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青い炎

 全ての授業が終わった後、教室からの逃亡を図った和馬をメルカが捕縛し、生徒指導室まで引きずっていった。いつものことだったので、湊は特に気にしなかった。

 ところで湊は友人が多く無い。クラスで何か有るときはそれなりにクラスメイトに混ざるが、そうでない時は基本的に一人か、和馬とつるんでいるかだ。部活動に所属しているわけでもないので、和馬がいなければ放課後は暇なのである。

 午前四時三十分。有蘭学園校門前道路。湊はそこにいた。

 まだまだ空が暗い時間だ。とはいえ街灯に照らされているため、道は明るい。周りを見渡せば、同じように帰宅部の生徒が歩いている。有蘭学園の生徒だけでなく、他の高校の生徒、大学の学生もいた。自由層で遊ぼう、バイト辛い、彼女ほしい、家族が家で待っている、さっさと現実世界に帰ろう。言葉の端から、それぞれの生活を伺うことができた。

 何も予定のない湊は学生寮に向かって一直線に歩いていた。学生寮は遠くないので、一度帰ってから予定を考えても十分時間に余裕があった。

 その時だった。湊はすれ違う人に肩をぶつけてしまった。別に何かに気を取られていたわけではない。偶然だった。


「あ、すいません」


 すぐに男子生徒に謝罪をする。その男子生徒は有蘭学園の制服を着ていたが、湊の知らない生徒だった。髪を染め、長く伸ばし、制服は大きく着崩している。いわゆる有蘭の中でも和馬のように明るく軽いノリを好む生徒だろうと湊は予想した。


「…………」


 相手の返事は無かった。港はそのまま通り過ぎようとして、男子生徒の様子がおかしいことに気がつく。

 後ろを振り向くと、男子生徒もまた湊の方を向いていた。どうしたのだろう、と湊が相手を監察してみれば、彼は虚ろな目をして、顔が青く、体がふらふらと揺れている――


「助け、……」


 小さくそう言った。直後、突然倒れた。糸が切れた人形のように――膝をつき、顔を地面に叩きつけた。


「――!?」


 湊は驚き、一歩後ずさる。いきなり気絶したから、という理由もあるが、それよりも目を惹くものがあったのだ。

 その男子生徒の背中に大きな傷があった。まるで刃物で切られたような形跡。

 湊は直感した、平穏が崩れたと。


「あああああああああああ!」


 悲鳴をあげたのは湊ではない、周囲に居た知らない誰かだった。それもまた彼らも程なくして崩れ落ち、その背中には同じような傷が付けられていた。

 湊の周囲全て。あらゆる方向から悲鳴が上がった。一つ悲鳴が上がるごとに、生徒が倒れていく。


「おいおいおいおい!」「何? なんなの!」「は、はやく通報……! 誰か、誰か!」「ひいいいいい!」


 有蘭学園前道路はパニックに陥っていた。未だに悲鳴はなりやまず、傷付けられ、気を失った生徒は増えていた。その数十数名。被害者には共通点があった。ほとんどが和馬の様に明るいノリを好みそうな生徒だった。

 男女問わず、制服は切り裂かれ、大きな傷口を見せている。

 血の代わりに液状になった破損データを垂れ流している。

 何人も、だ。

 やがて切られた電脳体は青く発光し、消えた。『自動転送』が行われたのだ。この電脳世界で、致命傷を負った電脳体はどこに居ようとも自動的に修復院と呼ばれる場所に転送される。そこは現実世界の病院の様なもので、壊れた電脳体を修復、復帰させる施設だ。

 湊はすぐさま視界にAR仮想ウィンドウを展開する。連絡帳を開いて、和馬に電話をかけた。手で右耳を覆う。これは『電話中』を示すサインだ。電脳世界での通話はテレパシーの様に、そう思うだけで言葉が通じるので口を動かす必要がない。だから、こうしたサインが必要になるのだ。


