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2、幽霊になった先輩

 私は先輩と葬儀場から抜け出して、人目のない裏庭に出た。そこは落ち着いた雰囲気の場所で、近くには白いベンチが二脚並び、色褪せた木製のテーブルも設置されていた。中央に円で囲われたブロックは花壇で、秋の肌寒さにも負けず、控えめな花達が顔を開いている。


「千佳に見えてよかったよ」


「私、霊感なんてなかったはずなんですけどね。先輩が初めて見る幽霊ですよ。幽霊なんて信じてなかったのに、どうしてくれるんですか! ……なんて、嘘ですよ。先輩にもう一度会えたことがただ嬉しいです。自分がどうしてこうなったのか、わかってはいるんですか?」


「うん、まぁ……車が自分に迫ってくる瞬間とか、当たる! って思ったこととか、覚えてるよ。だけど気づいたら、自分の葬式が目の前で行われてるし、誰に話しかけても気づいてもらえなくてさ。オレ、パニックになっちゃって。意味わかんないよなぁ。突然、こんなことになるなんて……」


ガラス越しに見えた廊下から、身を隠すように木々の影に入って振り返ると、後を付いてきた先輩は困ったように頭を掻いて笑う。


 不安な気持ちを隠すように笑う姿が切ない。その気持ちも姿形も生きている人となんら変わりないように見えるのに、ほんのりと透けている身体だけがそれを裏切り、彼が死んでいることを示していた。


「やっぱり、本当に先輩なんですね」


「びっくりさせてごめんな。別に祟るつもりはないんだけど、オレにも何でこうなってるのかがわからないんだよ。あいつ等にも見えないから千佳しか頼れる人がいない。迷惑だろうけど、手助けを頼めないかな?」


 申し訳なさそうに鼻をこする姿に、胸が痛い。死んでも人が好過ぎる先輩に涙が出そうだ。


「馬鹿っ、こんな時に遠慮してる場合ですか! 私、先輩とは仲良くしてたつもりですけど違いましたか!?」


「いや、オレもそう思ってるよ。だけど、今のオレは……」


「ネガティブ禁止! そう思ってたならっ、迷惑なんて考えないで頼ってくださいよ! 私は先輩の頼みならどんな手伝いだってします。優輝先輩がこうなってしまったのは、なにか心残りがあるからじゃないんですか?」


「心残り……」


「そうですよ。わからないなら、私が一緒に探します。学校だろうが寺だろうが、どこへだって行ってやりますよ!」


「そうか。ありがとな。ほんと、頼りになる後輩がいてよかったよ」


 ほっとした顔をする先輩に、私は悲鳴を上げる恋心を押し殺す。これが最後なら、少しでも彼と一緒に居たかった。




 あれから三日が経った。


 先輩と私は誰にも知られない同居のような生活を送りながら、彼の心残りを一つずつ昇華していった。

 

 読みかけの漫画を一緒に読んで、笑った。

 見たかったというDVDを借りて見て、感動した。

 先輩が所属していたバスケ部の練習を見学して、切なさを覚えた。


 長くは続かないと気付いていたのに、先輩と一緒に過ごす時間は楽しかった。彼の望みを叶える度に、別れに一歩一歩近づいていく。それは心をじわりじわりと押しつぶされていくような苦痛を伴っていたけれど、それでも私は幸せだった。


 今日も学校から家に帰りついた私は、制服から私服に着替えて家を出る。


「それで、今日はどうします?」


「……千佳、最近疲れてるんじゃないか? ごめんな、オレが四六時中傍にいるから落ち着かないよな」


「何言ってるんですか。先輩といて苦痛なことなんて一度もないですよ。疲れてるとしたら、ほら、最近は先輩と一緒に出掛けることもあんまりなかったじゃないですか。だから、楽しくてはしゃぎ過ぎたからですよ」


「そう言えば、雪菜と付き合うようになってから、お前と遊ぶことも少なくなってたもんな。誘っても断られてばっかで、オレの方が寂しくなったよ。遠慮しなくてもよかったんだぞ?」


「女心がわかってませんね。いくら私達がただの先輩後輩でも、彼女からしたら恋人が異性と仲良くしてることになるんですよ。そんなの嫌でしょ? 好きな人には、自分だけを見てほしいものです」


「へぇ……お前にもいるの? 好きな人」


「──さぁ、どうでしょう?」


 貴方です、とは言えない。私はさらりと流して誤魔化した。胸が苦しい。自分が彼の目に異性として映っていないことを、こんな形で思い知りたくはなかった。


「隠さなくてもいいだろ? どんな奴? オレが知ってる奴の中にいるか?」


「恋愛大好物な女子高生ですか? そんな興味津々の顔されても教えませんからね。秘密です。ただ、先輩が良く知ってる人とだけは言っておきます」


 嘘はついていない。先輩自身のことは誰よりも本人が良く知っているはずだからだ。このくらいの意地悪は許されるだろう。私は空中に浮きながら滑るように付いてくる彼に、そっと舌を出す。


 頭の中で交友関係の中から様々な顔をピックアップしているがわかる。隣に飛んできた先輩はバスケの練習をしていた時のように、真剣な顔をしていた。しかし暫く悩んだ後、ちらりと流し目を寄越してくる。


「もう少しヒント出ないか?」


「出ません。それよりもどこに行きたいんですか?」


「なんだよ、恋バナしたかったのに。あーはいはい。そんな呆れた目で見なさんなって。お前とこうやって恋愛の話するの初めてだったから、興味あったんだよ。もう聞かないさ。だけど、好きな奴がいるならちゃんと伝えとけよ。人間なんていつ死ぬかわかんないから。……オレみたいにな」


 ほんのり苦笑しながらも、忠告してくるのは先輩の優しさだろう。そんな風に優しいから、胸に芽生えた恋心を、捨てることも忘れることも出来なかったのだ。


 私は言葉を封じて、小さく頷く。 口を開けば先輩への想いが溢れてきそうだった。


「あ……っ」


 先輩が何かに気づいたように声を上げる。視線を前方に追いかけていくと、雪菜さんがこちらに向かって歩いてくる。


 道路と連なる店に挟まれて道幅は狭い。だからよく見えてしまった。擦れ違う彼女の横顔が以前より痩せていたこと。伏せらたれた目に見えた深い慟哭が。彼女が来ていた服は黒のワンピースだった。先輩の喪に服しているのだろう。


 先輩は遠くなる彼女の背中を、切なさで溺れそうな目で見つめている。眉間に寄せられた皺がその苦しみの深さを語っている。そんな目で見つめられる雪菜さんが羨ましくて、先輩達が苦しんでいるのに、そんなことを思う自分が嫌になる。


「……行きましょう、先輩」


「うん、そうだな……」


 私は先輩を促すことで彼の気を逸らそうとした。彼は痛みを飲み込むように一瞬目を閉じて、顔を上げた。いつもは気弱に見えるほど優しい二つの目に、くっきりと強い気持ちが見えた。先輩がシュートを打つ時の、あの目だ。


「オレの行きたい場所ばかり行ってたから、今日は千佳に付き合うよ」


「じゃあ、ショッピングデートでもしましょうか」


 いつもの笑顔を見せる彼に合わせて、私は何も尋ねずにそう答えた。スカートを翻して、先輩を手招きする。


「ほら先輩、早く早く」


 傍から見れば一人芝居だろうが、せめて今くらいは、彼に生者と同じように接してあげたかった。





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