第2話
目を覚ました。
見慣れた天井だった。
何も変わらないはずなのに、
身体が重い。
指先を動かす。
それだけで、鈍い痛みが走った。
「……なに、これ」
どこも怪我はしていない。
それでも、全身が軋むように痛かった。
なんとか起き上がる。
朝食を済ませ、仕度をする。
今日は萬葉さんも来るので、いつもより早く行かないと。
エレベーターの中で両頬を叩き、気合を入れた。
稽古場には予想通り萬葉が来ており、既に準備体操をしていた。
「おはようございます!萬葉さん」
萬葉さんに挨拶しながら荷物を置く。
「おお!華鳥、お前も早いな」
準備体操を止め、よく知った豪快で、それでいて人懐こい笑みを浮かべる。
「私も一緒にいいですか」
「勿論だとも。一緒にやろう」
私は萬葉さんと並んで準備体操を始める。
いつの間にか朝の痛みは薄れていた。
萬葉さんはいつも私を元気にさせてくれる。
準備体操が終わると、突然厳しい顔になった。
「華鳥!お前、少し調子悪そうだな」
私はしまった、と思った。
萬葉さんはコンディション管理に厳しい人だ。
「ごめんなさい」
「今日、萬葉さんに会うと思うと緊張してあまり眠れなかったです」
「そうか。今日からアクションシーンの稽古だからな。無理もない」
「最近はアクション離れていたからな」
「はい」
ほんの少し、視線を逸らした。
萬葉さんは察しはいい。
——けれど、どこか鈍いところがある。
稽古場には全員集まってきた。
今作のプロデューサーが萬葉を紹介する。
「今日から合流する萬葉光彬さんだ」
「萬葉です。今日からよろしくお願いします」
萬葉が全員に頭を下げると、ニコリと笑う。
「これって『淡雪の剣』の再現になるんじゃない」
「華鳥さんと同じ事務所なのだから」
「萬葉さんが出るから華鳥さん出るのね」
周囲の囁きが、耳に入る。
無意識に、奥歯を噛み締めていた。
「僕はね。萬葉さんの『鬼斬の剣』を見て、この業界に入ったんだ」
「今回、華鳥さんの出演が決まっていたからね。お願いしたら、受けてくれて」
「……本当に嬉しくて」
普段厳しいので有名なプロデューサーが子供のような笑みを浮かべる。
「皆さんと一緒に舞台を作れる。華鳥には感謝しています」
「今回は親子ではなく敵同士…本気に斬りにいきます」
皆が一様に息を呑む。
その気迫に、誰もが言葉を失った。
「では最初のシーンから始めます」
プロデューサーの指示で萬葉さんと向かい合う。
互いに木刀を構えているが、萬葉さんはいつも通り自然体だ。
「お前が鬼なら俺は斬らねばならん」
萬葉さんの目が細くなる。
「私たちは鬼じゃない!」
声が掠れる。
萬葉が腰を下ろし、木刀を斜め下構えた。
「お前を斬る!」
萬葉さんが叫んだ。
——その瞬間。
木刀が、手から離れた。
「凄い…あれじゃ華鳥さん、動けないよ」
「見てて私も斬られると思ったよ」
「流石、世界の萬葉さんだ」
「もう稽古のレベルじゃない」
周囲のざわめきとは関係なく、指先が、震えていた。
「華鳥…どうした?泣いているのか」
萬葉に言われてはっと気付いた。
私は泣いていた。
萬葉さんと稽古してて、胸の奥が、ざわついている。
「すまん。久しぶりの舞台なので加減を忘れた」
萬葉さんが皆に謝る。
「萬葉さん!オープニングでこの迫力は凄いです!」
「一旦休憩しましょう」
プロデューサーの萬葉さんを絶賛する声が、遠くに聞こえた。




