予測可能回避不可能
『放課後。屋上で待ってます』
湊が昇降口で受信したメッセージだ。送信者を見なくとも、誰からのメッセージであったか確信できた。靴を下駄箱に放り込み、上履きを履き、急いで階段を駆け上がる。
埃まみれの机と椅子を書き分け、屋上へ通じる扉にたどり着いた。愛染逢佳の顔を思い出し、溜息をつきながら扉に手を掛ける。
開かなかった。鍵がかかっている。
「……防犯意識が高すぎる」
湊は扉横に操作パネルの様なものがあることに気がついた。非接触型の電子ロックだった。開いた手のマークから、電脳体の情報を読み込ませて開錠するタイプだと判断できた。
湊は試しに手をかざしてみる。エラーだった。
「やっぱり生徒の情報じゃ開かないよな。となると、教員レベルの権限が必要か。それか……」
湊は学生カバンの中から白いカードを取り出した。何も書かれていない、見るからに怪しいカードだ。それを電子ロックにかざす。すると、今度は何事も無かったかのように鍵が開いた。
湊が扉を開けると、そこにはやはり既に愛染逢佳が居た。
「ちゃんと鍵を開けられたのね。どうやったの?」
「マスターキーのコピーを持ってる。去年職員室に忍び込んで、カードの情報を複製させてもらった」
「教師の指をもぎって持ってくるくらいは期待したのに」
「お前はそうしたのか?」
「まさか。私も偽装マスターキーを持ってるのよ」
「考えることは同じか」
「ええ」
屋上は殺風景だった。柵と、汚れと、無造作に捨て置かれた大量の机と椅子。学園ドラマで夢見た屋上での昼食など程遠い世界だ。屋上は学園のゴミを集めた廃墟の様に思えた。明かりも無く、暗い。あるのは月の光くらいだ。
適当に腰をかけて、湊は言う。
「転生者っていうのは何者だ?」
「私の話を聞きに来てくれたんじゃないの?」
「それは後だ。散々振り回してくれたんだから、俺の話を聞いてくれたっていいだろ」
「ふふ、いいわ」
逢佳が可笑しそうに微笑んだ。
「とは言っても、私も詳しく知ってるわけじゃない。ただ彼らは、ハッカーと呼ばれることを嫌ってる。そんな普遍的な呼び名で呼ぶな、俺たちは特別なんだ、とでも言いたげにね」
「特別、ね。何をもって特別と言い張るんだか」
「力よ。彼らが神託機能と呼ぶ能力」
神託機能、神様が託した力。物騒な字面、と湊は思う。
「俺たちの使う六骸情報とは違うみたいだな。恥ずかしい服を着る必要も無いようだ」
「私は結構気に入ってるわ――似てるけど、別物だと思う。一つ聞くけど、あなたのあの力はどこで手に入れたの?」
「どこ、と言われてもな」
湊は返答に困った。場所を問われても答えようが無かったからだ。
「強いて言うなら、俺の電脳体の中だ。六骸情報は電脳体に刻まれた特殊なプログラム。けど、通常は封印されている。――ハッカーは自分の電脳体の一部を削り取り、それを媒介に六骸情報を作成する。また自分の体に取り込み、同化させる……ま、名前のまんまだな。六骸、意味は頭・胴・両手・両足――つまり身体の情報」
口で簡単に説明は出来ても、実際はそう簡単にはいかないことを、湊は身をもって知っていた。
六骸情報は電脳体のどこに存在するか不明だ。人によっても違う。眼球かもしれない。心臓かもしれない。腕かもしれない。爪かもしれない。能力を得たいと望む物は、体のどこかにあるブラックボックスを掘り当てて形にするのだ。そのブラックボックスが体のどこにあるかは調査する方法は存在しない。当てずっぽうで電脳体を抉るしかないのだ。それも、修復院送りにされないようギリギリのラインで。
自分のことは自分しか分からない。しかし、自分が思っている以上に、自己というものはあやふやで不可解なものだ。ハッカーは皆、その事をよく知っていた。
「ええ、私も同じ。けど、転生者は違う。皆口を揃えて、『貰った力』って言うわ。言うなれば、後天情報かしらね」
それはおかしい、と湊は指摘する。
「六骸情報は、言わば電脳体の一部だ。開放するかしないかは別として、誰でも持ってる。そこに外から別の能力を付与する? そんなことしたら一体どうなる? 健常者にもう一つ脳ミソを与えるようなものだ。電脳体が正常に動かなくなってもおかしくない。電脳体は魂の情報といっても過言じゃない。そこに手を加えれば、間違いなく人格が崩壊する」
「実際、二之瀬悠屋の動きはおかしかったでしょう?」
