第62話 夜の野営と導きの灯火 ~孤高の灯台を守る、慎ましき六人家族~
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いくつかの豊かな港町を経由し、ビークルは人気のない海岸線の崖沿いへと差し掛かっていた。
潮風の中に、ほんのわずかだが「乾いた砂の匂い」が混じり始めている。砂漠の入り口が近い証拠だ。
「今日はこの辺りで野営にしよう。無理に夜の崖道を走る必要もない」
俺の提案で、ビークルを崖上の開けた場所に停めた。
ゴルドが手際よく焚き火の準備をし、プリムローズが風避けの蔦を周囲に張り巡らせる。
波の音だけが響く静かな夜。ランタンの灯りで夕食の準備を始めようとした、その時だった。
「……ご主人様、あちらをご覧ください。強い光が見えますわ」
アミィが夜の海を指差す。
暗闇に沈む海岸線の先から、海面を切り裂くような一筋の強烈な光が、一定の周期でぐるぐると回っていた。
「灯台か。……遠くに見えるが、意外と近いな」
「分析。距離はおよそ2キロ。岬の突端に建造された、石造りの大型灯台です」
サフィが暗視レンズで詳細を捉える。
冷たい海風が吹く野営地よりも、しっかりとした石造りの建物の近くの方が安全で暖かいかもしれない。
「よし、せっかくだ。あそこまで移動させてもらって、灯台の敷地の隅っこでも借りよう」
「はーい! 夜のドライブだー!」
俺たちは一度広げた野営セットを素早く片付け、光の主である灯台を目指してビークルを走らせた。
◇
岬の先端にそびえ立つ灯台は、長い年月、潮風と荒波に耐え抜いてきた重厚な石造りだった。
ビークルのエンジン音に気づいたのか、灯台の脇にある質素な石造りの家屋から、カンテラを持った人影が現れた。
「こんな夜更けに、どなたですかな」
警戒しつつも、どこか落ち着いた低い声。
現れたのは、潮風で深くシワの刻まれた、日に焼けた顔の男性だった。この灯台の主だろう。
その後ろから、心配そうに奥さんらしき女性が顔を覗かせている。
「夜分遅くにすまない。旅の者なんだが、野営をしていたらこの灯台の光が見えてね。よければ、今夜一晩だけ、この敷地の隅で休ませてもらえないだろうか」
俺が事情を説明すると、主は俺たちのビークルや、見慣れない種族(双子など)の姿に少し驚いたようだが、やがて小さく頷いた。
「……そういうことなら、構いません。外は冷えます。敷地の隅などと言わず、中へどうぞ」
案内された家屋の中は、非常に質素で慎ましい作りだった。
暖炉には薪がパチパチとはぜており、簡素な木のテーブルには、六つのお椀と、少しの干し肉、そして固そうな黒パンが並べられていた。夕食の最中だったようだ。
部屋の奥のロッキングチェアには、現役を引退したであろう、真っ白な髭の爺様と、優しそうな婆様が座っている。
そしてテーブルの脇には、10代半ばくらいの、眼差しの鋭い二人の兄弟が立っていた。
「狭いところですが……。私たちは、代々この岬で灯台守をしている者です。私は現役の主であるトマス、これが妻のマーサ。あちらが先代の父と母、そして、跡を継ぐ予定の二人の息子です」
引退した爺様と婆様。現役の夫婦。そして未来を担う兄弟。
計六人の、慎ましくも温かい一家だった。
「突然の訪問なのに、ありがとう。俺はクロウ。こいつらは俺の仲間だ」
「……ねえねえ、あの光、すっごく明るかったよ! 魔法でピカーッてやってるの?」
ルビィが無邪気に尋ねると、長男らしき少年が誇らしげに胸を張った。
「違うよ! 俺たちの灯台は、魔法なんて便利なものは使ってないんだ! 鯨の油を精製して、巨大な特殊レンズを人力の歯車で回してるんだぞ!」
「ここの海域は、潮の流れが複雑で、霧も急に出る。魔法の灯りは魔力溜まりの乱れで消えちまうことがあるけど、俺たちが守る『本物の火』は絶対に消えないんだ!」
次男も兄に続いて、熱っぽく語る。
彼らの言葉には、この灯台に対する強烈なまでの誇りと、ある種の『頑なさ』が宿っていた。
「……息子たちの言う通りです」
