第63話 熱砂の境界とすれ違う旅人 ~砂漠のサメは極上スープの夢を見るか~
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灯台守のトマス一家に見送られ、夜明けと共に岬を出発した俺たちは、さらにビークルを走らせていた。
数時間も進むと、窓の外の景色は劇的に変化し始めた。
心地よかった潮風は湿気を失い、肌を焼くような乾いた熱風へと変わる。緑の草木は次第に背を低くし、やがて完全に姿を消した。
視界の先、地平線の彼方まで続くのは、見渡す限りの黄色い波――『灼熱の砂漠』だ。
「わぁ……! お砂がいっぱい! おっきな砂場だね!」
「……日差しが強烈ですわ。わたくしにとっては最高のエネルギー源ですが、お肌には大敵ですわね」
ルビィが窓にへばりついて歓声を上げ、ダイヤが優雅に日傘を広げる。
双子のパールとコーラルは、俺の作った『水膜のペンダント』のおかげで干からびることはないものの、窓の外の景色に少し怯えたように身を寄せ合っていた。
「……マスター。……お水がないですぅ……」
「……お魚も、いないですぅ……」
「安心しろ。ビークルの中は冷房完備だし、いざとなれば『深海アイスボックス』に海鮮がどっさり入ってる。お前たちを干物にはしないさ」
俺が笑って安心させた、その時だった。
「マスター、前方2キロ地点に砂煙を確認。戦闘が行われています」
助手席のサフィが、真顔で報告を上げた。
「複数人の生体反応と、それを取り囲むように高速で移動する魔物の群れです。……旅の商隊が襲撃されている模様」
「砂漠に入って早々、お出迎えか! ゴルド、エンジン全開だ!」
「御意!!」
ゴルドがアクセルを踏み抜くと、ビークルは砂煙を上げて猛スピードで戦場へと突進した。
◇
現場に到着すると、三台の幌馬車(巨大なトカゲが引いている)が円陣を組み、十人ほどの護衛たちが必死に武器を振るって防戦していた。
彼らはボロボロの外套を羽織り、唇は干からびて疲労困憊の様子だ。砂漠を横断し、ようやく海が近づいてきたという油断を突かれたのだろう。
彼らを襲っていたのは、砂の中をまるで水中のように滑らかに泳ぐ、全長4メートルほどのサメのような魔物――『砂鮫』の群れだった。
「ひぃぃっ! また砂に潜ったぞ!」
「足元に気をつけろ! 引きずり込まれるぞ!」
護衛の剣士が叫ぶが、砂の中から唐突に飛び出してくる巨大な顎に陣形を崩されかけている。
「よし、加勢するぞ! 相手はサメだ! サメと言えば……フカヒレだ!! ヒレを傷つけるなよ!」
「「「了解!!」」」
俺の(食欲全開の)指示に、仲間たちがビークルから飛び出した。
「お兄ちゃん、ヒレは叩かないよ! ――ホームラァァンッ!!」
ルビィが跳躍し、砂中から飛び出してきた砂鮫の横っ腹に、ロケットハンマーのフルスイングを叩き込む。
ドゴォォォォンッ!!
悲鳴を上げる間もなく、砂鮫が一匹、遥か彼方へと星になって飛んでいく。(※ヒレは無事である)。
「フフッ、砂に潜るのなら、潜れないようにして差し上げますわ。――『極光・焦熱結界』!」
ダイヤが開いた日傘から、強烈な熱線が地面に向けて放射される。
ジュワァァァァッ!!
超高温で熱された砂漠の砂が一瞬にしてドロドロに溶け、そして急激に冷却されて「分厚いガラスの地面」へと変質した。
「ギギッ!?」
「ゴボァッ!?」
砂を泳いでいた砂鮫たちが、突然カチカチのガラスに閉じ込められ(あるいは頭をぶつけて)、海に打ち上げられた魚のようにピチピチと跳ね回り始めた。
「完璧だ。アミィ、仕上げを頼む!」
「承知いたしましたわ。――『紫刃・水面斬り』!」
アミィが紫紺の鉄扇を横一文字に振るうと、鋭い水圧の刃がガラスの上でのたうち回る砂鮫たちの「背ビレ」だけを、芸術的な精度でスパパパパッ! と切り飛ばした。
ヒレを失った砂鮫たちはバランスを崩し、そのまま白目を剥いて気絶する。
「お見事! これで極上のフカヒレスープが飲めるぞ!」
俺が歓声を上げてヒレを回収していると、護衛に守られていた商隊のリーダーらしき初老の男が、へたり込んでいた地面から這い上がってきた。
「た、助かった……。あんたたち、一体何者なんだ……?」
「ただの通りすがりの錬金術師さ。あんたたち、砂漠を越えてきたのか?」
「ああ。内陸の都市から、何日もかけてこの熱砂を越えてきたんだ。もう少しで海が見えるってところで、魔物の群れに囲まれてしまって……。水も尽きかけていたから、本当に死ぬかと思ったよ」
男は安堵の涙をこぼしながら、カラカラに乾いた咳をした。
過酷な砂漠の長旅。反対方向から来た彼らにとって、この海までの道のりは文字通り命懸けだったのだ。
「……マスター。この人たち、お水がないからぁ……しわしわですぅ……」
「……かわいそうですぅ……」
パールとコーラルが、商隊の面々を気の毒そうに見つめる。
俺は頷き、ビークルから『深海アイスボックス』を引きずり出した。
「砂漠の横断、お疲れ様。命が助かったお祝いに、海からのささやかな『歓迎の品』を奢るよ」
パカァッ!
俺が氷の蓋を開けると、強烈な冷気と共に、港町で買い込んでおいたキンキンに冷えた『マリン・レモンの果汁水』と、瑞々しい『海底フルーツポンチ』が姿を現した。
「な、なんだこれは!? 砂漠のど真ん中で、氷だと!?」
「さあ、遠慮せずに飲んでくれ。干からびた体に染み渡るぞ」
商隊の面々は信じられないものを見る目で氷箱を見つめ、やがて震える手で冷たい果汁水を受け取った。
「……あ、あぁぁ……っ!!」
「う、美味ぇぇ……! 生き返るぅぅ……!」
喉を鳴らして冷水を飲み干し、彼らは砂漠の砂の上にへたり込んで号泣し始めた。
過酷な熱砂の旅の終わりに口にした、海都の冷たい恵み。その感動は、計り知れないものだろう。
「ありがとう、旅の錬金術師殿……! この御恩は一生忘れない!」
息を吹き返した商隊のリーダーが、何度も何度も俺に頭を下げる。
俺たちは彼らから、この先にあるオアシスの位置や、砂漠の最新の治安状況(最近、特定の魔物が増えているらしい)などの貴重な情報を教えてもらい、互いの旅の安全を祈って別れを告げた。
「さあ、反対側から来た連中が頑張ったんだ。俺たちも負けてられないな!」
「はいっ! 次はお兄ちゃんのフカヒレスープだね!」
砂漠の魔物(食材)と、熱砂の厳しさをさっそく味わった俺たちは、手に入れた立派なサメのヒレをアイテムボックスにしまい込み、蜃気楼の揺らめく灼熱の大地へと本格的に乗り出していくのだった。
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