第64話 熱砂の洗礼と消えたオアシス ~迷子になっても、フカヒレの仕込みは怠らない~
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商隊の男たちと別れ、彼らから聞いた「オアシス」の座標を目指して、ビークルは灼熱の砂海を順調に進んでいた。
窓の外は、見渡す限りの黄色い砂丘。
容赦なく照りつける太陽が、空気の層を歪ませて蜃気楼を作り出している。
「……マスター。……お外、チリチリしてますぅ……」
「……お水、干からびちゃいそうですぅ……」
後部座席で、双子のパールとコーラルが外の景色を見て身震いしている。
海神の魔術による『水膜』と、車内の完璧な空調のおかげで彼女たちの肌は潤っているが、視覚的な暑苦しさはどうしようもないらしい。
「もう少しの辛抱だ。さっきの商隊の話じゃ、この砂丘を越えた盆地に、湧き水と緑が豊かなオアシスがあるはずだからな。そこで野営にするぞ」
俺がそう言ってアクセルを踏み込もうとした、その時だった。
「マスター! 前方より、巨大な質量反応が急速に接近してきます!」
助手席のサフィが、コンソールを叩きながら鋭い声を上げた。
「魔物の群れか!?」
「いえ、違います! 気象兵器レベルの……極地的な『大砂嵐』です!」
サフィが指差したフロントガラスの向こう。
地平線の彼方から、天まで届くような分厚い「茶色い壁」が、猛烈な速度でこちらへ迫ってきていた。
太陽の光が遮られ、昼間なのに辺りが夕暮れのように暗くなる。
「チィッ、砂漠の洗礼ってやつか! ゴルド、ビークルを停めろ! 装甲を完全に密閉しろ!」
「御意ィィッ!」
「ダイヤ、プリムローズ! ビークルの外に防砂の結界と蔦の網を張れ! 砂に埋もれるのを防ぐんだ!」
「承知いたしましたわ!」
ゴルドが急ブレーキをかけ、ビークルが砂に深くタイヤを沈めて停止する。
直後、ダイヤの日傘から放たれた魔力と、プリムローズが呼び出した強靭な砂漠の蔦が、車体をドーム状に覆い隠した。
ゴォォォォォォォォォォッ!!!
すさまじい轟音と共に、数万トンもの砂粒を巻き込んだ暴風が、ビークルを飲み込んだ。
バラバラバラッ! と、外装を削るような砂の音が車内に響き渡る。
「ひゃぁぁっ! お家が揺れてるー!」
「……こわい、ですぅ……!」
ルビィが座席にしがみつき、双子が俺の白衣に潜り込んで震える。
俺は双子の背中を撫でながら、外の荒れ狂う砂の波をじっと見つめていた。
自然の猛威の前には、いかなる錬金術もただ耐え凌ぐことしかできない。
◇
……数十分後。
暴風の音が嘘のようにピタリと止み、再び強烈な日差しが車内に差し込んできた。
「……過ぎ去ったようですわね」
ダイヤが結界を解き、プリムローズが蔦を回収する。
俺たちはビークルの外へと出た。
幸い、車体に大きな損傷はない。だが、俺は周囲の景色を見て息を呑んだ。
「……おいおい。冗談だろ」
砂嵐が通過する前と後で、景色が『完全』に変わっていたのだ。
目印にしていた岩山は砂に埋もれて消え去り、逆に何もない場所に巨大な砂丘が形成されている。道などというものは最初から存在しなかったかのように、風紋だけが美しく広がっていた。
「地形が、丸ごと書き換わってやがる……」
「分析。現在地の座標を再計算しました。……マスター、商隊から聞いた『オアシス』の座標は、まさに今、私たちが立っているこの場所です」
サフィの冷徹な報告に、全員が沈黙した。
俺たちは見渡す。
右を見ても、砂。左を見ても、砂。
緑の木々も、湧き出る泉も、どこにもない。ただの灼熱の砂漠のど真ん中だ。
「……お兄ちゃん。ここ、ただのおっきなお砂場だよ?」
「オアシスなんて、影も形もありませんわね。……まさか、先ほどの砂嵐で、オアシスごと何十メートルもの砂の下に埋まってしまったのでしょうか?」
ルビィが首を傾げ、アミィが途方に暮れたように呟く。
俺は双子を振り返った。
「パール、コーラル。ソナーで地下の水脈を探れるか?」
「……んんっ……だめ、ですぅ……」
「……砂がいっぱいでぇ……音が、バラバラに散っちゃいますぅ……」
細かい砂粒の層は、音波を吸収・乱反射してしまうため、彼女たちのソナーをもってしても正確な探知ができないらしい。
「完全に迷子だな、こりゃ」
俺はため息をつき、頭を掻いた。
広大な砂漠のど真ん中で、道標を失い、オアシスも消滅した。
普通の冒険者や旅人なら、絶望のあまり膝から崩れ落ちて「水ゥゥ……」とうわ言を呟き始めるような、文字通りの『死地』である。
「ご主人様……いかがなさいますか? 一旦、来た道を戻って海沿いへ引き返しますか?」
「分析。地形が変化しているため、来た道を正確にトレースするのは困難です」
サフィの言葉に、仲間たちの間に少しだけ緊張が走った。
だが、俺はビークルの荷台をバンバンと叩き、不敵に笑った。
「引き返す? なんでだ。水ならそこ(深海アイスボックス)にアホみたいに冷えた果汁水が樽ごと入ってるし、食料ならさっきの『砂鮫』の肉がある。ビークルの燃料(魔力)も満タンで、冷房も効いてるぞ」
俺の言葉に、仲間たちがポカンとした顔になる。
「……あ。そういえば、全然喉乾いてないですわね」
「お兄ちゃん! ボクお腹すいたー!」
「……涼しいお部屋、ありますぅ……」
そう。俺たちは圧倒的に準備が良すぎたのだ。
オアシスが消えようが、迷子になろうが、当面の生存には全く問題がない。まさに、装備を極めた錬金術師の特権である。
「よし! 焦って動き回っても体力を消耗するだけだ。今日はこの『元・オアシス』だった場所で野営とする!」
俺はアイテムボックスから錬金術の釜と、大量の干し網を取り出した。
「オアシスが埋まったのか、蜃気楼だったのか、それとも移動したのかは明日ゆっくり考えよう。……それより今は、日差しが強いうちに、さっき狩った『砂鮫のヒレ』を天日干しにするぞ! 極上のフカヒレスープへの第一歩だ!」
「「「おーっ!!」」」
絶望的な遭難状況にも関わらず、俺たちはピクニック気分のまま、巨大なフカヒレを並べて干す作業を始めた。
熱砂の砂漠の洗礼は確かに恐ろしい。
だが、美味い飯への執念と備えがあれば、迷子すらも楽しい「仕込みの時間」へと変わるのだ。
消えたオアシスの謎は、明日の俺たちに丸投げして。
砂漠のど真ん中、のんきな錬金術師たちの夜営が幕を開けた。
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