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受験の天王山の夏が終わり、芸術の秋に入った。
バイオリン姫はコンクールが近いらしく、よく自分の演奏を聴いている。
「聴きたーい」
なんでもとりあえず首を突っ込む私は、バイオリン姫からイヤホンを貸してもらった。
イヤホンを装着すると、鼓膜を揺らすバイオリンの音色。でも私、音楽はさっぱり。
「バッハ、無伴奏パルティータ、サラバンド」
バイオリン姫は作曲者と曲名を教えてくれた。
「へー。きれーな音。これ、自分で弾いてるの?」
なんとなくCDじゃなさそうな音だったから。
「そ。私の演奏」
「すごーい。かっこいいー」
ぱちぱちぱち
拍手。
「じっくり聴いて、反省してるの」
こんなに上手なのに、反省するんだ?
「反省?」
「ここら辺は、もっとこんな風に弾きたいとか、そーゆーの」
「ふーん。すごーい。私、音楽はまったく分かんない。尊敬」
「ふふ。ニカらしい」
身もふたもない感想と一緒にイヤホンを返す私。優しいバイオリン姫はにこにこしながらiPodを操作した。
「音楽方面に進むの?」
バイオリン姫の志望は音楽の学校じゃない。でも、夏を過ぎてまでバイオリンを続けてるってことは、将来的にはそっちの方面を目指すのかも。
「まさか。そこまで上手くないよ。やってる人が聴けば、そんなレベルじゃないって分かるの。コンクールだって参加するだけ。ただ好きなだけ。趣味」
「ふーん。でも、私がテニスやってたのとは違う気がする」
だって、バイオリン姫は毎日バイオリンの練習をするって言ってた。私、テニスを好きだけど、毎日トレーニングや素振りするほどじゃなかったもん。
まだ私達は小学生で、可能性は無限大。今から物事を「趣味」と片付けるには早すぎるかもしれない。自分が大人だったらそう言う。
でもね、小さなころから1つのことをやってるから分かることがある。その道のエキスパートがどれほど凄いのか。
芸術もスポーツもトップは英才教育。まだ11歳じゃなくて、もう11歳。努力で追いつけない神のような領域があることを思い知ってる。
バイオリン姫は花のように微笑んだ。
「一緒なんじゃないかなー。私はね、ほら、マラソンを続ける人みたいに、一生、楽しみながら自己ベストを出したいの」
「へー」
楽しみながら自己ベストか。なんかいい。




