第34話 焦がし醤油と、小さき隣人たち ~錬金術師、見えない世界へ手を伸ばす~
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隔離実験を開始して数日。
俺とプリムローズは、またしても高い壁にぶつかっていた。
「……ダメだ。細胞壁を貫通できない」
顕微鏡から顔を上げ、俺は溜息をついた。
ウイルスは世界樹の細胞核の奥深くに潜り込んでいる。
そこに薬を届けようとすると、細胞そのものを破壊してしまう。
逆に、細胞を傷つけない弱い薬では、殻に守られたウイルスには届かない。
「必要なのは、細胞をすり抜け、ウイルスだけを狙い撃つ『誘導ミサイル』だ。……だが、そんな都合の良いキャリア(運び手)が見つからない」
「物理的なアプローチの限界か……」
プリムローズも頭を抱えている。
煮詰まった空気。
俺は椅子から立ち上がった。
「休憩だ。腹が減ってはいいアイデアも浮かばん」
「賛成だ。……今日のメニューは?」
「『焼きおにぎり』だ。匂いで脳を刺激するぞ」
◇
俺はラボの外に七輪(錬金術で作った)を出し、握った白米を網に乗せた。
表面がパリッと焼けたら、エルフ直伝の『特製出汁醤油』を刷毛で塗る。
――ジュウウゥゥッ……!
醤油が焦げる芳ばしい香りと、出汁の濃厚な匂いが、煙となって森の中へ広がっていく。
日本人なら(エルフでも)抗えない、魔性の香りだ。
「ん~! いい匂い! 早く食べたーい!」
「待てルビィ。焦げ目がついた一番美味いところを……ん?」
俺がトングを伸ばした瞬間。
皿の上のおにぎりが、ふわりと浮き上がった。
「え?」
見れば、半透明の小さな手が、おにぎりを一生懸命に持ち上げている。
一匹ではない。十、二十……無数の小さな光の粒が、七輪を取り囲んでいた。
「『森の精霊』……!?」
プリムローズが驚愕の声を上げる。
普段は姿を見せず、人前に現れることなどあり得ない高位の自然霊たちが、醤油の匂いに釣られてワラワラと集まってきたのだ。
「ピピ! (うまそう!)」
「クルル! (これくれ!)」
彼らは言葉こそ通じないが、明らかに食欲全開だった。
俺は苦笑し、追加でおにぎりを焼き始めた。
「分かった分かった。いくらでもあるぞ。みんなで食え」
俺がおにぎりを振る舞うと、精霊たちは大喜びでそれに抱きついた。
そして驚くべきことに、彼らがおにぎりをすり抜けるように通過すると、おにぎりの「味」や「エネルギー」だけが吸収され、実体はそのまま残ったのだ。
「……!」
その光景を見た瞬間。
俺の脳裏に、雷が落ちたような衝撃が走った。
「物質をすり抜けて、中身だけに干渉する……?」
俺は無我夢中で、食事中の精霊の一匹を捕まえた(「ピギッ!?」と鳴かれた)。
「プリムローズ! サフィ! 見てみろ!」
「な、何をする気だクロウ! 精霊は繊細な……」
「こいつらは『物質』じゃない! 『概念』と『魔力』の塊だ!」
俺は震える手で、失敗作の薬が入ったシャーレを指差した。
「精霊たちなら、植物の細胞壁なんて『壁』だと認識すらしない。奴らにとっては空気と同じだ。……もし、俺の薬を『物質』ではなく『魔力の波長』として精霊に持たせることができたら?」
それは、従来の「物質錬金術」の常識を覆す発想だった。
薬液(物質)を投与するのではない。
薬効(概念)を精霊に託し、細胞の奥へ直接デリバリーさせる。
いわば、『精霊式ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)』。
「サフィ、計算だ! 精霊の波長と同調する『霊薬』の構成式を組め!」
「了解。……既存の化学式では不可能です。マスターの『魔力操作』による直接記述が必要です」
「望むところだ!」
俺は実験机に戻り、フラスコを掴んだ。
今までの俺は、素材を混ぜ、熱を加えるだけの「化学者」だった。
だが、今は違う。
目の前にいる「見えない隣人」たちの力を借り、物質と非物質の境界を超える。
「おい、ちびっ子たち! 飯の礼に、ちょっと力を貸せ!」
俺は精霊たちに呼びかけた。
彼らは顔を見合わせ、ニカッと笑った(ように見えた)。
一斉に飛び立った精霊たちが、俺の練り上げる薬液の中に飛び込み、光の粒子となって溶け込んでいく。
「融合……いや、『共鳴』!!」
カッ!!
フラスコの中で、薬液が黄金の光ではなく、虹色のオーロラのような気体へと変化した。
「できた……。『精霊感応薬』」
俺はそれを、シャーレの中のサンプルに吹きかけた。
気体は細胞壁を幽霊のようにすり抜け、核の奥に潜むウイルスに到達。
そして――。
黒いウイルスが、悲鳴を上げる間もなく、光に包まれて浄化された。
細胞は無傷のままで。
「……成功だ」
俺は拳を握りしめた。
錬金術師として、俺は今、一つ上のステージに立った。
「目に見える物」だけでなく、「目に見えない力」をも調合する、真の賢者の領域へ。
「凄い……。精霊を媒体にするなんて……」
「へへっ。焼きおにぎりが繋いでくれた縁だよ」
俺は空になった皿を叩いた。
壁は突破した。
あとは、この技術を世界樹本体に適用するだけだ。
反撃の狼煙は、醤油の香りと共に上がった。
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