『おう、どうした。俺はやっと説教が終わったぜ。なんか校門の方が騒がしいが――』

『絶対に外に出るな。気になるなら窓から見ろ。切るぞ』

『あ、おい!』


 すぐに電話を切った。逃げるためだ。


「くそっ……」


 湊は平穏が好きだ。例えそれが人生と言う大動乱の中に生まれた、ひと時の休憩時間だとしてもだ。その対極にある今の状況は、湊が激しく憎むものだった。

 だから、このような異常事態を目にするたびに湊は思うのだ。

 またか、またなのか、と。

 心臓を抜かれるように、抗い難い運命がそこに居るような気がして、どうしようもないやるせなさが抜け落ちた左胸に忍び込んでくるのだ。

 ふと、湊の足元に何かが転がってきた。


「何だ?」


 それは空き缶程度の大きさの物だった。だがプルトップはついていない。成分表もどこにも書いていない。ただ無機質な白い円筒。一般の人には、これがどんなものかわからないだろう。

 だが、湊はすぐさま悟った。事態はさらに深刻になると。

 というのも、湊はこれの正体の知っていたからだ。


「|幻視パルス(EMP)……!」


 |幻視パルス(electromagic pulse)発生装置――それがこの白い円筒の正体だ。これは一種のハッキングツール、電脳世界的に言えば、電脳体やオブジェクト、空間に何らかの変化を与えるものだ。

 そして幻視パルス発生装置が起動し、あたりに鋭く、高い音を撒き散らした。その音を聞いた人々は視界をジャックされる。これを受けた人々は特定の人物や物に対してモザイクがかかる様になるのだ。

 要するに、これは人払いのために使われるツールだ。

 これが使われたという事実が示すこと。

 それは近くにハッカーが居る、ということだ。


 ◇ ◇ ◇


 湊は学校側から校門に隠れ、様子を伺っていた。万が一和馬が現れた場合、追い返さなくてはならないからだ。

 幻視パルスが音を発するのを止め、生徒のほとんどがこの場から離れた現在。入れ替わりでやってきたのは一人の女子生徒だった。


 ――おそらく、幻視パルスを使ったのはあの生徒。


 そう思って、湊はその女子生徒を見た。


「……ふぅん。やっぱり光学迷彩を使ってたのね」


 その女子生徒は長い髪を揺らしていた。その肌はまるで陶器。宝石のような切れ目で、やはりつまらなそうにものを見据えていた。

 湊は思わず苦笑いをした。当然といえば当然だ。まさか、和馬の妄言が本当だったとは思いもしなかったからだ。

 ハッカー、愛染逢佳がそこに居た。そして言うことには、


「確かに光学迷彩は便利だけど、それは複雑で精密なプログラム。ちょっとした刺激で効果を失うわ。ほら、幻視パルスを受けてバグってる。そう言った意味では、時間制限付とはいえ瞬間的に発動して、一瞬で効果を出す幻視パルスの方がリスクは少ない。現にあなたは姿を晒すことになっている」


 もう一人、ノイズのような画面効果(エフェクト)に包まれた人物が居た。幻視パルスの影響で光学迷彩がエラーを起こし、正常に動かなくなっているのだ。

 そして迷彩が完全に停止し、その姿が露になる。ヘアスタイルは整っておらずボサボサ、背は平均的、体も特別鍛えられているわけでは無い。顔も普通。なんてことはない、普通の男子生徒だった。湊はその青い制服に見覚えは無かったが、この広い教育層の、どこかの生徒であることは明らかだった。


「……僕以外のハッカー、本当にいたんだ」

「ええ、そうよ。力を存分に振るうのは楽しい? お馬鹿さん(ハッカー)