トマスが、暖炉の火を見つめながら静かに口を開いた。
「この先は、海流と岩礁が牙を剥く『魔の海域』。この灯台の光がなければ、船は容易に座礁してしまいます。だから私たちは……どんな嵐の夜でも、決してこの灯火を絶やさないと、そう誓って生きているのです」
ロッキングチェアの爺様が、深く頷く。
代々受け継がれてきた、命を繋ぐ光。
華やかな港町のように、美味いものが溢れているわけでも、大金が稼げるわけでもない。
ただ、名も知らぬ船乗りたちの命を守るためだけに、この孤独な岬で、一家六人は頑なに火を守り抜いているのだ。
「……そうか。あんたたちのその頑なさが、海の安全を守ってるんだな」
俺は深く敬意を表し、ふとテーブルの上の質素な夕食に目をやった。
冷たい海風に晒される重労働の対価としては、あまりにも寂しい食事だ。
「よし。宿代わりと言ってはなんだが、今夜のメシは俺に作らせてくれないか」
「えっ? いや、しかし旅の方にそんな……」
「遠慮しないでくれ。俺たち、ちょうど『食材を余らせすぎて困っていた』ところなんだ」
俺はウインクをして、ビークルからバルバロッサに貰った『深海アイスボックス』を運び込ませた。
パカァッ……! と氷の蓋を開けると、中から冷気と共に、港町セルリアの最高級海鮮――分厚い白身魚、プリプリの深海エビ、そして旨味たっぷりの貝類が顔を出す。
「な、なんだこれは……!? 幻の『セルリアン・シュリンプ』じゃないか!?」
「こんな高級な魚、街の貴族しか食べられないはずじゃ……」
トマス一家が目を丸くして驚愕する中、俺は錬金術の釜を暖炉の火にかけた。
「いくぞ、ダイヤ、火加減のサポートを! サフィは海鮮の旨味を最大限に引き出す抽出時間の計算だ!」
「承知いたしましたわ。冷えたお体を芯から温める、極上の炎をご用意します」
新鮮な魚介を香草と一緒にバターで軽く炒め、そこにたっぷりのミルクと、特製の出汁(クラーケンと雨燕牡蠣の旨味が凝縮されたもの)を投入する。
鍋の中でグツグツと煮込まれ、狭い家屋の中に、暴力的なまでに濃厚な「海鮮シチュー」の香りが充満した。
「完成だ。『海都の恵み・特濃シーフードシチュー』だ。黒パンを浸して食べてみてくれ」
湯気を立てるシチューを六つのお椀にたっぷりとよそい、一家の前に並べる。
「……い、いただきます……」
兄弟が恐る恐るシチューを口に運び……次の瞬間、カッと目を見開いた。
「う、うめぇぇぇっ!? なんだこれ、魚が口の中で溶けたぞ!?」
「スープが……ものすごく深くて、甘いです……っ!」
トマスとマーサ、そして爺様と婆様も、一口食べて言葉を失い、やがてポロポロと涙をこぼし始めた。
「おお……なんと、なんと温かく、美味いスープじゃ……」
「冷え切った骨の髄まで、染み渡っていくようです……」
彼らは無言で、一心不乱にシチューとパンを口に運び続けた。
俺たちも自分たちの分のシチューをよそい、暖炉の火を囲んで一緒にゆっくりと味わう。
「……マスター。心も体も、ぽかぽかですぅ……」
「……おいしいですぅ……」
パールとコーラルが、とろんとした顔でシチューを飲んでいる。
「クロウさん。……本当に、ありがとうございます。こんなに美味いものを食べたのは、生まれて初めてです」
鍋が空になった後。
トマスが深く頭を下げ、兄弟たちも「ごちそうさまでした!」と元気よく礼を言った。
「礼には及ばないさ。あんたたちの守る『光』に導かれたおかげで、俺たちも温かい夜を過ごせたんだからな」
窓の外では、冷たい雨風が岬を打ち付けている。
だが、石造りの灯台から放たれる光は、決して揺らぐことなく、力強く夜の海を照らし続けていた。
華やかなバカンスの最後に触れた、名もなき灯台守一家の誇りと温もり。
極上のシチューで彼らの胃袋と心を温めた錬金術師一行は、穏やかな眠りにつき、明日はいよいよ、乾燥した熱砂の広がる『砂漠の入り口』へと向かうのだった。
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