第44話 毒の山と、見捨てられた炉 ~深呼吸厳禁のハイキング~
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老婆の案内で、俺たちは村で唯一屋根が残っている集会所へと入った。
中には、数人の村人が力なく横たわっていた。
彼らは皆、激しく咳き込み、肌には灰色の斑点が浮き出ている。
この村の若い衆――働き手たちだ。
「……数日前、原因を突き止めようと山へ登ったんじゃが……帰ってきた時にはこの有様でな」
老婆が悲痛な声で語る。
俺は患者の一人に近づき、脈を取った。
「……酷いな。『重金属中毒』と『魔力汚染症』の併発だ。肺の中が灰で詰まっている」
俺は即座にプリムローズを呼んだ。
「プリムローズ、頼めるか?」
「無論だ。……植物を、自然を穢す毒など、私の前では無力だ」
プリムローズが懐から『世界樹の若葉』を取り出し、すり潰して患者たちの口に含ませる。
さらに、彼女自身の浄化魔法を掛けると、苦しげだった呼吸が少しずつ穏やかになっていった。
「命に別状はない。だが、あくまで応急処置だ。……元を絶たねば、また繰り返すぞ」
「分かっている」
俺は立ち上がり、窓の外――村の背後にそびえる岩山を見上げた。
風向きが変わったのか、灰色に濁った雲がこちらへ流れてくる。
「行くぞ。あの山へ」
◇
俺たちはビークルを村に残し、徒歩で山道へと入った。
登れば登るほど、景色は色を失っていく。
木々は立ち枯れ、岩肌は変色し、生き物の気配が完全に消えた。
「……空気が不味い」
俺は顔をしかめた。
鼻を突く硫黄と、焦げた金属の臭い。喉がイガイガする。
「マスター。大気中の有害物質濃度、危険域に達しました。これ以上の無防備な呼吸は、肺組織に不可逆的な損傷を与えます」
サフィが警告を発する。
アミィやルビィも、袖で口元を覆って苦しそうだ。
「分かった。……全員、これを着けろ」
俺はアイテムボックスから、先ほど急造した『簡易防毒マスク』を取り出した。
白蛇の抜け殻(フィルター代わり)と、活性炭を組み合わせた特製品だ。
見た目は少し不格好だが、性能は折り紙付きだ。
「んー、これ声が変わるよー?」
「我慢しろルビィ。吸い込んだら、お前の大好きなご飯の味が分からなくなるぞ」
「えっ!? それは嫌だ! 着ける!」
全員がマスクを装着し、異様な集団となって登山を再開する。
ゴルドだけは「我ガ肺ハ循環機関デスカラ平気デス」と、平然と先陣を切っていた。
◇
一時間ほど登っただろうか。
中腹にある開けた場所にたどり着いた時、その「元凶」が姿を現した。
「……なんだ、あれは」
そこには、巨大な洞窟の入り口があった。
いや、正確には洞窟ではない。
岩肌を無理やり削り取って設置された、巨大な「人工の焼却炉」のような施設が埋め込まれていたのだ。
錆びついた鉄の煙突からは、モクモクと黒い灰が噴き出している。
そして、炉の周囲には、無造作に投げ捨てられた「ガラクタ」の山が築かれていた。
「分析。……あれは古代の『廃棄物処理ゴーレム』の一種です」
サフィが眼鏡(マスクの上からだが)を光らせる。
「本来は都市のゴミを魔力燃料に変換する施設ですが……制御装置が破損しています。今は『燃やせるものなら何でも燃やす』暴走状態にあります」
炉の前には、自動人形の残骸のような機械仕掛けの作業員たちが、森の木々や、岩に含まれる鉱石を、手当たり次第に炉の中へ放り込んでいた。
ゴォォォォ……ッ!!
炉が唸りを上げ、燃焼ガスを撒き散らす。
それが風に乗って、麓の村へと降り注いでいるのだ。
「……最悪だな」
俺は吐き捨てるように言った。
「誰が作ったかは知らんが、メンテナンスも放棄して放置した成れの果てか」
放置された機械が、命令を守り続けて暴走し、周囲の環境を食い潰す。
誰も管理していない「死の工場」。
それが、あの村を殺しかけている正体だった。
「ご主人様……。あれ、止まりますの?」
「いや。外部からの停止信号を受け付ける状態じゃない。制御盤ごと焼け落ちてる」
俺は『鑑定眼』で炉の深部を見透かした。
炉心は赤熱し、今にも爆発しそうなほど不安定に脈打っている。
「止めるには、物理的に『破壊』して、炉心を冷やすしかない」
だが、うかつに手を出せば、溜め込んだ有毒ガスが一気に爆発し、麓の村ごと吹き飛ぶ可能性がある。
「……面倒なことになったな」
俺はマスクの位置を直し、腕を組んだ。
ただ壊すだけならゴルドとルビィで一瞬だが、今回は「安全な解体」が求められる。
「やるぞ。……あんな薄汚い煙を吸わされちゃ、飯が不味くてかなわん」
義理はない。
だが、この不快なオブジェクトをこのままにしておくのは、俺の美学に反する。
俺たちは暴走する古代の焼却炉を見据え、臨戦態勢に入った。
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