プラグアウト・ブラックアウト
旧校舎の理科室は一階にあった。理科室と言っても、その面影が残っているだけだ。危険な薬品は全て湊が捨ててしまったし、そうでなければハッキングツールの材料として使われてしまっている。
湊が理科室に入ると、意外な人物がそこにいた。
「東上先生……こんな所で何をやってるんですか?」
メルカがボロボロの椅子に座り、紫煙を撒き散らしていた。
「探し物――って言い訳じゃ苦しいか?」
「タバコを吸う場所を探してた、の方がよっぽど説得力がありますね。教育層は禁煙ですし」
「確かにな」
「何故ここへ?」
「探し物、嘘じゃないぞ」
「探し物は見つかりましたか?」
「ああ、ちょっと重い物だったからドローンに運ばせてる」
「アレを解凍するのは大変ですよ」
「かもな」
「白衣と仮面は?」
「今から着るさ」
直後、メルカの服装が切り替わった。湊の言うとおり、白衣と仮面の姿。それがメルカの六骸情報であることは明らかであった。
「どうして先生が――くらいは言ってくれてもいいぞ」
「驚きはしません。ハッカーはどこかにはいるし、どこにでもいる。たとえ和馬がいきなり『俺ってば実はハッカーだったんだぜ!』……なんていい始めても、俺は驚かないです。そもそも自由層で先生が接触してきたのが不自然だった。東上先生、今有蘭学園は藤代博のせいで後始末に追われてるはずでしょう?」
「たまたま暇だったのさ」
「昨日爆発騒ぎがあったばかりなのに?」
「ふん、私にはそれが出来るだけの権限があるのさ」
メルカは新しいタバコに火を点けてた。
「せっかくだ、名乗ろう。教師ではなく、役人として君に自己紹介をしよう。初めまして、祭葉湊君。私は教育監査委員、東上メルカだ」
教育監査委員。教育現場の監視者。学校に潜入している者。メルカは隠すべき身分を易々と明かした。
「なるほど、立場的には学校の誰よりも上か」
「ああそうとも。有蘭の校長はビビり過ぎだな。私が身分を明かしたら、びくびくしながら外出許可をくれたよ」
「――お前はワケ有りだな。どうして教育の守護者が六骸情報なんてものに手を出した?」
湊がメルカを睨んでそう言った。
「理由、話さなきゃダメなのか?」
「なぜ一之瀬祐樹を回収したのかくらいは」
メルカはタバコを一気に根元まで吸った。気だるそうにもう一本取り出し、火をつける。
「体を労わったらどうだ?」
「阿呆。ここは電脳世界だ。いくら吸ったって現実の体は汚れん。……しかし、電脳世界のタバコは不味い。燃えカスを吸ってる気分だ。電脳移住者がこんな物で満足してると思うと、悲しみを通り越して怒りが湧いてくるな」
やれやれだ、と煙を燻らせる。
「祭葉、この件から引け」
「どの件?」
「しらばっくれるなよ。転生者だ。彼らは教育監査委員が扱う」
「断る」
即答だった。即答するしかなかった。
「六骸情報になんか手を出した大人の言うことなんて聞くと思ったのか? バレれば一発で電脳法違反だ。今この場にいるお前は教師でも役人でもない。ハッカーだ」
「なら、私も君をそう扱うしかないが?」
「そうすればいい。ハッカーはお互いの脛に傷があることを知っているから、互いを公的機関に突き出すことをしない。
だから、だ。お前が教育監査委員として転生者を調査するために、一之瀬祐樹を回収したとは思えない。想像するなら、お前は転生者側の人間だ。一之瀬祐樹を調べられると困るから――」
「――ああ、うるさいな君は。いつもは目立たないくせに」
メルカがタバコを足元に捨て、火を靴で踏み消した。苛立ち、不必要に何度も踏んだ。そしてまたタバコに火をつける――
「私は子供を傷つけたくないんだ。これは最後の警告だ。この件から手を引け」
「答えは同じだ。お前には転生者について話してもらうことにする」
「残念だ」
煙を吐き出す。理科室はタバコの煙が蔓延していた。
「祭葉湊。六骸情報は『過冷却』か……ああ、減衰能力。確かにこれは強力だな」
「――!」
メルカは湊の能力を完全に見抜いていた。これが、メルカの六骸情報『戦術流煙』である。タバコの煙を吸った電脳体のステータスを開示する能力だ。