 逢佳は周囲を見渡し、壊れた電脳体が転がるこの惨状を見て、吐き捨てるようにそう言った。あくまで湊の主観に過ぎないが――本当に、気に食わないといった様子だった。

 能力者、と呼ばれた男子生徒が答える。


「……君もハッカーだろ」

「そうね。私もハッカー。でも、貴方のように無差別に人を斬ったりはしないわ。そう、無差別(・・・)には」

「無差別なんかじゃない。僕が攻撃するのは、不良生徒だけ」

「不良、ね。私には、ただ髪を染めているだけの生徒に見えるけど」

「――いいや、あいつらは不良。いや、悪人だ。まあでも、きっとそのうち? 高校でも悪いことをするに決まってる。だから、悪さをする前に叩くのさ」

「それが、この人たちを襲った理由?」

「そうだね。僕はかつてこいつらに痛い目に合わされてきたから、こうして未然に潰しておくんだ」


 それはただの自己満足だ、と湊は思った。祐樹の理屈を聞くに、それを達成する為には人を殺さねばならい。だが、それは無理だと誰でも知っていた。

 電脳世界では寿命以外の『死』は発生しないからだ。

 現実から接続している人間は致命的損傷を受けた時点で電脳世界とのアクセスを切られて現実に戻されることになる。電脳移住者の場合は電脳体は何らかの重傷を負った場合、速やかに修復院に自動転送される。死が発生するのは六十五歳以上。その年齢を越えた時点で電脳体にほころびが発生し始め、そこから初めて各々の天寿を全うするのだ。


 ――だから、この世界で悪人を未然に排除するなんて事は不可能だ。


「ふうん……」


 逢佳も同じ事を考えていた。呆れて言葉も出ないといった様子だ。


「一ついいかしら」

「構わないよ」

「私は無差別には危害を加えない、そうさっき言ったわ」

「うん、そうだね」

「私が危害を加えるのは、あなたみたいな人よ」


 変化が起きた。逢佳の姿が突然変化したのだ。一瞬の出来事だ。

 非常に目立つ変化だった。逢佳の、白銀の髪の毛が変色したのだ。

 まるで陽極酸化処理(アルマイト)を施したかの様だった。頭髪はほとんど輝く青色に染まり、毛先の方で紫、赤、橙、黄、白銀色のグラデーション。

 逢佳の服装もすっかり変わっていた。制服姿から一変し、彼女はまるで青い炎だった。月や星の光を受けて、静かにきらめいている。もしも彼女が女神の現し身を自称したら、この世全ての人々はそれを疑うことはない。それほどに美しかった。

 これが逢佳の六骸情報(マトリクスコード)、『陽性狂人駆動(バーサーククラフト)』だった。


「――じゃ、やるわ。準備はいい? どうしようもない悪戯好き(クラッカー)さん」


 瞬間、逢佳は跳ねた。


「なっ!」


 男子生徒も、港も驚いた。文字通り、逢佳は跳ねたのだ。逢佳が居た場所を見れば、地面を蹴った衝撃で、舗装された道路が陥没していた。逢佳はまるで飛蝗(バッタ)の様に地を蹴り、弾丸の様に前方へと跳躍した。

 熱を帯びた髪の毛が残像となって軌跡を残す。逢佳は一直線に、一瞬で男子生徒との距離を詰めた。

 虚をつかれた男子生徒は、回避行動を取ることが出来なかった。その顔に冷や汗が流れる頃には、逢佳はとっくにクラッカーの目と鼻の先に居た。

 逢佳が振り上げた右腕が、クラッカーの顔面に直撃する。耳を塞ぎたくなる鈍い音が湊のところまで聞こえた。


「――」


 悲鳴は聞こえない。悲鳴をあげる暇もないのだろう。

 全身全霊の攻撃を受け、男子生徒は派手に吹き飛ばされた。体が宙を舞い、回転し、壁に叩きつけられた。ヒビの入った壁に、男子生徒がヒトの形でめり込んでいた。電脳体が砕け散ってもおかしくない勢いだった。


「……なんてえげつない」


 湊は思わずそう呟く。逢佳はあまりに容赦が無かった。だが、


「硬い、硬すぎる。私が殴ったのは、何?」


 逢佳は呟き、はっとする。

 男子生徒は無傷だった。


「驚いた。完全に不意を撃たれたよ。けど、おかげで君の能力がどんなものか予想できた」


 壁にめり込んだ手足をはがし、やれやれといわんばかりに首を鳴らした。そして言う、


「君の力は、恐らく身体強化系。電脳体の処理能力を上げて、身体機能を向上させるものだ。オーバークロックとでも言えばいいかな。便利な能力だ。けど、残念ながら僕との相性は最悪だ」


