5、この不思議な十日間を (完)
駅の近くにあったジュエリー店は小じんまりとした店で、庶民に優しい価格の品をそろえていた。代理で来たことを告げて予約の紙を出すと、すんなりと品物を引き取ることが出来た。
先輩が選んだ品は、虹色に輝く小さな蝶と鍵のアクセサリーだった。どんな気持ちでこれを選んだのだろうと想像すると、少しだけ恋心が痛みに震えた。
私は先輩の顔を見るのが辛くて、前を向きながら明るく話しかける。
「もう六時過ぎなのに、夏だから陽が長いですね。まだ明るですし、雪菜さんに届けに行きますか? 先輩が書いてあったメッセージもありますし、自宅のポストに直接入れておきましょうか?」
「いや、雪菜に渡すつもりはないよ。取りに行ってもらったのは、誕生日プレゼントがあったことを隠すためなんだ」
「えっ、どうしてです? 先輩からのプレゼントが届けば、雪菜さんだってきっと喜びますよ」
「雪菜の様子を見たからさ。あんなに痩せるほど苦しんでるあいつにこれを渡せば、義理がたい奴だから余計にオレのこと忘れられなくなると思うんだ。オレなんか忘れてさ、もっといい奴を選んで幸せになってほしい。こんなプレゼントは、ない方がいいんだよ」
ずっと考えていたことなのだろう。目を逸らした優輝先輩の横顔には、悲しいほどに強い決意が滲んでいた。
だけど、私にはそれがどうしても正しいことに思えなかった。だって、そんなの雪菜さんにとっても先輩にとっても苦しいだけだ。思い出が、記憶が、生きていく人の心を支えてくれることだってあるのに。
「優輝先輩、それは本当に雪菜さんの為ですか? 本当は先輩が、渡したプレゼントをいつかどこかに仕舞われてしまうことを恐れてるんじゃないんですか?」
「オレはそんなこと……」
「違うなら、私の目を見てそう言ってくださいよ。今、この場所で、先輩の声を聞いているのは私だけです。だから、どんな泣き言を言ったっていいんです。どうせ、私しか聞いてる人いなんですから」
それが先輩を傷つける言葉だとわかっていながら、それでも伝えたのは彼が隠している本音を聞き出さなければと思ったからだ。そうしないと、優輝先輩は正しい場所に逝けないまま彷徨ってしまう気がした。
私の言葉に優輝先輩は悲しそうに俯いた。そして、明るい振りをして隠し続けていた本音を話し出した。
「……ごめん。オレ、ずっと強がってた。本当は最初から平気なんかじゃなかったんだ。今だって、どうして死んだのがオレなんだってずっと思ってる。オレばっかり、どうしてこんな目に遭わなきゃいけなんだって。ずっと、ずっと……」
「そう思って当然ですよ。私も、どうして先輩なの? どうして見えるのが私だったの? って思いましたもん。せめて雪菜さんと私の立場が逆だったら、先輩をもっと優しく慰めてあげられるのにって、一緒に泣けたのにって、先輩の気持ちをくめない自分が悔しいです」
「それは違うよ。見えたのが千佳だったから、オレをそうやって叱って引き上げようとしてくれるお前だから、オレも格好悪い本音を言うことが出来たんだ。そのプレゼント、お前に預けてもいいかな? どんな方法で処分してくれてもいい」
「私でいいんですか? この間見た青春映画みたいに、海に投げちゃうかもしれませんよ?」
「それでもいいよ。オレ達のことを真剣に心配してくれたお前がそうするなら。……雪菜も友達も両親も、少しずつオレを過去にしていくんだろうな。きっと何年か経てば、オレが居ないことが当たり前になってる」
先輩は寂しそうにビルで狭まれた空を見上げる。夕焼けがビルのガラスを反射して、私達まで届く。
そんな中で、彼の姿が色を失い、ゆっくりと薄くなっていく。彼は自分の変化を感じたのか、透けた手の平を落ち着いた様子で見下ろすと、切なそうに微笑んだ。
「もう、時間か。この十日間な、久しぶりに千佳と一緒に過ごせて最高に楽しかったよ!」
私は溢れそうになる涙を必死に堪える。恋人の為に自分の気持ちを押し殺すほど優しい人が、迷わず逝けるように。
「……元気でな」
「私、優輝先輩に恋してました! だから、きっと私はシワシワのお婆ちゃんになっても、先輩のことを忘れません。それは私だけじゃないはずです。だって、思い出にすることと忘れることは一緒じゃないから。いつか向こうで、もう一度会いましょう!」
嗚咽を堪えて叫ぶように気持ちを伝える。これが最後だから、澄ました顔で取り繕わずに私も本音をさらけ出せた。私が涙交じりの笑顔を浮かべてみせると、優輝先輩は一瞬驚いた顔をして照れくさそうに笑った。
「オレも、忘れないよ」
優輝先輩の姿は夕焼けに溶けるように消えていった。
こうして、私と優輝先輩のたった十日の再会は終わりを迎えた。
もうどれだけ探しても、日常に彼の姿はないけれど、私の机の中には先輩に託された雪菜さん宛のプレゼントが残されている。それが、優輝先輩が確かに存在していた証となっていた。
「今日もよく晴れてるね」
私は今日も学校に向かう。高校生らしく、勉強したり遊んだりしながら、一日一日を楽しむために。そしていつか、雪菜さんに先輩からのプレゼントを届けるのだ。
その時は、彼女にこの不思議な十日間の話をしてみたいと思う。
ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。千佳と優輝の2人を通して、読んでくれた皆様になにかを伝えられていれば幸いです。