「心臓を失って死んだ君らしい能力だ」
「趣味の悪さだけは、両親に似てるんでな!」
湊は黒剣を出現させ、メルカに斬りかかった。
湊の理屈は簡単だ。剣が当たれば勝ち。電脳体に強力な弱体化を付与し、停止に至らせる――対人では最悪級の能力を有している。
――だが、弱点がある。
湊が唯一恐れているのが相手にこれを見抜かれることだ。湊からは、メルカがどの程度ステータスを見たのか分からない。
それを調べるためにも、湊は一度能力で攻撃する必要があった。
メルカはベルトから拳銃を抜く。
――マズった。
湊は予感した。この攻撃は失敗する。
銃と剣がかち会う。黒剣の軌跡は妨げられ、メルカには届かない。銃には傷一つ付いていなかった。
刀身上に銃を滑らせ、湊に接近する。狙いは腹部。二発、銃声が響く。だが幸いにも、湊は自分の攻撃が防がれると予想できて、次のアクションへの移行――回避行動を取れていた。一発は当たらず、一発は皮膚を抉っていった。
「くそっ!」
黒剣による突き。苦し紛れの行動だった。当然の様にメルカはそれの動きを予見。体を回転させて避ける。流れるように湊に接近。眼前に銃口を突きつけた。
引き金が引かれる――瞬時、湊は空いている左手で銃を掴んだ。すると、メタルフレームに霜柱が立ち始める。過冷却による凍結だ。
「――ほう」
メルカは銃を捨て、一度距離を置いた。湊も同様に離れた。同じ行動だが、その理由は違っていた。様子見と体勢の立て直しと――湊が劣勢だ。
「君の能力は確かに強力だ。だが、能力の効果範囲は極めて限定的だな。心臓やエンジンのような動力と定義可能な物が存在し、かつそれが稼動状態のモノに対してのみ効果がある。それ以外に対しては、切り傷すら付かん」
「……正解だよ」
傷の様子を探りながらそう言った。
「君の能力は強力だが、頼りすぎだ。君では私について来れまい。君も銃でも持つといい」
「わざわざどうも。俺は運動がからっきし駄目でな。銃もこの前投げ捨てた」
「担任だぞ? 体育の成績くらい知ってるさ」
「わざわざ言うことも無かったか」
「私が優勢だな」
「わざわざ言う必要あるか?」
「プレッシャーを与えるためだ!」
ベルトから新しい拳銃を抜いた。
「……ガンマニアが!」
銃声と共に、理科室の机に穴が開いた。ガラスが割れた。備品が壊れた。銃声が鳴り止むことは無く、湊の進路全てに弾が打ち込まれた。
「……当たらんな」
メルカはまるで運命の女神にそっぽ向かれたようで、不愉快だった。
「どうした! 反撃してこないのか! その方が都合が良いがな!」
「――『彼女』が反撃する!」
それが合図だった。湊は逢佳を別の場所に、予備戦力として待機させていた。
「彼女?」
「そう、『彼女』」
「愛染か! どこだ!」
「ええ、そう。私」――逢佳の言葉はメルカには聞こえない。別の場所にいるからだ。
瞬間、天上が爆ぜた。
「何――!」
爆発などではない、強い衝撃によって天上が破壊されたのだ。
まるで、巨大な槌で叩いたかの轟音。砕かれた建築材がメルカに降り注ぐ。それに混ざって一人の少女が降ってきた。逢佳だ。
メルカの想定を超えた暴挙だった。
「動かないで、狙いがずれたら危ないわ」
逢佳が警告する、がメルカは聞いていない。思考していた。
――真上は普通の教室。落ちてくる物は建築材。机、椅子。机の配置は横に八列、一列に着き五席。そして愛染の六骸情報による破壊行動。愛染を中心に亀裂が入り、建築材、机と椅子は彼女を中心に落下する。祭葉は私から離れている。
メルカは瞬時に全ての落下物の動きを予測した。また、回避するために必要な行動も算出した。最小限の動きで、落下物を回避する。つまらなそうに歩き、ステップし、しゃがみ、小物は手で払い、時には大きく体を揺らして倒れこむ様に避けた。
「そこっ!」
重力に従い、逢佳が降りてきた。同様にかわす。拳は理科室床を穿ち、蜘蛛の巣の様な亀裂が走らせた。
冷や汗が流れる。逢佳が頭上から降りてくることは織り込み済みだったが、改めてその威力を見て、愛染逢佳という脅威を実感したのだ。
――そう、私にとっての弱点は彼女だ。