 そして、男子生徒は「開放(オープン)!」と宣言した。すると、彼の右手に変化が生じた。肘から先が輝き始めたのだ。やがて光は伸び始め、一つの形を形成した。それを形容するのは簡単だった。

 剣だ。光の剣が彼の右腕に出現したのだ。


「……ふぅん。それがあなたの武器。それでこの人たちを切ってまわっていたのね」

「その通り。僕の力は『条件反射』! 受けたダメージを吸収。エネルギーに変換して、僕自身を強化する。こんな風に剣を出したり、身体機能を強化したりね。さらに、ダメージを受ければ受けるほど、出力が上がる。通常時は光の短剣を出すのが精一杯だけど、今は必要なエネルギーが十分溜まってる。君を圧倒するくらいに!」

「わざわざ説明するの?」

「するよ。だってそうすれば、君は僕の事をうかつに攻撃できなくなるでしょ? でも、僕はさっきの一撃で十分なエネルギーを得た。僕は一方的に君を攻撃できる。――それと、僕はクラッカーじゃない。一之瀬祐樹(いちのせゆうき)っていう名前がちゃんとあるんだ」

「どっちでもいいわ」

 突き放すように逢佳が言った。それに対して祐樹は眉間に皺を寄せ、苛立ったように言った。

「良くない。せめて悪意ある能力者(クラッカー)なんて呼び方は改めて貰うよ。僕は――」

 そして祐樹は剣を構える。

転生者(・・・)だ」


 それを合図に、祐樹は駆け出した。


「……転生者?」


 湊はその言葉に聞き覚えは無かった。

 転生、端的に言えば生まれ変わること。輪廻を巡り、新たな姿で生まれること。

 成程、電脳移住者は現実世界で肉体を捨て、電脳世界で電脳体というデータの体を得る。見様によっては転生したと捉えられなくも無い、と湊は思った。

 それはそれとして、どうしてわざわざ転生者などという新しい言葉を持ち出したのかがひっかかった。既に電脳移住者という言葉がある。わざわざ新しい言葉を使う必要などないのだ。


「って、そんなこと考えてる場合じゃない」


 湊は関心を目の前で起きている戦闘に戻す。

 先ほどの逢佳の一撃で、祐樹と逢佳の距離はかなり離れていたが、その距離はとっくに半分になっていた。見れば祐樹は一歩踏み出すたびに加速している。祐樹は走る際に足に掛かる負荷すらもダメージと認識し、自らのエネルギーとすることができた。だが、湊にはそれが奇妙に見えた。たったそれだけで目に見えて速度が上がるのか、と。


 ――だとしたら『条件反射』によるエネルギー変換効率は明らかに狂ってる。


 そうであるなら、あの光の剣はどれだけの力を蓄えているのだろうとも考えた。触れただけで電脳体に何らかの異常が発生するのではないかとも予想できた。


「はああああああッ!」


 光の剣はスパークまで発生させ、異常な熱量を孕んでいた。それが今、逢佳に振るわれる――


「馬鹿みたい」


 そういって、逢佳は祐樹の右腕を掴んだ。肩から肘にかけての上腕部分だ。光の剣は肘から先へ発生しているので、そこを掴んでも影響はなかった。


「えっ……えっ?」


 祐樹の反応に、逢佳は一つ溜息をついた。目の前には強力なエネルギーを発する剣があるというのに、全く怖気ついていない。それどころか、祐樹の行動にあきれすら見せていた。


「走り方がおかしい。体勢崩しながらようやく走ってたわ。それに腕も大きく振りかぶりすぎ。隙だらけよ。一つ一つの動きが大振り、上手く体を動かせて無い様に見えるわ。まるで体が力に追いついて無いみたい。――実際そうなのでしょう? 想定外のエネルギーを得たせいで、体が思うように動かせなくなってる。それが演技なら対したものだけど、多分そうじゃないわよね」


