第65話 砂漠の夜と錬金フカヒレ ~超音波が叶える、究極の時短仕込み~
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砂嵐が過ぎ去り、完全に地形が変わってしまった灼熱の砂漠。
日が落ちると、昼間の暑さが嘘のように気温が急降下し、凍えるような冷たい風が吹き始めた。
だが、俺たちの野営地(巨大なビークルの側)は、ダイヤが張った『保温結界』と焚き火のおかげで、快適な温度が保たれていた。
見上げれば、空気の澄んだ砂漠ならではの、こぼれ落ちそうな満天の星空が広がっている。
「……さて。昼間に干しておいた『砂鮫のヒレ』だが、ダイヤの熱線のおかげで、たった数時間で数週間分の完璧な『乾燥』が終わったぞ」
俺はカチカチになった巨大なフカヒレを手に取り、ニヤリと笑った。
「わーい! じゃあ、これをお鍋に入れたらスープになるの!?」
お椀とスプーンを持って待ち構えているルビィに、俺は首を振った。
「いや、ここからがフカヒレ料理の本当の地獄だ。普通にやれば、ネギや生姜と一緒に何日も煮込んで柔らかくし、紙やすりのようなサメの皮を剥ぎ、骨を抜き、繊維の奥の『生臭い脂』を何度も水を変えて洗い流さなきゃならない」
「ええっ!? 何日も!? そんなの待てませんわ!」
アミィが絶望したような声を上げる。
フカヒレは、中華料理において最も下ごしらえに手間がかかる食材なのだ。普通の冒険者の野営で作れるような代物ではない。
「だが! 俺たちには錬金術と、最高の仲間がいる! 普通なら二週間かかる工程を、今から一時間で終わらせるぞ!」
俺はアイテムボックスから巨大な寸胴鍋を取り出し、水魔法で満たした。
「ダイヤ、一気に沸騰させろ! ルビィとアミィは、ヒレが少し柔らかくなった瞬間に皮と骨を取り除け!」
「お任せくださいまし! ――『極光・瞬間沸騰』!」
「はーい! ハンマーでコンッてして、骨だけ抜くね!」
「わたくしの水流の刃で、表面のザラザラした皮だけを綺麗に削ぎ落としますわ!」
ダイヤの超火力で通常数日かかる「ふやかし」を数分で終わらせ、ルビィの精密な打撃で骨を浮かせ、アミィがメスのような水刃でサメの皮を完璧にピーリングする。
あっという間に、黄金色に透き通ったフカヒレの「繊維」だけが姿を現した。
「よし、ここからが本番だ! フカヒレの繊維の奥には、しつこい生臭さと脂がこびりついている。これを抜かないとスープが台無しになるんだ。……パール、コーラル! 出番だ!」
「……はぁい……♪」
「……お任せ、ですぅ……」
双子が鍋の両脇に立ち、小さく歌い始めた。
『――ホォォォォォ…………♪』
「……んんっ……!!」
パールの歌声とコーラルの増幅。
特殊な波長の超音波が、寸胴鍋の水とフカヒレに直撃する。
――ヴィィィィィィィィンッ!!
水中のフカヒレが細かく振動した瞬間。
超音波によるキャビテーション(微小な気泡の破裂)と、分子レベルの「解体」が起こり、フカヒレの繊維にこびりついていた『脂』と『生臭さの成分』だけが、白いアクとなって一瞬で水面に分離・浮上したのだ!
「分析。ヒレの組織構造を一切傷つけることなく、不純物と脂質のみを100%抽出・分離しました。……驚異的な精製速度です」
「完璧だ!! 最高の『超音波・脂抜き』だぞお前ら!」
俺が歓声を上げると、双子は「……えへへぇ……」と誇らしげにふにゃりと笑った。海都で仲間にした彼女たちの能力は、まさに究極の調理(錬金)スキルだ。
「さあ、下ごしらえは終わった! フカヒレ自体には味がない。だから、スープの味が全てを決める!」
俺は、バルバロッサから貰った『深海アイスボックス』を開けた。
中から、幻影伊勢海老の殻、雨燕牡蠣の煮汁、そして港町で買っておいた干し貝柱を取り出す。
「海の恵みを限界まで濃縮した『特濃・海鮮黄金上湯』だ! これでフカヒレを煮込む!」
グツグツと煮込まれる鍋から、砂漠の夜空へ向かって、暴力的とも言える芳醇な磯の香りと、極上のスープの匂いが立ち昇る。
透き通っていたフカヒレの繊維が、黄金色のスープをたっぷりと吸い込み、艶やかな琥珀色へと変わっていった。
「完成だ! 『錬金フカヒレの極上・深海スープ』!!」
俺がお椀によそって渡すと、仲間たちは一斉にスプーンを口に運んだ。
「……ッ!!!」
「お、おいひぃぃぃっ! お口の中で、プルプルの糸がスープと一緒に溶けちゃう!」
「なんと深みのある味……! 砂鮫のフカヒレの食感に、海都の伊勢海老や貝の旨味が完璧に絡み合っていますわ!」
ルビィが目を丸くし、ダイヤが感動で日傘を取り落とす。
ただのコラーゲンの塊であるフカヒレが、海鮮の旨味をスポンジのように吸い込み、噛むたびにジュワァッ! と極上のスープを口内に溢れさせるのだ。
「……マスター。……お腹の底からぁ、温まりますぅ……」
「……お肌も、ぷるぷるになりそうですぅ……♪」
双子もハフハフとスープをすすり、幸せそうに頬を赤らめている。
砂漠の冷たい夜風の中で飲む、熱々でトロトロの濃厚フカヒレスープ。遭難中(迷子)であることを完全に忘れるほどの、至福の宴だった。
「いやぁ、食った食った。明日はお肌ツヤツヤだな」
鍋を完全に空にした俺たちは、満腹のお腹を抱えて寝袋(ビークルの外に敷いた特製マット)に転がった。
「そういえばマスター。消えた『オアシス』の件ですが、どうしますか?」
サフィが星空を見上げながら、冷静な声で尋ねてくる。
「ああ。砂漠の地形が砂嵐で変わったってことは、オアシスが砂に埋もれたか、あるいは……」
俺が答えようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴォォォォ……ッ。
「え? なに? 地震?」
ルビィが体を起こす。
俺たちが寝転がっている砂漠の地面の『さらに深い地底』から、微かな、しかし巨大な重低音の振動が響いてきたのだ。
「……マスター。……下からぁ、水がいっぱい流れる音がしますぅ……」
地面に耳を当てていたコーラルが、目をぱっちりと開けて言った。
「地下水脈か?」
「分析。地下約50メートルの地点に、膨大な水量の移動を確認。……いえ、違います。これは水脈ではありません。水そのものが『意思を持って移動』しています!」
サフィの警告と同時に、地響きは俺たちの真下を通り過ぎ、北の砂丘の方角へと遠ざかっていった。
「……なるほどな。砂嵐でオアシスが埋まったんじゃない」
俺は立ち上がり、北の暗闇を見据えてニヤリと笑った。
「オアシス自体が『巨大な魔物』か何かで、砂漠の地下を移動してるんだ。……だから商隊の地図と場所が違ったのさ」
砂漠のど真ん中、迷子になった錬金術師一行。
極上のフカヒレスープで腹を満たした俺たちの明日の目標は、逃げる「移動式オアシス」の追跡に決まったのだった。
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