牽制で発砲した。しかし、逢佳の強化された動体視力の前では意味をなさなかった。逢佳は弾丸を避け、一気に距離をゼロにする。
メルカが銃を持つ右手を掴んだ。逢佳の強化された握力では、手など土くれよりもろい。銃ごと握り潰す。
「ちぃッ――!」
狂うような激痛に耐える。だが逢佳の攻撃はそれで終わらず、今度はメルカの髪の毛を掴み、床に叩きつけた。
――さて、どうするか
逢佳に嬲られながら、冷静に考える。
メルカは戦術流煙による六骸情報を含めたステータスを読み取りに加え、データに基いた有利立ち居地、動きを瞬時に計算し、戦闘に反映することも得意としている。湊の様に明確な弱点がある相手は格好の獲物だ。柔軟に対応し、敵の得意戦術を潰すことが出来るのだ。
しかし、逢佳は別だ。能力に隙が無く、弱点らしい弱点が無い。身体強化――あまりに汎用性が高すぎるのだ。
――祭葉一人なら有利、愛染一人なら互角か若干不利。しかし二対一だと……
はぁ、と一つ溜息。
「逃げるか」
メルカの体に格子模様が走った。現実からの接続者にのみ起こる特殊な効果だ。メルカは現実世界に帰ろうとしている。
「させるものですか――」
逢佳が真っ先に気がつく。しかし、逢佳がメルカを踏み抜くよりも、現実へ帰還する処理の方が早く終わった。
ふ、と。逢佳の六骸情報が解除され、有蘭学園の制服へと戻った。その場で膝をつき、揺れる頭を手で押さえた。
「立てるか?」
湊が駆け寄り、逢佳に手を差し出す。
「……立てる、けど。ちょっとしんどいかも」
何とか立ち上がる。逢佳の呼吸は乱れており、ひどく疲弊しているようだった。
「東上先生を捕まえられれば……転生者のことが分かったかもしれないのに……現実からの接続……そうだったわ、完全に見逃してた……」
「それ以上は喋らなくていい。六骸情報の反動がキツいのは、見れば分かるから……。俺も、今回は何も出来なかった。東上先生は転生者と何かしら関係がある。それが分かったのだから、十分な収穫だ……今日は帰ろう」
「送るわ」
「いい、保健室で寝る。……早く現実世界に帰れ」
「修復剤のストックある? 無いなら、私のアンプルを分けるわ」
「心配しすぎだ」
「心配させたくないなら、脇腹を隠してよ……」
傷口を指差して言った。メルカに付けられたものだ。抉り傷から破損したデータがこぼれ落ちる。
「……心配しすぎだ。大した怪我じゃない」
「でもっ……」
「修復剤は保健室にストックがある。あとは電脳体の自然修復能力に任せれば明日には、まあ傷はふさがってるさ。それに、お前にも休んで欲しい。六骸情報の負荷が大きいのは、見れば分かる」
「……休んでね」
「ああ」
「無理しないで」
「分かってる」
それでも逢佳は不安だった。不安だったが、これ以上何かが出来るとも思えなかった。
現実への帰還処理を始める。逢佳の全身に格子が走ったところで、湊は背を向けた。
「……」
逢佳は帰還処理を遅らせていた。本来なら一瞬で終わる処理だが、湊が心配だったのだ。
――心配、というか……
直感、とでも言うべきものだった。
――何かが引っかかる。何かが……
電脳世界から現実世界への帰還は一瞬だ。眠りから目を覚ますこととなんら変わりは無いからだ。
では現実世界から電脳世界への接続は――これも一瞬だ。サイバネティクス手術を受けることで、体を一瞬で眠らせる機能を得ているのだ。
湊が逢佳から離れて行く。逢佳の感じている不安など知りもせず、理科室から去ろうとしている。
湊が扉を開け、廊下に出た。
銃声が響いた。
「えっ――」
何が起こったのか、逢佳の場所からはわからなかった。ただ確信的に、よくないことが起きていることは明らかだった。
逢佳は帰還処理を強制的に終了させた。電脳体に負担を感じながらも、六骸情報を纏う。廊下に飛び出して、白衣の女を視認した。
「東上メルカ!」
簡単な騙まし討ちだった。簡単すぎて、全く警戒していなかったことを逢佳は悔やんだ。
メルカは接続を切って(ログアウト)、別の場所へすぐに接続した(ログイン)しただけだ。電脳移住者の湊では気がつきようのない、接続者の発想だ。
