第48話 深海の双子と、万物を操る共鳴 ~音波が描く、分子の設計図と揺れる双子~
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『沈黙の海都』の内部は、静寂と美しさに満ちていた。
水で満たされた白亜の都市の中央。巨大なドーム状の「音楽堂」のような建物で、俺たちはこのラボの管理者と対面していた。
真珠のような白銀の髪を持つ姉、パール。
サンゴのような淡いピンクの髪を持つ妹、コーラル。
極薄の半透明なドレスを纏った二人は、クラゲのように気怠そうに水中に浮かんでいる。
「……あ、新しい、マスター……? わたしが姉の、パールですぅ……」
「……妹の、コーラルですぅ……眠い……」
絵に描いたような脱力系双子だ。
だが、俺は彼女たちの背後――音楽堂の中央に鎮座する、巨大な「音叉」のようなクリスタルの柱から目を離せなかった。
そこから、途方もなく緻密で、規則的な魔力の『波』を感じるのだ。
「俺はクロウ。古代の錬金術を継承する旅をしている。……ここの賢者は、一体どんな技術を遺したんだ?」
俺の問いに、二人はゆらりと泳いで、その巨大な音叉に触れた。
「……ここのお父様(賢者)はぁ、言ってましたぁ。『この世の全ての物質は、固有の音(振動)を持っている』って……」
「……だからぁ、その振動数(波長)を合わせてあげればぁ、なんだって操れるんですぅ……」
パールが目を閉じ、小さく口を開いた。
『――ホォォォォォ…………♪』
水を通して直接骨に響くような、低く澄んだ音波。すかさず、妹のコーラルがその歌声に反応し、身体をブルブルッ! と震わせて「共鳴箱」となり、音波を何万倍にも増幅して水中に放つ。
ビリビリビリッ!!
音波が直撃した瞬間。
音楽堂の隅に転がっていた巨大な大理石の瓦礫が、何の物理的な衝撃も受けていないのに、サラサラと音を立てて微細な砂へと崩れ去った。
「分析。……大理石の分子結合を維持する『固有振動数』に干渉し、結合を強制的に解除しました。これは……物理破壊ではなく、分子レベルの『解体』です」
サフィが驚愕の声を上げる。
その隣で、一部始終を見ていたルビィが目を輝かせて拍手した。
「すっごーい! ねぇねぇ、コーラルちゃん、おっぱ……胸もすっごいプルプルしてたねー!」
「ルビィ、どこを見ていますの!?」
無邪気すぎるルビィの指摘に、アミィが慌てて鉄扇で彼女の頭をペチッと叩く。
コーラルは気にする風でもなく「……んぅ、揺れちゃうんですぅ……」と眠そうに答えている。
「ふっ……相変わらずだな、お前たちは」
俺は苦笑しつつ、思考を錬金術師のそれへと切り替えた。
硬いから壊せないのではない。どんなに強固な物質も、その物質が持つ「音」をぶつければ砂上の楼閣のように崩れ去る。
「……そうですぅ。これが、第5の賢者の遺産。『振動錬成』……」
パールとコーラルが、俺の前にスッと手を差し出す。
「……お父様はぁ、これを『マスター』に渡せって……」
「……受け取ってくれますかぁ……?」
「もちろんだ。俺が必ず、この技術を俺のものにする」
俺が二人の手を取った瞬間、巨大な音叉のクリスタルから、膨大なデータが俺の脳内に直接流れ込んできた。
――キィィィィンッ……!!
頭が割れそうな情報量。
この世に存在するあらゆる元素の「固有振動数(周波数)」。それを計算する流体力学と波動理論の数式。
ただ混ぜるのではなく、波長を重ね合わせて「共鳴」させ、全く異なる物質へと変質させる神の設計図。
「くっ……! サフィ、俺の脳の処理をサポートしろ!」
「了解。マスターの思考領域に外部ストレージを接続。並列処理を開始します」
数分間。俺は水中で目を閉じ、歯を食いしばって、その全ての叡智を脳のヒダ一つ一つに刻み込んでいった。
ドワーフの『熱』、エルフの『調和』、そして今、第5の『波長』の理論が、俺の中でカチリと一つに繋がる。
「……はぁ、はぁ……!」
目を開けた時、俺の視界(世界)は変わっていた。
ただの岩、海水、魔力。それらが全て「波の揺らぎ」として、音符のように視えるのだ。
「……マスター? 大丈夫、ですかぁ……?」
「ああ。……少し、試させてもらうぞ」
俺は双子から手を離し、先ほど彼女たちが砂に変えた『大理石の粉末』と、近くにあった『錆びた鉄のパイプ』を両手に持った。
通常、石と鉄は融点も性質も違い、そのままでは絶対に混ざり合わない。
俺は目を閉じ、脳内に刻まれた『大理石』と『鉄』の分子振動数を計算する。
そして、その二つの波長を調和させるための「第三の波長」を、俺自身の喉と魔力を使って水中に響かせた。
「――共鳴開始」
ヴィィィィィィン……ッ!!
