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怜の心配もよそに何事もなく平和な日々が過ぎていた。
その日美鈴は、神香月の家に来ていた。神は神奈川県警に勤めており裕助と昔からの知り合いであった。神の自宅には、裕助と一緒に何度か訪れたことがあり、神と神の家内のはる香に可愛がってもらっていた。しかし、二年前に事件に巻き込まれはる香は亡くなってしまった。命日である今日、美鈴はお線香をあげに来ていたのだ。
神は、温かいお茶を美鈴に出すとソファの向かいに座った。
「わざわざすまなかったな。連絡をくれれば駅まで迎えに行ったのにな」
「大丈夫ですよ。 神さんちは歩いて20分くらいですから問題ない距離です」
元気に言う美鈴に神は笑う。
「お前も変わらないな。今年で22だったか?」
「そうです」
「彼氏の一人や二人できたのか?と聞きたいところだがその分だといなそうだなぁ」
「確かにいませんけど…見るからに分かるんですか?」
「まあ、分かるな。前に話していた陸とかいう子は彼氏じゃないのか? 今も裕助の家にいるんだろう」
「いますよ。 でも陸は友達です」
「友達ね……」
神は眉を上げて笑う。
その笑いの意味が分からず眉間に皺を寄せる美鈴だったが、携帯の呼び出し音に鞄を見た。
「私の携帯だ」
「かまわんよ。とればいい」
神はそう言うと立ち上がり台所の方へ行く。
電話の相手は陸からであった。陸には今日、出掛けることは話しておいた筈だ。何か急な用事なのであろうか。
「もしもし、どうしたの?
え? あきさんが家に来てる? うん、分かった。すぐに行くよ」
美鈴は携帯をしまうと神の方へ目を向けた。神は、たばこを吸いながらこちらを見ている。
「神さん、あの、私っ」
神はたばこを消すと、カウンターの上に置いてあった車のキーを取った。
「帰るんだろう。駅まで送る」
「いいんですか?」
美鈴の言葉に神は笑う。
「大丈夫だよ。今日は休みなんだし、何なら家まで送ろう。それとも、別の場所の方がいいのか?」
二人は玄関へ向かう。
「実はこれから裕助の家に行くんです。前に話した裕助の恋人のあきさんが家に来てるらしいんです。よく分からないんですが、裕助がいなくなったって言ってるらしくて」
神は眉間に皺を寄せた。
「まったく、あいつは何をやってるんだか」
外へ出ると神は車へ乗り込んだ。美鈴も助手席へと乗る。
「俺も一緒に行って、そのあきさんとやらの話を聞こう」
「いいんですか?」
「いいも何も、俺も気になるだろうが。ありがとうございます、とひとこと言えばいいんだよ」
「…ありがとうございます」
神は、申し訳ない顔をしている美鈴の頭を撫でると笑った。
裕助の家に着くと、陸がガレージまで出迎えてくれた。しかし、車から降りて来たうん臭そうなオヤジの神を見ると眉間に皺を寄せた。
「この人は?」
美鈴は不信感丸出しの陸の顔を見て苦笑いした。
「神香月さん。裕助の古くからの知り合いです。今日は用があって神さんの家にお邪魔してたんだ。で、彼が前に話した高野陸くん」
神の方に向いて言うと、神はにやりと陸に笑った。
「よろしくな」
「はあ」
陸は微妙な返事を返すと玄関へと歩き出している美鈴の後を追った。
「今、あきさんはリビングにいるの?」
追いついてきた陸に足を止めずに尋ねる。
「そうなんだけど、黙ったまんまなんで参っちまうよ」
陸は唇を前に出しながら文句を言う。美鈴は、早足で玄関からリビングへと向かいながら考える。
楓がいなくなったとはどういうことなのか。まさか半年前と同じことが繰り返されたのではないだろうか。裕助がいなくなった理由をしっかりと突き止めなかった事が今になって悔やまれてくる。
しかし、会った時には自分から話そうとしなかった大人しいあきが、ここまで一人で来た事には驚いた。それだけ楓の事が心配なのだろう。
「さっきも言ったけど突然来て、裕助さんは来ていないか何か知らないか?って聞いてきて、後はだんまりなんだよ。仕方ないから、美鈴に聞いてみるって言ったら会いたいって言うんで連絡したんだけどさ」
リビングの手前で足を止めた美鈴は頷いた。
「分かった。ありがとう」
そう言ってドアに手を掛けたのだが、ふと神の方を向いた。神は笑うと軽く手を上げた。
「俺は、何も口を出さないし、部屋の隅にいるから安心してくれ」
「すみません」
美鈴も苦笑いをすると頭を下げる。
そしてリビングのドアを開けた。
