第30話 遺伝子の図書館と、腐りゆく世界樹 ~調和だけでは、救えない命がある~
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プリムローズに導かれ、俺たちはついに『翠緑のラボ(バイオ・プランテーション)』の内部へと足を踏み入れた。
そこは、俺の知る「研究所」のイメージとはかけ離れていた。
天井はなく、遥か上空まで伸びる巨大な樹洞の中に、無数の発光植物がシャンデリアのように垂れ下がっている。
壁一面には、ガラスのシリンダーが埋め込まれ、その中で多種多様な種子や胎児(魔獣の幼体)が眠っていた。
「……すげぇ。ここにあるのは本じゃないのか」
「ああ。賢者様は紙媒体を嫌った。情報は全て、『種子』に記録されている」
プリムローズが壁のシリンダーを指差す。
「ここには、太古の時代から現在に至るまでの、あらゆる植物、菌類、そして生物の『遺伝子情報』が保存されている。素材の効能、毒性、成長条件……お前が欲している『知識』の全てだ」
「サフィ、どうだ?」
「分析。……膨大です。マスター、私の外部メモリとリンクし、全データをダウンロードします。推定時間、3時間」
俺は震えた。
これを手に入れれば、俺は世界中のあらゆる病を治し、あらゆる薬を作れるようになる。
錬金術師にとって、これ以上の宝はない。
「好きにしろ。……だが、知識だけではどうにもならんこともある」
プリムローズの表情が曇った。
彼女はラボのさらに奥、最深部の部屋へと俺たちを案内した。
◇
そこには、悲痛な光景が広がっていた。
部屋の中央に、天井を突き破るほどの巨大な「根」が鎮座している。
この森を支える『世界樹』の主根だ。
しかし、その表面はドス黒く変色し、紫色の粘液を垂れ流していた。
先ほどのテストで俺が治療した「枯れ葉」など、この巨大な病巣のほんの一部に過ぎないことが見て取れる。
「……酷いな。これが『本体』か」
「そうだ。世界樹は今、死にかけている」
プリムローズが根に触れ、悲しげに俯く。
「私はこの数百年間、あらゆる『調和』の術式を試した。森のエネルギーを集め、循環させ、自然治癒力を高めようとした。……だが、無駄だった」
「なぜだ? 調和こそが極意なんだろ?」
俺が問うと、彼女は首を振った。
「病の進行が早すぎるのだ。そして、この病原体は……『世界樹自身』になりすましている」
サフィがスキャンを行い、補足する。
「肯定。ウイルスは宿主のDNAを模倣し、免疫系をすり抜けています。『調和』の魔法では、ウイルスを『味方』と誤認してしまい、排除できません」
「そういうことか……」
俺は悟った。
エルフの極意である「調和」は、全てを受け入れる優しさだ。
だが、その優しさゆえに、内部に巣食う「悪意」すらも受け入れてしまっている。
癌細胞と一緒だ。優しく撫でるだけでは、癌は消えない。
「……プリムローズ。あんたのやり方は間違ってない。だが、足りないものがある」
俺は一歩前に出た。
「『調和』だけじゃ救えない。時には、異物を切り捨てる『拒絶(毒)』が必要だ。そして、それを制御する『計算(科学)』が」
「……お前の『足し算』か?」
「いや、『掛け算』だ」
俺は、ドワーフのラボで手に入れた『熱核錬成』と、今ここで学んだエルフの『生命調和』。
相反する二つの力を、俺自身の『現代知識(化学)』で繋ぎ合わせるイメージを描いた。
「サフィ、遺伝子データの解析を急げ。ウイルスの構造を特定する」
「ダイヤ、高出力レーザーの準備を。患部をミクロン単位で焼き切るぞ」
「ゴルド、根を固定しろ。暴れるかもしれない」
「ルビィ、応援だ!」
「がんばれー!」
俺は白衣を翻し、プリムローズに向き直った。
「管理権限は俺にあるんだったな? なら命令だ、プリムローズ」
「……なんだ?」
「俺の助手になれ。あんたの『調和』で世界樹の体力を維持しろ。その間に、俺が『錬金術』で病巣を摘出する」
プリムローズは、驚いたように目を見開き、それからフッと小さく笑った。
「……分かった。お手並み拝見といこうか、マスター・クロウ」
エルフの知識(素材)と、調和の真髄(理論)。
それらを完全に吸収した今、俺は単なる錬金術師ではない。
『生命のエンジニア』として、神代の樹を救うオペを開始する。
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