第31話 深淵の根と、癒着する悪意 ~メスを入れたら、世界樹が悲鳴を上げた~
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
賢者のラボの最深部。
俺たちは、エルフの里、ひいてはこの森全体の命運を握る『世界樹』の大手術を開始しようとしていた。
目の前には、天井を突き破る巨大な主根。
その表面はドス黒い紫色の粘液で覆われ、脈打つように蠢いている。
「……始めるぞ。サフィ、バイタルモニター起動」
「了解。樹液の流動速度、魔力循環率、全て可視化します」
「ダイヤ、出力5%で患部を焼灼。健康な細胞を1ミリでも傷つけたら中止だ」
「承知いたしましたわ。……絹を縫うよりも慎重に参ります」
俺の合図と共に、ダイヤが指先から極細の熱線を放った。
ジュッ……という音と共に、黒い粘液が蒸発していく。
――オオオォォォ……。
どこからともなく、低い唸り声のような振動が響いた。
世界樹が震えているのだ。
「順調だ。……よし、このまま表面の壊死した部分を削り取り、俺の『調和薬』を直接注入する」
俺は錬金術で作った、再生と殺菌を同時に行う黄金の薬剤を注射器にセットした。
ダイヤが切り開いた傷口へ、慎重に針を刺す。
その時だった。
ギャアアァァァァァァッ!!!
耳をつんざくような「悲鳴」が轟いた。
それは世界樹の声ではない。
傷口の奥、深紅の断面から、無数の黒い触手が飛び出し、俺の注射器を弾き飛ばしたのだ。
「なっ……!?」
「マスター! 警告! ウイルスが『防衛反応』を示しています! しかも、宿主である世界樹の生命力を盾にしています!」
サフィが叫ぶ。
モニターの数値が異常な跳ね上がりを見せていた。
俺たちが病巣を攻撃すればするほど、世界樹自身の心拍数が低下していく。
「くそっ……! 完全に融合しているのか!」
ただの寄生じゃない。
この病魔は、世界樹の神経系や魔力回路と深く複雑に絡み合い、「私を殺せば、こいつも死ぬぞ」と人質を取っているのだ。
「やめろ! 中止だ!!」
プリムローズが叫び、俺の腕を掴んだ。
「これ以上やれば、世界樹がショック死する! ……やはり、無理だったんだ。私の数百年は無駄じゃなかったが、正解でもなかった……」
彼女の目には絶望が浮かんでいた。
俺は歯を食いしばり、ダイヤに停止を命じた。
「……ああ。これは『外科手術』でどうにかなるレベルじゃない」
俺は注射器を置いた。
一度で治そうなんて、傲慢だった。
数百年かけて根付いた病だ。それを数分で切り離せるわけがない。
「……撤退だ。だが、諦めるわけじゃない」
俺は冷静に判断を下した。
今、無理に完治を目指せば、患者(世界樹)が死ぬ。
必要なのは、急激な治療ではなく、「共存しながら徐々に弱らせる」長期的なアプローチだ。
◇
手術を中断し、俺たちは応急処置だけを施して一息ついた。
ラボの中に重苦しい空気が流れる。
「……すまない、プリムローズ。俺の読みが甘かった」
「いや。……お前のおかげで、敵の正体がハッキリした」
プリムローズは疲れ切った顔で、しかしどこか吹っ切れたように言った。
「この病は、意思を持っている。真正面から戦えば負ける。……持久戦だ」
「ああ。これから毎日、少しずつ薬の配合を変えて投与し、ウイルスの反応を見る。奴が『嫌がる』が『死なない』ギリギリのラインを探り続けるんだ」
それは、気の遠くなるような作業だ。
数ヶ月、あるいは数年かかるかもしれない。
だが、錬金術師として、乗りかかった船(患者)を見捨てるわけにはいかない。
「……お兄ちゃん、帰らないの?」
ルビィが心配そうに聞いてくる。
俺は彼女の頭を撫でて笑った。
「ああ。しばらくここに滞在することになりそうだ。……悪いなルビィ、冒険はお預けだ」
「ううん! ツノ丸と遊べるからいいよ!」
俺はラボの一角に、自分専用の研究スペースを展開し始めた。
簡易ベッドと調理器具、そして大量のフラスコ。
「プリムローズ。今日からここが俺の『第二の研究室』だ。文句はないな?」
「……フン。勝手にしろ。ただし、食事は三食きっちり作れよ。それが家賃だ」
「交渉成立だな」
こうして、俺たちのエルフの里での滞在は、単なる立ち寄りではなく、「長期的な研究合宿」へと変わった。
朝は世界樹のバイタルチェック。
昼は森で素材採取と調合。
夜はプリムローズとデータ解析(と宴会)。
じっくり腰を据えて、この難病と向き合う。
そんなスローライフな闘病生活が幕を開けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白かった!」「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、
ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の爆発的なエネルギーになります!
ブックマークへのご登録も、ぜひよろしくお願いいたします!
それでは、次回もどうぞお楽しみに!