開けた瞬間、真っ直ぐに自分を見つめるあきと目が合った。あきはソファに座っており、入って来た美鈴を黙ったままじっと見つめている。こちらが戸惑うくらいであった。
「お待たせしてごめんなさい」
美鈴の言葉に、あきは立ち上がった。
「水城あきです。突然にお邪魔してすみません」
以前、山で会った時のような内気な様子はなくはっきりとした態度で話す。
「いいえ、大丈夫です。陸から聞いているかもしれないけれど、私が早瀬美鈴です。
え…っと、今、何か温かい飲み物でも持ってきますね」
テーブルの上に何も置いていない事に気が付いて席を離れようとしたが、あきが止めた。
「大丈夫です」
「そう?」
美鈴が戸惑いながらもソファに腰を下ろすと、あきも座った。
陸はソファの背もたれの端に寄りかかっていたし神はドアの横に腕組をして立っていた。
美鈴はひとつ深呼吸をすると目を反らさず自分を見つめるあきに尋ねた。
「陸に聞いたんだけど、楓さんがいなくなったって本当?いつからいないの?」
あきは楓の名前が出ると突然戸惑いの表情にと変った。
「昨日からです。私に何も言って行かなかったし、今日になっても戻って来なかったから心配になって」
「あきさんのお父さんも何も知らないの?」
あきは、黙ったまま何も言わなかった。
「もしかしてあきさん、お父さんに何も言わないで来たの?」
美鈴の言葉にあきは頷く。
あきの斜め向かいにいる陸が何か怪訝そうな顔で尋ねる。
「聞く順番が逆じゃないの? つーか、あんたどうしてこの場所分かったの?」
あきは、陸を鋭い瞳で見た。
「あなたが楓に渡した住所を見たんです」
陸が「ああ」という表情をする。
「もしかすると記憶が戻ったとかは、考えられないか」
3人は神の方を向いた。
「それか、記憶がなくなる前にしていた仕事絡みで何かあったか、始末をつけに行ったとか」
あきの表情は突然に話し出した神を警戒していた。
「あきさん、この人は神さんと言って、裕助の知り合いだから大丈夫。
それより私も仕事の事は気になっていたんだ」
美鈴の言葉にあきは、心配そうな表情に変わる。
「楓は、どんな仕事をしていたんですか?そんな危険に巻き込まれるような事をしていたんですか?」
「あいつは、何でも屋なんで色々やっていたよ。 裏絡みの危険な事からそこらの探偵がやっているような事まで色々だわな」
あきは何を思ったのか神の言葉に黙り込んでしまった。
「…まったく、手がかり一つ残さないと来てるからな」
神のぼやきに美鈴はハッとして、あきの方を見た。
「そういえば、あきさんちの周辺で黒い車が乗り捨てられていなかった? 車庫の車が一台なくなっているんだ。確かパジェロミニだったと思うんだけど」
あきは手を口元に持ってくると思い出しながら話し出した。
「…半年くらい前に楓と森に山菜を取りに行ったときに埃を被った車を見たかも。色は分からないけど濃い色だったと思います。壊れた様でもなかったし」
「裕助さんの車だったら中に何か残されていないかな?」
陸も興奮したように美鈴を見た。
「今から行けば暗くなる前には着くと思うが行ってみるか? 彼女を送ることもできるしな」
神の言葉に陸が一番にのった。
「行こうよ! 手がかりがあるなら行ってみよう」
「あきさん、いい?」
美鈴の言葉にあきは頷いた。
「何か手がかりがあるなら行きます。楓が困っているかもしれないし。でも、早瀬さんはいいんですか?」
「私も、楓さんが見つかれば安心するし、大丈夫」
三人の賛同の声を聞くと神は寄り掛かっていた壁から身を起こした。
「よしっ。 じゃあ用意をして出掛けるぞ!」
右手でGOサインを出すと陸が駆け出す。
「俺、懐中電灯と地図探してくるっ」
「じゃあ私は戸締りしてくるね」
二人が部屋を出て行った後、あきは何を考えているのか黙ったままだった。
「さて、俺らは先に車にでも行こうか」
神は、あきに声をかけると開いたままのドアへ足を向けた。
「楓は…」
あきの言葉に神は足を止める。
「広い世界で暮らしていた楓が、あんな山の中での生活、嫌にならないかしら」
遠い目をしているあき。自分が毎日を送っている場所を思い浮かべているのであろうか。
神はあきの肩をポンとたたいた。
「そんな事気にするような奴じゃないよ。
それに、あんたの事を恋人とヤツが言ったんだろう。だったら、地の底から這ってでもあんたんとこに帰ってくるよ」
あきは黙ったままだった。
神は先に部屋を出ると玄関へと向かう。
「記憶が戻っていても…かな?」




