1、まさかの再会はお葬式で
──黒部優輝が事故で亡くなった。
それを知らされたのは学校でのことだった。ホームルームになかなか現れない担任と、廊下を慌てたように行き来する教師達に、なにかあったのかと教室中に囁きが走っていた。
時計はとっくに授業開始時刻を過ぎているのにチャイムも鳴らない。そんな中、神妙な面持ちで担任教師が教室に入ってきた。この時ばかりは、いつも馬鹿をする男子も空気を察したのか口をつぐみ、いつも賑やかなクラスに沈黙が下りる。私達はまるで自分達の身を守ろうとするように黙りこみ、教師の顔色を窺っていた。
担任は顔を曇らせて眼鏡を押し上げる。いつもはっきりと話すのに、珍しく言葉を選び、迷うようなそぶりを見せていた。
「……皆、とても残念な知らせが届いた。二年三組の黒部優輝君が、登校中、交通事故に遭って亡くなったそうだ」
時間が止まった気がした。私の頭はこの時、思考することを一時的に放棄したのだ。口を動かす担任の言葉がそれ以後聞き取れなくなった。教室のざわめきは耳を離れ、現実が現実でなくなる。
私は頭の中で慕わしい先輩の面影を追いかけていた。
黒部優輝。その人は、私が中学からずっと想い続けていた相手だった。
優輝先輩との出会いをどこから語ればいいのだろう。中学生時代から、彼はバスケ部に所属していた。当時、私達の学校でバスケ部といえば、一度もインターハイに出たことがない弱小部だった。入学当初、部活のレクレーションでバレー部を見学に行った際に、たまたま隣のコートでシュートを決めていたのが優輝先輩だったのだ。
けして強い選手ではなかったし、巧みな技術もあったわけではない。シュートすれば二回に一度は外れるような人だ。けれど、彼は諦めずに続けて入るまで練習を重ねていた。バスケに対しては、人一倍真摯に取り組んでいたように思う。放課後も一人で居残り練習する姿を、下校中に何度も見かけていた。
結局、私は美術部の幽霊部員になった。部活に対する情熱が生まれるはずもなく、部活の時間帯はただただ退屈な時間を過ごすばかりだった。そんな私だから、余計に不思議に思えたのだろう。弱小部と呼ばれているのに、彼がどうしてそんなに懸命に練習を続けるのかが、まったくわからなかったのだ。
そのことが、ずっと気になっていた私は、ある時スポーツドリンクを差し出しながら先輩に話しかけてみた。
『いつも一人で練習してますよね? 他の人はそこまでしてないのに、どうして頑張るんですか?』
『好きだからだろうな。他の奴は関係ないよ。オレがもっと上手くなりたいからやってるんだ』
シンプルな答えには強さがあった。やりたいものもなく、ただ毎日を海を漂うクラゲように生きていた私には、夢中になれるものを持っている彼がとても生き生きとして見えたのだ。
それからも時々、先輩に差し入れをしたり、ぽつぽつと話をするだけの不思議な関係は続いていった。
彼が卒業すると同時に、一度はそれもこれで終わりだと思っていた。けれど彼は違ったようで、もし進路を決めていないならオレと同じ所に来ればいいと言ってくれたのだ。
その言葉に、たいして考えもせずに頷いたのは、無意識に先輩の傍にもっと居たいと思っていたのかもしれない。
二日目の昼間に優輝先輩の葬儀が行われた。先輩のクラスメイトや親しかった友達が泣きながら列になっている。私も順番に並びながらぼんやりとしていた。
棺桶に納められた先輩の顔は眠っているように綺麗で、まるで今すぐにでも起き上がりそうに見えた。紙のように真っ白な頬だけが、彼が死人であることを周りに教えているようだった。
まるで夢を見ているようだった。それもとびっきりの悪夢を。意識がふわふわして、現実味がない。寝ている先輩に駆け寄って、肩を揺すりたい衝動にかられる。
──何してるんですか? ふざけてないで、早く起きて下さい。もう皆、十分騙されましたよ。
そんな言葉が喉元まで込み上げてくる。
「……せんぱい」
あまりにも弱弱しい声。それが自分のものだとわかった時、瞼を必死に塞いでいた両手が開かれた気がした。目の前で彫像のように横たわる人が、ずっと慕い続けていた彼なのだと、受け入れるしかなかった。
その瞬間、凍りついていた感情が砕け散った。視界が曇っていく。俯いて、嗚咽を噛み殺す。泣き顔なんてその場にいる誰にも見せたくはなかった。ましてや、ずっと好きだった人にはなおさら。
お香を次いで足早に離れる。胸が痛くて、その場に居られなかった。外に出ようとした時、悲痛な泣き声が上がる。部屋の隅で先輩の恋人だった人が、崩れ落ちている。支えている男子生徒は先輩と同じバスケ部で親友だった人だ。
私も顔見知りではあるけれど、深い関わりはなかった。高校付き合うようになった彼女に遠慮して、二人が一緒の時にはなるべく近づかないようにしていたのだ。
「優輝、優輝ぃ……っ!」
綺麗な長い髪を振り乱して、先輩の恋人が叫んでいる。その姿を目に入れた時、驚きの光景が目に飛び込んできた。
半透明の先輩がすぐ傍で二人の姿を見つめていたのだ。苦しそうな目が自分の恋人に注がれている。その視線が、私と合う。
それは、先輩との予想外の再会だった。




