断章Ⅰ
会議机に広げられた地図を見ながら、桜野は小さく息を吐いた。
向かいでは、くすんだ鎧の騎士が俯いている。
「……で、今回も越えられなかったのか」
桜野は笑った。
だが、目は笑っていない。
「この国でも、あの森を越えるのは至難でして……」
「チャンピオン様方では、土地勘もなく……」
言い訳は最後まで続かなかった。
「仕方ないな」
あっさりと、桜野は言った。
「お前たちには、私のチャンピオンは見えない」
間を置く。
「案内できるはずがないか」
その声音には、責める色はなかった。
ただ――興味を失ったような、冷たさだけが残っていた。
「あとはサロリア姫の方だけだが」
桜野は立ち上がり、窓に寄る。
窓の外に白亜の馬車が到着するのが見えた。
桜野は満足そうに頷くと振り返った。
ノックと共に、軽やかな足音が近づく。
「サロリア、ただいま戻りました」
扉を開けた少女は、まだ幼さの残る顔で微笑んだ。
「ヒロキ様。成功です」
「お兄さまたちも協力してくれるそうです」
「そうか…向こうにはブレスドはいるのか」
「おりません。ヒロキ様だけのようです」
サロリアが嬉しそうに言う。
「向こうはチャンピオンが見えないということだな」
桜野が呟く。
「ヒロキ様…どうかなさいましたか」
サロリアが心配そうに桜野を覗き込む。
「姫のおかげで――」
わずかに間を置く。
「願いが叶うのも、そう遠くはないな」
桜野は穏やかに微笑む。
「はい!必ず叶えられます!」
「…そうだな」
興味を失ったかのように桜野は再び窓の方を見る。
視線の向こうには黒々とした森が見える。
――あの日。
影に襲われた自分を、迷いなく救った人。
『ヒロキ様は……すべてをご存知なのだわ』
『サロリアは――必ず、お応えします』
サロリアは、ただ一人を見つめ続けていた。