 逢佳は指に力を込める。指がめり込んで、握りつぶさんばかりの勢いだった。目を細めて、逢佳は続ける。


「が……っ!」

「これは私の想像よ。――その能力、制御できてないでしょう」

「それは……」


 言いよどむ。そんなことはお構いなしと、逢佳は言葉を続けた。


「図星みたいね。今まではそれでも良かったのでしょう。相手が弱い一般人だったから」


 逢佳はつまらなそうに祐樹を投げた。祐樹の電脳体は道路に叩きつけられ、一度跳ねた。祐樹は能力のおかげでダメージこそ無いものの、逢佳に対する勝ち筋が見えずに呆然としていた。 


「一つ質問するわ」

「……なんだよ」

「説明するのが面倒だから、なぜこんな質問をしたかについての理由は省くけど――その力、どこで手に入れたの? ええ、こう解釈してもいいわ。転生者、その力誰に貰ったの(・・・・・・)?」

「――!」


 その質問に、祐樹は体を強張らせる。触れられたくない部分に触れられた、という態度なのは明らかだった。


「あなたの能力はおかしいのよ。私のようなハッカーからすると、明らかに辻褄が合わない部分がある。大体、六骸情報(マトリクスコード)は? まさかその制服? 違うわよね。……最近、何人も(・・・)あなたのような人を見たわ。自分の力を使いこなせて無い――いいえ、制御できていない人。……さ、質問に答えなさい」

「それは……」

「それは?」


 祐樹が一歩後ずさる。今にも逃げ出そうとしてるようだった。それを見逃さず、逢佳は距離を詰める。しかし、


「……できない(・・・・)!」


 突如、湊の右腕から光の剣が抜け落ちた。それと同時に湊は後ろを向き、全力で駆け出す。逢佳はそれを追おうとした。


 ――それはマズい! やめろ!


 湊は即座に危険だと判断した。そして思わず声を出してしまった。


「下がれ、爆発するぞ!」

「……!? どうしてここに――」


 それ以上言葉を続ける前に、逢佳は地面を蹴って後退した。湊の意図を理解したのだ。

 祐樹が捨て置いた光の剣はエネルギーの塊だ。さらに、逢佳の攻撃を受けてかなり高出力になっている。光の剣は担い手を失い、制御不能になっていた。


「きゃっ……」


 ついに光の剣が爆発した。激しい熱と光が周囲に拡散する。幸い逢佳は十分な距離を取れたため、爆発に巻き込まれることは無かった。


「……」


 爆心地は大穴が出来ていた。その周辺の空間には黒いノイズが発生している。逢佳は現在の状況から、ここに長居するのは賢明ではないと判断した。


 ――爆発の影響で学校の警備と電脳警察(セキュリティ)が、空間のノイズのせいで空間管理局が来るわね。早くここから離れないと。

 ふと、逢佳は校門の方を見た。逢佳は湊を見つけることが出来なかった。湊は既に立ち去り、裏門の方へと移動していたのだ。


「……」


 湊のことが気がかりだったが、逢佳はこの場を立ち去ることにした。


「彼、幻視パルスの効果範囲に居たはずなのに、どうしてこの場に残れたのかしら……?」

 それだけが気がかりだった。幻視パルス発生装置は強力な人払いツールだ。幻視パルス効果範囲内では、ほとんど誰もが逢佳の姿を視認できない。

 だが、湊は名前を呼んだ。それは、湊が逢佳を視認できていたという事実を示す。


 ――まさか。


 一つの仮説が逢佳の中で立った。もしも違法なツールである幻視パルスに、わざわざ対抗策を立てているとするならば、ある可能性が浮上するのだ。

 逢佳は幻視パルスを受けても平気だ。祐樹も平気だった。パルスに対して何らかの対抗策を講じるのは、ハッカーとしては重要だからだ。

 つまり逢佳が立てた仮説というのは、湊がハッカーであるというものだ。

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