第28話 引きこもり賢者の餌付け日記 ~美味しい匂いは、壁を越える~
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それでは、本編をお楽しみください!
深い森の奥、蔦に覆われた古びた扉の前。
『面会謝絶』の看板を掲げたその場所で、俺たちは足を止めた。
「ご主人様、ノックしますか? それともダイヤさんに焼き払ってもらいます?」
「いや、待てアミィ。引きこもりってのはな、無理やり引っ張り出すと死ぬほど抵抗する生き物なんだ」
俺は経験則(?)から知っている。
心の扉を閉ざした相手には、言葉も暴力も届かない。
届くのはただ一つ――「本能への訴えかけ」だけだ。
「ここは長期戦だ。相手が『自分から出てきたい』と思うまで、じっくり餌付けするぞ」
「分析。……対象は『野良猫』と定義します」
◇
【1日目・昼】
俺は扉の前に、小さな皿を置いた。
中身は、先日の『黄金火猪』のベーコンをカリカリに焼き、ふわふわのパンに挟んだ『特製サンドイッチ』だ。
ソースは掛けず、素材の旨味と燻製の香りだけで勝負する。
「よし。これで様子を見よう」
俺たちは数十メートル離れた茂みに隠れ、息を殺して見守った。
10分経過。
30分経過。
……反応なし。
「お兄ちゃん、出てこないよー。ツノ丸がお腹すいたってー」
「シッ! 待つんだルビィ」
1時間経過。
ギギギ……。
重厚な扉が、わずか数センチだけ開いた。
隙間から、青白い細い腕がニューッと伸びてくる。
その手は、迷うことなくサンドイッチの皿を掴むと――。
バタンッ!!
電光石火の早業で皿を引き込み、扉を閉めた。
「……食べたな」
「分析。対象の反応速度、0.2秒。かなりの空腹状態と推測されます」
俺はニヤリと笑った。
第一段階、クリアだ。
◇
【1日目・夜】
数時間後。俺は扉の前に再び近づいた。
皿は綺麗に舐め取られたように空になり、扉の外に返されていた。
そして、皿の横には走り書きのメモが一枚。
『……悪くない。塩加減が絶妙だ』
「ほう。食レポ付きか」
俺は次の一手を打った。
今度は『翡翠キャベツのポタージュ』だ。
カレハ村のキャベツの芯まで煮込み、甘みを極限まで引き出したスープ。
蓋を開ければ、湯気と共に優しい香りが広がる。
俺たちが離れると、すぐに扉が開き、スープが回収された。
そして翌朝、返却された器にはこう書かれていた。
『野菜の処理が完璧だ。お前、薬学の心得があるな?』
食いついてきた。
ただの食いしん坊じゃない。調理法から俺の技術(薬学・錬金術)を見抜いている。
◇
【2日目・昼】
俺たちは森の中でテントを張り、優雅に過ごしていた。
ルビィはペットの「ツノ丸(巨大クワガタ)」と相撲を取り、ダイヤは木漏れ日の中で読書をし、アミィは洗濯物を干している。
焦ることはない。俺たちの生活音と、料理の匂いを森に馴染ませるのだ。
今回のメニューは、『ドワーフの蜂蜜キャンディ』と『果実のタルト』。
甘いものは別腹だ。脳を使う賢者なら、糖分を欲しているはず。
結果は即答だった。
置いた瞬間に扉が少し開き、皿が消えた。
メモにはこうあった。
『このキャンディの精製純度は異常だ。どうやって結晶化させた? レシピを置いていけ(命令)』
「ふふ、命令口調になってきたな。だが、レシピは教えない」
俺は返事を書かず、ただ「空になった皿」だけを回収した。
焦らしプレイだ。
情報はタダじゃない。欲しければ、自分から聞きに来い。
◇
【3日目・最終段階】
いよいよ仕上げだ。
俺は扉の「前」ではなく、少し離れた場所にテーブルセットを用意した。
そして、そこで『調理』を開始した。
メニューは、長老をも唸らせた『黄金と緑の狂想曲』。
黄金火猪のステーキを焼き、特製ソースを煮詰める。
ジュウウゥゥッ……!!
強烈な肉の焼ける音と、スパイスの香りが、閉ざされた扉の隙間へ容赦なく侵入していく。
「さあ、焼き上がったぞ。……アミィ、お皿を」
「はい、ご主人様」
俺たちは優雅にテーブルにつき、食事を始めた。
もちろん、扉の方には見向きもしない。
「僕たちは楽しく食べてますよー」という空気を全力で出す。
……ガタリ。
……ギギギ……。
扉が、ゆっくりと開いた。
隙間から覗くのは、ボサボサの緑髪と、分厚い眼鏡。
そして、地面に落ちそうなほど長い袖のローブを引きずった、小柄な人物。
「…………」
その人物――引きこもりの賢者は、柱の陰からジッとこちらを見ている。
いや、正確にはテーブルの上の「肉」を見ている。
喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
俺は気づかないフリをして、独り言のように呟いた。
「ああ、美味い。でも、一人分余っちゃったな。……このまま冷めると味が落ちるんだが、誰か食べてくれる人はいないかなぁ?」
その言葉が、最後の一押しだった。
「……た、べる」
蚊の鳴くような、しかし必死な声。
賢者はフラフラと、吸い寄せられるように扉から出てきた。
太陽の光を浴びるのは数百年ぶりかもしれないその姿は、まるで森の妖精(ただし寝不足で目の下にクマがある)のようだった。
「……それ、食べる。……レシピも、教えろ」
賢者は俺の目の前まで来ると、袖を掴んで上目遣いに訴えた。
勝ちだ。
力ずくでも魔法でもなく、「美味しいご飯」の前に、賢者の扉は開かれたのだ。
「ようこそ、俺たちの食卓へ」
俺はニッコリと笑い、余っていた椅子を引いた。
「座りなよ。……食事の後は、少し話をしようか?」
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