俺の掌から発せられた特殊な振動が、砂と鉄を包み込む。
すると、二つの物質は熱を発することもなく、まるで水に溶け合う絵の具のように、分子レベルで混ざり合い始めたのだ。
「なっ……!?」
「分析……! 石と金属の分子結合が、常温のまま再構築されていきます……!」
サフィが声を上げる中、俺の掌の上で振動が収まる。
そこにあったのは、砂でも錆びた鉄でもない。
大理石の美しい紋様を持ちながら、鉄の強度と靭性を兼ね備えた、透き通るような『白磁の合金』だった。
「……成功だ」
俺は自らの手で生み出した新たな物質を握りしめ、確かな手応えを感じていた。
「すごい……! お兄ちゃん、歌わないのに混ぜちゃった!」
「……お父様が残した理論をぉ、たった一度で……」
「……マスター、すごぉい……」
パールとコーラルが、目を丸くして俺を見つめている。
この力は、俺が受け継ぎ、俺の知識として昇華してこそ意味があるのだ。
「最高の技術だ。これで俺は、どんな素材でも『音』一つで分解し、結びつけることができる」
俺は新たな力に満足し、双子の頭をポンポンと撫でた。
「お前たちの役目は終わった。俺が知識は全部もらったからな。……で、これからどうする? ここでずっと寝てるか?」
「……えっ」
双子は顔を見合わせ、慌てたように俺の腕にすがりついてきた。
「……やだぁ。おいてかないでぇ……」
「……わたしたちもぉ、お外に出たいですぅ……」
「ははっ、冗談だ。お前たちのその『増幅機能』は、俺の錬金術の最高の助手になる。一緒に来い」
俺がそう言うと、双子は嬉しそうにふにゃりと笑い、俺の腕に柔らかく(そしてプルプルと)抱きついてきた。
こうして、第5の賢者の真理は完全に俺の脳内に継承され、管理者である「脱力系双子」、パールとコーラルが正式に仲間になった。
* 新戦力:パール&コーラル(超音波増幅・ソナー探敵)
* 獲得技術:『振動錬成』の完全習得
「よし! 継承の儀式も終わったことだし……帰って、陸の宿屋で港町の海産物パーティーだ!」
俺が皆を促してラボの出口へ向かおうとした、その時だった。
「……あ、マスター。待ってぇ……」
「ん? どうしたパール」
「……お外に出る前にぃ、お父様からもう一つ、渡すものがあるんですぅ……」
「……忘れてましたぁ……」
コーラルが目をこすりながら言うと、パールが再び小さく歌い始めた。
それに呼応してコーラルが震え、特殊な波長の音が俺たちの身体を包み込む。
フワァッ……と、身体が異様に軽くなった。
そして、俺が首から下げていた『空気膜のペンダント』の魔力が、スゥッと消えた。
「おい、膜が消えたぞ!? この水圧じゃ……」
「マスター、問題ありません」
慌てる俺を、サフィが冷静に制止した。
「分析。体表の魔力波長が、深海の環境(水圧・成分)と完全に同化しました。……現在、私たちは魔道具なしで、アキュノイドやマーメイドと同等の水中活動が可能です」
「……は?」
俺は自分の手を見た。
空気の膜はない。完全に海水に触れている。だが、息苦しさも、水圧による軋みも全くない。
それどころか、海流腕輪がなくても、念じるだけで水の中を自在に泳ぐことができるのだ。
「……これ、人間のまま水棲生物と同じように活動できる『海神の魔術』じゃないか」
「……はいぃ。お父様がぁ、陸の人間でも海都に来れるようにってぇ、遺した術式ですぅ……」
「……これがあればぁ、道具なんていらないですぅ……」
双子がぽやーっとした顔で言う。
俺は、しばしの沈黙の後、ワナワナと震える手で額を押さえた。
「……ちょっと待て。それがあれば……俺が昨日、高い金払って市販の魔道具を買い占めて、徹夜でオーバースペックに魔改造した苦労は……?」
「……あぁ。……そういえばぁ……」
「……眠かったのでぇ、言うの忘れてましたぁ……」
悪びれる様子もなく、ふにゃりと首を傾げる双子。
「……お、お前らなぁっ!」
「あははは! お兄ちゃんの徹夜、無駄骨だったねー!」
ルビィがお腹を抱えて笑い転げ、プリムローズが呆れたように肩をすくめる。
「ふふっ。でもご主人様、あのペンダントと腕輪のおかげで、海中ドライブを思い切り楽しめましたから。無駄ではありませんでしたわ」
アミィが優しくフォローしてくれるが、俺の職人としてのプライド(と睡眠時間)は少しだけダメージを受けた。
「……まあ、いい。陸上の仲間を海に呼ぶ時には使えるからな」
俺はやれやれと溜息をつき、双子の頭を軽く小突いた。
「次からは、大事なことは最初に言えよ」
「……はぁい……」
「……善処しますぅ……」
真理の探求と、美食の追求。そして賑やかで、少し抜けた仲間たち。
錬金術師としてまた一つ絶対的な高みへと登った俺たちは、新たな家族と、水中で息ができるという規格外のオマケ術式を手に入れ、今度こそ『沈黙の海都』を後にしたのだった。
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