「一之瀬祐樹な」
「そうだったかしら――まあどうでもいいわね。六骸情報は私達の中に埋まってるもの、だから呼吸する様に扱うことができる。でも、神託機能は違う。与えられたモノだから、上手く使うことができない。多分、こんなところね。」
湊は昨日の校門前の出来事を思い出した。逢佳と祐樹の戦闘についてだ。
――確かに、そんなことを言ってた気がする。
逢佳は続ける。
「問題は、ね。例え神託機能が先天的封印機能より劣っていて、欠陥があるとしても事件を起こすのには十分すぎる力があるということ。しかもそれが『貰った力』である以上、神託機能を付与できる『何か』が、この電脳世界にはある」
衝撃的な事実だった。ハッカーが危険を犯してまで六骸機能に手を出すのにはそれなりの理由がある。どんな能力が発露するか分からず、それが苦痛に見合うかすら分からないのにも関わらずだ。
だが、決まった能力を植えつけることが出来る『何か』がこの電脳世界には居る。であるならば、現在何人モノの能力持ちが各層にいる可能性がある。湊は想像しただけで、寒気がしてきた。
「じゃ、今度はこっちの番。私はこの『何か』を見つけ出したいの」
「見つけ出してどうする」
「モノなら破壊する。ヒトなら監獄層に放り込むわ。――そのために、私と強力をして欲しいの」
「理由は?」
「私は平穏が好きなの」
「――そうか」
正直言って厄介だ、湊はそう思った。逢佳の言葉が正しいなら、転生者は湊にとって平穏を脅かす存在であり、排除すべき敵になりうる。しかし、湊は戸惑った。逢佳に協力すること、それは現在の平穏を捨て、非日常に飛び込むことだからだ。気が進まない、というのが湊の本音だ。降りかかる火の粉を払えれば、湊はそれでよかったのだ。
「他のハッカーは?」
「知らない。私が知ってるハッカーはあなただけよ」
だろうな、と湊は呟く。ハッカーは自らの存在を隠すものだ。湊も逢佳を除いて二人しかハッカーを知らない。
「他のハッカーを紹介しようか? そういうのに興味がありそうなヤツに心当たりはある」
湊は代替案を出してやんわりと断ろうとする。しかし、
「駄目よ」
三文字で廃案と化した。
「あなたじゃないと嫌」
「……何故?」
「論理的な説明と感情的な説明、どっちがいい?」
「論理的」
「きっと、あなたは裏切らない」
「それ、論理的か?」
「付け加えると、紹介されたぽっと出のハッカーより、去年から同じクラスだったあなたの方がよっぽど信用できるわ」
「え、待った。去年も同じクラスだったのか?」
「……ひどい人。責任とってもらうから」
「だからその言い方――! 分かった、分かったから協力する! 協力するから泣きまねをやめろ!」
「本当? 嬉しいわ!」
言ってしまった、と湊は半分後悔した。決して泣き落としに屈したわけではないと自分に言い聞かせる。そうでもしないと自分の決断に自信が持てなかった。
「だってお前、ここで断ったら死ぬまでストーキングしてきそうだからな」
「するわ」
「真顔で言わないでくれ……」
「こんなご時勢よ。人生プランは長くがベターだわ。断られたら「イエス」と言うまで追い回すつもりだったわ」
「なんて執念だよ」
「ふふ、ありがと」
「褒めてない!」
湊は困ったように夜空を見上げた。
――星は瞬き、月は輝く。人工の夜空のハテは一体何があるのだろう?
そんな現実逃避を終えた湊は思考を切り替え、逢佳にこの後の動きについて尋ねた。
「それで、俺は何をすればいい?」
「そうね……」
「一之瀬祐樹はどうする? あいつはまだセーフハウスで氷付けのハズだ」
「――彼から聞きだせることまだありそうね。あとでセーフハウスにいきましょう。それよりも、今すべきことがあるわ」
「それは?」
「休息。私は力を使った次の日は出来るだけ休むことにしてるわ。身体的にも、精神的にも。私の能力は電脳体に大きな負荷を掛けるから……」
「確かにな。反動とかすごいんじゃないか?」
「ええ。あなたが今日遅刻しそうになったのも、同じ理由でしょう? だから――」
逢佳は湊に手を差し出した。湊はその行動の意図が分かららなかった。お構い無しに、逢佳は向日葵のような笑顔で言った。
「今日はデートでもしましょうか」
「……は?」
「デート」
逢佳は大切なことなのでもう一度言った。




