3、求める場所
優輝先輩と再会して十日目。
全開に開いた教室の窓から緩い風が入ってくる。時間割は午後に食い込んでいた。
昼食後の緩んだ空気の余韻を引きずったまま始まった授業は、穏やかなものだった。現代社会の情勢を教える教師の声。扇風機の羽音。生徒がノートにシャープペンを走らせる微かな音。それだけが教室内には満ちていた。
私は黒板を書き写していたノートから目を上げて、先輩を探す。学校に来てから、彼の姿が見えないのだ。再会してからほとんど一緒にいただけに心配が募る。それに気掛かりなことがあった。先日のことがあってから、彼は考え込むことが多くなっていたのだ。
恋人のやつれた姿を見て、心に思うことがあったのだろう。誰だって大事な人のあんな様子を見てしまえば、どうしようもないことなんだと割り切るには時間がかかるはずだ。
どうして幽霊の先輩を見つけたのは私だったのかなって何度も思った。優輝先輩が求めているのは私じゃないのにって。
見つけてほしいのも、会話をしたいのも、恋人である雪菜さんのはずなのに。
「せめて、二人の為に出来ることがあれば……」
私はノートが広がる机の上に伏せた。誰にも言えない気持ちをほんの少し吐き出す。先輩の前では良い後輩でいたかった。この中途半端な状態が、永遠に続くはずもない。私はそれを当然のことのように感じとっていた。
──最後の時は、笑顔で見送ってあげたい。
胸の内で願うように呟く。
チャイムが鳴る。授業が終了したい合図に教室が賑わい出した。これで今日は終了だ。私も周りに合わせるように席を立つ。
帰って来ない先輩を探しに行くべきだろうか。しかし、一人でいたいのかもしれない。そんな迷いが胸の内を過る。
「悪い、遅くなったっ!」
答えを出す前に、先輩が後ろの壁をすり抜けて戻ってきた。よほど慌てて戻ってきたのか、表情には焦りが滲んでいた。私は周りに気づかれないように小さく首を振る。
「いきなりだけど、帰りに寄りたいとこがあるんだ。いいか?」
安堵する様に脱力した後、彼は仕切り直すように緊張した面持ちでそう頼んで来た。私の返事を遮るように仲のいい美紀達が寄ってくる。
「千佳ぁ、今から皆でボーリング行かない? あたし、無料券もってるんだ」
「ごめん、今日は寄るとこあるから」
「えー? 最近付き合い悪くない?」
「あっ、さては彼氏が出来たなぁ」
「うっそマジで!? 相手誰? このクラスの奴? ちょっと千佳ぁ、教えなさいよ!」
「そんなのいないよ。本当に用事だってば」
首を絞める振りをしてくる咲に、私は力なく手を振る。先輩はそんなやり取りが物珍しいのか、まじまじと眺めていた。
桜子はこほんとかしこまった咳をすると、背筋を伸ばして偉ぶるように腕を組む。
「千佳社員、嘘偽りはないか?」
「ありません」
「美紀部長! 本人はこう言っておりますが」
「ふむふむ。では今回は無罪放免としよう!」
「ありがとうございます。──じゃあね、また明日」
「うん、またねー」
ふざけたやり取りをして、私は三人と別れて教室を出た。先輩は浮きながら付いてくる。人目があるところで私が反論しないのをいいことに、お腹を抱えて大笑いしている。
「仲が良いんだな。すごく新鮮だったよ。お前、オレにはいつも澄ました顔しか見せないから、友達とはあんなやり取りしてるんだなぁ。女子高生らしくていいね」
「なんですかそれ。たった二歳しか違わないんですよ? 私だって先輩とそう変わりません。くだらないことで笑って、腹が立ったら怒る。高校生なんてそんなものでしょ?」
「ほら、オレが言ってるのはその澄ました顔だよ。そうやって、悟りきったようなこと言ってるから、オレには時々千佳の方がずっと大人みたいに思えてたんだぞ」
「仕方ないですよ。だって、女の子は男の子より精神年齢の成長が早いらしいですから」
精一杯の背伸びを隠して、先輩に指摘された澄まし顔で答えながら靴を履き替える。外に出ると傾いた夏の日差しが私を突き刺してきた。校門まで日影を選んで歩きながら、先輩に尋ねる。
「さっき話してたとこってどこです? CDショップとかですか? 借りたいなら、私レンタルカード持ってますよ」
「いや……オレの家に行ってほしいんだ」
先輩が困ったように口にしたのは、思いもしない場所だった。