湊は腹部に銃弾を撃ち込まれ、倒れていた。メルカはちょうど頭に弾丸を撃ち込もうとしている所で、逢佳は銃を取り上げた。
「おっと、まあいいさ。その重傷なら、修復院行きは避けられん。泣くな愛染。君は狙わん。意味が無いからな」
「ふざけないで!」
逢佳が銃を向けるが、メルカはひらひらと手を振るだけだった。引き金を引く、それよりもメルカの全身に格子が走り、接続が切れるほうが先だった。
「はあっ……! はぁっ……!」
六骸情報を解除する。緊張が解け、呼吸が加速した。
「……く、そ」
湊がようやく、搾りかすのような声を零した。
「まだ意識が……!」
逢佳は内ポケットの中から修復剤を取り出した。ペン型注射器で、肌に押し付けると針が出てきてプログラムが注入できるというものだ。
闇色のインナーを破き、患部を露出させる。それだけの作業なのに、焦りからか手こずっていた。
「早く……! 早くしないと……!」
インナーはぬるりと湿っていて、破くにも手が滑った。ようやく患部を露出させ、その周辺に修復剤を刺した。
「すぐ治すから……お願いだから、自動転送の前に……間に合って……!」
もう一本、修復剤を取り出して注射する。しかし傷口に変化は見られない。湊の呼吸は静かになっていった。
「嘘、どうして。これでいいはずでしょう。どうしてなの」
焦り、また一本修復剤を取り出す。
その修復剤は、電脳世界で一般的に売られている物とはまた違った。逢佳がハッカーから買い付けた改造品だった。
――騙されて粗悪品を買わされた?
違う、と否定する。この修復剤は過去に逢佳も使用し、その効果を確かめていた。
――なんで、どうして。たまたま? 使い方を間違えた?
三本目の修復剤を湊に打とうとして、
「二つで十分っすよ」
多々良が取り上げた。突然の登場に逢佳は戸惑う。
「――あなた、今までどこに!」
「ん? 逃げてたっすよ。隠れて様子を伺ってたっす。ほら、光学迷彩」
多々良の一瞬だけ姿が消え、また現れた。
「そんな怖い顔やめてほしいっす。多々良は先輩達みたいな武闘派じゃねーんすから。その修復剤はハッカー・灰色の物っすね。作用は保障するっす。ただ、三本も打ったらオーバードーズでどうなるかわからないっすよ」
「でも傷が全然治らないわ」
「そりゃゲームのアイテムじゃないんすから、すぐに傷がふさがるわけないっすよ。修復剤の効果は自然修復力の強化、今は修復剤の効果で眠ってるだけっす。……ま、一晩眠れば傷は塞がるんじゃないっすかね」
「でも前に私が使った時は、すぐに傷が塞がったわ。傷の程度に違いはあるけど……」
「そりゃ身体強化能力者とフツーの電脳体を比べちゃ駄目っすよ……」
うーん、と呆れた様に唸り、
「さて――多々良はこれから仕事っす。治療は多々良の仕事の一つっすからね。なあに、多々良は壊れかけのモノを扱わせたら電脳世界一っすよ。先輩は現実世界に帰ってください、っす」
「修復剤の効果を見るまでは――」
「いやいやいや、見るからに疲れてるじゃないっすか。休むのも生活の内っすよ」
「協力者が傷ついて倒れてるのに、一人で帰れないわ!」
「じゃあ、何かできるんすか?」
「――……それは」
「何もできないっすよね?」
そう言われては、逢佳には返す言葉が無かった。修復剤がマトモに使えない。湊を治療する手段も知らない。現実からの接続者である以上、午前九時には電脳世界からログアウトさせられる。失敗と無知が惨めな感情を誘い、逆らえない規定が逢佳を失望させた。
「邪魔とは言わないっす。ただ、多々良について来ても何も出来ないなら、しっかり休むべきって話っすよ。六骸情報は本来表出しない電脳体のブラックボックス、そんな物を使って疲れないわけ無いじゃないっすか」
「……そうね」
逢佳の電脳体に格子模様が描かれた。
「お願いするわ」
そう言い残して、逢佳は電脳世界から切断した。セーフハウスには湊と多々良だけが残された。
「……やれやれっすねえ。柄にも無く強い言葉を使っちゃったっす。……お金もらってるし、仕事だから助けるっすけど。妬きますよ、先輩。……っす」




