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平日、サテライト校で夏期講習が行われていた。花園君が1位から陥落したスペシャル講習から数えて3日後、私は神センに呼ばれた。
「仁科、ちょい」
最近は呼び方が雑。未来へ行く瞬間も柱の陰だったりする。
「はい」
ついて行くと、廊下を曲がったところで神センの部屋になった。
ふかぁ
白い革製のソファは安定の座り心地。柔らかー。
「よくやった」
目の前で長い脚を組む神センから、いきなりねぎらいの言葉。訳が分かんない。
「何のことでしょうか」
聞いてみた。
「花園が名前を書くようになった」
と神セン。
「あ、それは私のせいじゃありません。この間のスペシャル講習のとき、名前を書き忘れて算数が0点になったから懲りたんだと思います」
「違うよ。花園が懲りるわけないだろう。いい順位を出すことなんてどうでもいいんだから」
「でも、さすがに」
「字も綺麗になったんだよ。理科の論述問題の綺麗なこと。他の教科の先生もびっくりしてた」
神センはすこぶる嬉しそう。
「でも、なんでそれが私なんですか?」
私『よくやった』とか言われたよね? 花園君のテストに名前を書いてあげたりしてないんだけど。
「いやぁ、いきなり字が綺麗になったから不思議に思って、本人に聞いたんだよ。そしたら『品のある字だって仁科さんに褒められた』って嬉しそうに言うんだよ」
ええ、たった一言が?
「名前の字のことです。あまりに解答部分の字とのギャップがあって。シニカルジョークを」
私の答えに、あきれた神セン。
「シニカルジョークなんて気づくわけない。塾の友達に警戒心なんて抱いてないから。もう、国語の先生が涙を浮かべて喜んでたよ。記述問題なんて、本当に解読に苦労してたから。ありがとう。今までで最大の功績だよ」
「どーも。ってか、花園君ってて、字が上手いくせに、汚く書いてたんですね。変なの」
「頭の回転が速いからだよ。頭に浮かんでくるのが速過ぎて、文字にするのが追いつかない。だから自然に字が汚くなる。これは頭のいい人間の傾向だよ」
「じゃ、花園君は頭の回転を遅くしたんですか?」
「いや、分かったことを最速で出力するのをやめて、一旦脳というバッファにためるという方法なんだろう。それくらいのこと、ほぼ誰でも身につけているよ。彼はそんなことすら無頓着だったってことだ。ははははは」
めっちゃ上機嫌じゃん。笑ってるし。
「天才って訳分かんない」
「とにかくありがとう」
花園君が名前を書くようになって良かった。これって小学1年生レベルじゃん。




