼熱の世界へと変えていく。
だが、俺たちのビークルの周囲にはダイヤが張った『遮熱結界』があり、タープの下は快適な日陰になっていた。
「さて、昨夜北へ向かって逃げた『移動式オアシス』だが……」
俺は、よく冷えたマリン・レモンの果汁水をグラスに注ぎながら、仲間たちを見渡した。
「相手が地中深くを移動している以上、いつ浮上してくるか全く分からない。それに、植物や泉を背負ったバケモノを誘き出す『餌』なんて、想像もつかないからな」
「……ですね。無理に掘り返すわけにもいきませんし」
アミィが上品にグラスを傾けながら同意する。
「ああ。だから結論としては――『長期戦を覚悟して、ゆっくり待つ』だ」
「わーい! じゃあ、まだまだお砂場で遊べるね!」
ルビィがロケットハンマーを放り投げ、砂の斜面を滑り降りる遊び(サンド・サーフィン)の準備を始める。
過酷な砂漠での遭難状態(迷子)だというのに、俺たちのキャンプには悲壮感の欠片もなかった。
ビークルには無限の動力があり、バルバロッサから貰った『深海アイスボックス』には、まだ数週間分の極上冷感海鮮グルメが詰まっているのだ。
「サフィ。あの移動オアシスが、ずっと地中に潜りっぱなしってことはあり得るか?」
「分析。それは不可能です、マスター。オアシスとして緑(植物)を維持している以上、必ず『光合成』のための太陽光と、大気中の二酸化炭素を取り込む必要があります。……数日以内に、必ずどこかで浮上して『息継ぎ』をするはずです」
サフィの冷静な推論に、俺は満足げに頷いた。
潜水艦が酸素補給のために浮上するのと同じだ。待っていれば、向こうから必ず顔を出す。
「よし! なら追跡は双子に任せて、俺たちはのんびり砂漠のキャンプを満喫しながらついていくぞ!」
◇
「……マスター。……あっちの砂丘の下でぇ、お水がチョロチョロ動いてますぅ……」
「……時速10キロくらいですぅ……。ゆっくりですぅ……」
後部座席で、双子がパッシブソナー(聴音)で地下のオアシスを追跡する。
植物を維持している以上、必ずどこかで「息継ぎ(光合成)」のために浮上するはずだ。それまで気長に待つという作戦だったのだが……。
「よし、双子の案内通りに進んでるな。そろそろ昼飯に――」
俺がクーラーボックスから『深海エビの串焼き』を取り出そうとした、その時だった。
ズバッ!!
ビークルのすぐ横の砂地が爆発し、巨大な『ハサミ』と『毒針』が唐突に突き出してきた。
「なっ!?」
「マスター、右舷より奇襲です!」
サフィの警告と同時に、サソリのような魔物――『潜砂蠍』が、ビークルのタイヤ目掛けてハサミを振り下ろしてきた。
だが、ゴルドが急ハンドルを切って回避すると、サソリは追撃することなく、ザシュッ! と一瞬で砂の中へと潜り、姿を消してしまった。
「なんだ今の!? 攻撃が一発外れただけで、もう逃げたのか!?」
「分析。砂漠の魔物特有の『一撃離脱(ヒット&アウェイ)』戦法です。熱砂の表面は体力を消耗するため、彼らは自身の姿を晒さず、地中からピンポイントで獲物の急所のみを狙います」
サフィが解説する間にも、今度はビークルの左側から別の毒針が飛び出し、またすぐに砂へ潜る。
まるで、広大な砂漠全体を使った悪質な『モグラ叩き』だ。
「ええい、ちょこまかと! ルビィ、アミィ! 迎撃だ!」
「はーい! 出てきたところをコンッてする!」
ルビィがビークルの屋根に上り、ロケットハンマーを構える。
ザバッ! と砂からサソリの頭が出た瞬間、ルビィがフルスイングを叩き込む!
