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「怜が私をこんなお店に誘ってくれるなんて珍しいね」
美鈴の向かいに座っているのは、情報部員をしていた時の先輩で同じ部署の朝舞怜であった。
「お前、流行りに疎そうだしせっかく会うなら今人気のパンケーキの店にでもと思った訳なんだがね」
怜は笑って言う。店もさることながら向かいに座っている怜をチラ見する女性達に美鈴は何か落ち着かなかった。二人は女子で混み合っているカフェに来ていたのだ。
「それはとても嬉しいんだけど、やっぱりブラックな考えばかりが浮かぶな。もしかしたら、次のデートの下見じゃないかと思えてきた」
「お前、おごると言ったが自分で払うか?俺をどんだけ遊んでいると思ってるんだよ。それにこのお店は、もう来た事がある」
美鈴は無言で怜を見てしまった。このようなカフェに来るとしたら女の子が一緒なのだろうから、やっぱり遊んでいるんじゃないのか?
「今思っている事は、言わなくていいからな」
怜は、ため息をつくとテーブルの上に置かれたグラスを長い指でつかむ。
「まあ、しかし、安心した」
怜の言葉の意味は、すぐに分かった。
裕助が行方不明になった事は、友人でもある怜にもすぐに知らせたのだ。
今回、陸と出掛けた事も連絡を入れて知らせてあった。
「怜も心配性だな。ありがとう、大丈夫だよ」
美鈴は、お礼を言うと静かに笑った。
裕助を捜しに美鈴と陸が出掛けてから、早ひと月が経とうとしていた。
あの後、陸は一人で楓に会いに行った。そして、自分が知っている事、思っている事を全部話してきたのだった。楓は、黙って陸の話を聞いてから言った。
「確かに君の言う通り、俺はその人物かもしれない。半年前に大怪我をして記憶がないんだよ。しかし、記憶が戻ったとしても君たちの所へは戻らないと思う。……すまないな、こんな返事で」
楓の言葉に驚くでもなく陸は首を振った。
「いや、いいんだ。美鈴も言っていた。記憶が戻ってもあきさんを置いて来るような事はしないって。そんなヤツだって言ってたよ」
楓は黙って陸を見つめたままであった。
「ただ俺は、あなたに全部話しておきたかったからここに来たんだよ。それだけだよ」
陸はポケットから紙を出すと楓に渡した。
「俺、今裕助さんちに居候してるんだ。美鈴がいた方がいいって言うから今はいるけど…これが連絡先」
楓は紙を受け取ると、陸に笑った。
「立ち入った事を聞くが、君は美鈴さんの事好きみたいだな」
陸は、笑う。
「そうだね。俺は美鈴の事が好きだよ。だから傍にいる」
陸のはっきりと言った言葉に楓は頷いた。その瞳は穏やかだったが、どこか寂しげに見えた。
「じゃあ、さようなら」
陸は、それだけ言うと後ろも振りかえらずに帰ってきたのだった。
その話を陸から聞いた時、怜は何か信じられない気持ちであった。
裕助は、美鈴の事も俊の事も他人から見てもあきれるくらいに大切にしていた。そして美鈴も俊も裕助の事を頼りにしていたのだ。それがこんなにもあっさりと離れてしまうものなのか、信じられなかったのだ。
そして心配もあった。裕助はどうしてあの場所へ行き怪我をしたのかという事だ。当の本人の記憶がないのだから聞きようがないのだが事件に巻き込まれての事かもしれない。仕事関係は怜もよく分からなかったし最近は会う事もなかった。美鈴も自分の事で一杯一杯なので、心配かけるような事は言いたくはなかった。
「お待たせしました。 スペシャルストロベリーパンケーキです」
二人の前に生クリームたっぷりのパンケーキが並べられるのを見て怜は現実に戻る。
美鈴も目の前に置かれている生クリームの山を凝視している。果たしてこれを食べきることができるのか。美鈴は顔を上げると怜の顔を見てから笑い出す。思っている事は同じであった。
「よし、気合を入れて美味しく頑張ろうっ」
「なんだよ、それ」
怜も笑う。
何も起こらなければいい。
なにも。




