第54話 特大タコ壺と、深海の習性 ~Sランク魔獣を『狭さ』で誘い出せ~
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翌朝、港町の外れにある岩場に簡易ラボを展開した俺は、腕まくりをして巨大な釜の前に立っていた。
「さあ、クラーケン捕獲用の特製罠……『絶対捕縛・タコ壺』の錬成だ」
俺が釜から取り出したのは、黒光りする釣り鐘のような形状の物体だった。
高さと直径は、おおよそ3メートルほど。馬車がすっぽり入る程度の大きさだが、バルバロッサが語っていた『船を沈める超巨大な八本足』を捕まえる罠としては、明らかに小さすぎるように見えた。
「ご主人様……。いくら何でも、小さすぎませんか? あの沈没船の吸盤のサイズから推測するに、相手は全長数十メートルはあるはずですわ」
アミィが鉄扇で口元を隠しながら、小首を傾げる。
俺は自信満々にニヤリと笑い、その黒い壺の表面を叩いた。
「アミィ、タコって生き物はな、骨がないんだ。硬いのは口の奥にある『くちばし』だけ。だから、くちばしさえ通る穴なら、自分の体積の何分の一という狭い隙間でも、軟体動物特有の柔軟性で『ギュムッ』と入り込むことができる」
「分析。対象の流体的な骨格構造を考慮すれば、この容積でも本体(頭部および外套膜)を収納することは理論上可能です」
サフィが眼鏡を光らせて補足する。
「その通り。それに、タコは神経質な生き物だ。広すぎる壺を用意しても『外敵から身を守る安心感』が得られないから入らない。この『絶妙に狭くて、中が真っ暗な空間』こそが、奴らにとって最高のマイホーム物件に見えるのさ」
俺は壺の内側に、数日前の海中ダンジョンでルビィが叩き割った『海魔ヤドカリ』の殻の破片と、カニの匂いが凝縮されたエキス(錬金抽出液)をたっぷりと塗り込んだ。
タコの大好物は甲殻類だ。これで匂いの対策も完璧である。
「よし! 材質は深海の水圧にも耐えうる『星核鉄と黒曜石の合金』だ。中に入ったら最後、絶対に壊せないし抜け出せない。……さあ、設置に行くぞ!」
◇
俺たちは再び『海神の魔術』で海へと潜り、昨日クラーケンの痕跡を見つけた沈没船のエリアへと向かった。
問題は、このタコ壺を「どこに置くか」だ。
ただ海底の真ん中にポンと置いても、警戒心の強いSランク魔獣は近づかない。
「……マスター。この辺りの海流はぁ、北から南へ流れてますぅ……」
「……岩陰の、あの窪みがぁ……潮の通り道ですぅ……」
双子のパールとコーラルが、気怠そうに海底の地形を指差す。
「なるほど。あの岩と岩の隙間の窪みなら、海流に乗ってカニのエキス(匂い)が広範囲に拡散する。おまけに、背後が岩壁に守られているから、タコにとっても『死角がない安全な寝床』に見えるわけだ」
俺はゴルドに指示を出し、タコ壺をその岩の窪みへと慎重に設置させた。
見た目は完全に、海底の岩と同化した「ただの魅力的な暗い穴」だ。
壺の頂点には、ビークルのウインチへと繋がる極太のミスリル製ワイヤーが結びつけられている。
「設置完了。……よし、あとは奴が食いつくのを待つだけだ」
俺たちは壺から数百メートル離れた岩陰に身を潜めた。
「……コーラル、探知の音波は切っておけ。パッシブ(聴音)だけで周囲のわずかな水流の変化を探るんだ」
「……はぁい。……静かに、聴いてますぅ……」
罠を仕掛けた後の、静寂の待ち時間。
ルビィは退屈そうに砂をいじり、ダイヤは退屈そうに日傘を回している。
一時間、二時間と経過し、本当に来るのかと疑念が湧き始めた、その時だった。
「……マスター……。来ますぅ……」
「……岩の擬態がぁ、動いてますぅ……」
双子が同時に俺の袖を引いた。
俺たちが視線を凝らすと、タコ壺のすぐ近くにあった「ただの巨大な岩山」が、ズルリ……と不気味に動き出したのだ。
「なっ……あれが、クラーケンか!?」
周囲の岩肌や海藻と完全に同じ色、同じ質感に擬態していたため、全く気付かなかった。
擬態を解いたその姿は、おぞましい赤黒い体表に、無数の巨大な吸盤を持つ、全長50メートル級のバケモノだった。
太い触手が、海底の砂を巻き上げながら、ゆっくりとタコ壺へと近づいていく。
「シーッ……動くなよ。まだだ」
クラーケンはタコ壺の前に来ると、警戒するように二、三本の触手で壺の表面を撫で回した。
星核鉄の硬さと、中から漂う強烈なヤドカリの匂い。
そして何より、「自分の巨体に対して、絶妙に狭くて暗い安心できそうな穴」。
魔獣の知能よりも、タコとしての本能が勝った瞬間だった。
ヌルリ……。
巨大な頭部(外套膜)が、壺の入り口へと滑り込む。
「本当にそこに入るのか?」と疑いたくなるほどの巨体が、軟体動物特有の恐るべき柔軟性で、ギュギュギュッ……! と音を立てるように、3メートルの壺の中へ吸い込まれていく。
「……すごい。あんなに大きな体が、あんな小さな壺に……」
「まるでゼリーのように圧縮されていますわね……」
アミィとプリムローズが呆気にとられて見つめる中、ついに八本の足まで全てが壺の中へと収まった。
「よし!! 今だゴルド!! ワイヤーを引け!!」
「御意ィィィッ!!」
俺の合図と共に、陸上の岩場に待機させていたビークルのウインチが唸りを上げ、さらに海中のゴルドがミスリルワイヤーを力任せに引っ張った。
ガコンッ!!
タコ壺の入り口に仕掛けてあった「返し(一度入ると出られない構造)」が作動し、見えない蓋が閉ざされる。
『ブモォォォォォォォォッ!?!?』
壺の中で、罠に気づいたクラーケンがパニックを起こし、激しく暴れ出した。
だが、遅い。自分の意志で最も狭い空間に全身を押し込んでしまったため、自慢の剛力で暴れる隙間すら残されていないのだ。
完全なる「自縄自縛」。
「かかったぞ! Sランクのバケモノも、タコはタコだ!」
俺はガッツポーズをした。
あとはこの壺を陸に引き上げ、さばくだけだ。
港町での「特大タコ焼きパーティー」の食材が、今、見事に確保されたのだった。
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