……が、サソリの潜行速度の方がほんの僅かに早く、ハンマーは虚しく砂を抉るだけだった。
「むーっ! また逃げられたぁ!」
「わたくしの水流の刃も、分厚い砂の層に威力を吸収されてしまいますわ!」
アミィが悔しそうに鉄扇を鳴らす。
海の中なら自在に動ける彼女たちも、この「砂という流体」の中を高速で泳ぎ回る相手には、勝手が違いすぎた。
「チッ……! パール、コーラル! 砂の下にいる奴らの位置を正確に割り出せないか!?」
「……うぅ……砂の粒がジャマでぇ……音が、バラバラに散っちゃいますぅ……」
「……ちっちゃい音が多すぎてぇ……どこから来るか、分からないですぅ……」
双子が涙目で耳を塞ぐ。
移動オアシスのような「巨大な水脈の音」なら追えるが、無数に潜む小さな魔物の駆動音は、砂の乱反射に紛れてソナーで捉えきれないらしい。
「くそっ! どいつもこいつもちまちまと……! 落ち着いてエビも食えやしない!」
俺は苛立ちに任せて白衣のポケットをまさぐり、錬金爆弾を投げつけようとするが、相手は既に数十メートル先の地中だ。
結局、俺たちはオアシスを追跡する三日間の間、ずっとこの「姿の見えない砂漠のゲリラ戦法」に悩まされ続けることになった。
ビークルを停めれば足元から針が突き出し、走ればタイヤの死角からハサミが飛んでくる。
致命傷こそ負わないものの、神経をゴリゴリと削られる、砂漠ならではの陰湿な洗礼だった。
「……もうヤダ。お砂場、嫌いになってきた……」
「ご主人様……わたくし、そろそろ優雅なティータイムが恋しいですわ……」
三日目の昼下がり。ルビィがハンマーを抱えて拗ね、アミィが疲れたように息を吐く。
俺自身も、寝不足と苛立ちで眉間のシワが深くなっていた。
「……マスター!」
その時、ずっと後部座席で耳を澄ませていた双子が、突然ガバッと身を起こした。
「……地下の水音がぁ、上に向かってきますぅ!」
「……おっきいですぅ! すぐそこですぅ!!」
「来たか! ゴルド、ビークルを止めろ!」
俺の指示でビークルが急停止した直後。
前方数百メートルの巨大な砂丘が、まるで噴火でも起こすかのように、ゴゴゴゴォォォ……ッ! と大きく隆起し始めた。
「キシャァァァッ!?」
その凄まじい地響きと隆起に巻き込まれ、俺たちを三日間も悩ませていた厄介な『潜砂蠍』たちが、たまらず砂の中から何十匹も弾き飛ばされ、空を舞う。
「なっ……デカいぞ! あれがオアシスの正体か!」
蠍たちを蹴散らし、砂の滝を崩れ落としながら地中から姿を現したのは、全長数百メートルにも及ぶ、途方もなく巨大な『砂漠鯨』だった。
その平らで広大な背中には、豊かな水量の泉が湧き出し、緑鮮やかなヤシの木やシダ植物が鬱蒼と生い茂っている。
『プゥォォォォォォォォォォッ……!!』
砂漠鯨が、背中の泉から天高く「水柱(潮吹き)」を吹き上げた。
太陽の光を浴びた水しぶきが、灼熱の砂漠に美しい虹を架ける。何日も地中に潜っていたオアシスが、ついに光合成と深呼吸のための『息継ぎ』に出たのだ。
「すげぇ……。本当に、背中にジャングルと泉を乗せたクジラだ」
「なんと美しい光景……。砂漠の真ん中に現れた、動く命の泉ですわ」
アミィやダイヤが、その雄大な姿に息を呑む。
三日間のイライラするモグラ叩きの果てに現れた、圧倒的なスケールの大自然。そのカタルシスは計り知れない。
「よし! 待ちに待ったオアシスの浮上だ! 水と緑の補給、それに砂漠の珍しい素材の宝庫だぞ!」
俺はビークルのドアを開け、鬱憤を晴らすように歓喜の声を上げた。
ただの砂漠ではなく、巨大生物の背中の上に広がる未知の生態系。
厄介な追跡戦を終え、俺たちは蜃気楼のように現れた『巨大な移動オアシス』の探索へと、いよいよ足を踏み入れるのだった。
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