第九十八話 昴 入口出口
半分冗談なクイズで、町の上り坂と下り坂はどちらが多いでしょう? ていうのがありますけど、入口と出口もそうですよね。
この建物では、入口と出口はどちらが多いでしょうか?
まあ、同じなんだけど。
坂道ならどこどこからどこどこまで行く場合、建物なら入るルートと出るルートが違う場合は、数が違ってもおかしくないんだけどね。
会津のさざえ堂って知ってますか?
もう作られてから二百年位たってる六角形のお堂。中が二重らせん構造の一方通行で三周まわる間に、登って降りることができる。もともとは三十三体の観音像が安置されていて、登って降りるだけで三十三観音参りが完了するっていう便利なお堂だったんだそうです。今は観音様いませんけどね。
上りが右回転で下りが左回転。上りスロープの天井が下りの床って構造なんだそうです。入口と出口は逆の位置にあるけど、まあ、数は一緒ですね。一ずつ。合わせて二。
家の中に人がいる場合は、同じ扉が入り口で出口。中にいる人にとっては出口で、外にいる人にとっては出口。つまり、扉の数が五枚あれば、入り口は五枚で出口は五枚。
さざえ堂の場合は、中にいる人にとっても外にいる人にとっても、入口と出口は一か所ずつなんです。出入口自体の数は二なのに、入口は一で出口も一。迷路なんかも同じ。
私は三日間、この塔に通っていますけど、正面扉を入口として三回通りましたが、同じ扉を出口として通ったことはありません。
おとといは塔の正面扉から入って、隣りの敷地へ向かう扉から地下通路に出て、そこから更に外に出る扉から出ました。
昨日は、塔の正面扉から入って、隣りの敷地へ向かう扉から地下通路に出て、そのまま隣りの宿泊所に泊まりました。そして、今日、宿泊所の扉から出て、塔の正面扉から入りました。
入口は毎回同じなのに、出口は違うんですね。
この百物語から抜ける時には、正面扉から出るというルールがあるので、本当なら、今日百物語が終わったら、全員で正面扉から出るはずなんですけどね。
今日は、上のシューターから出ることになりそうです。
正式にこの百物語の会から離脱した三人は、正面扉から出ることが条件でした。一人はあちらに行っちゃったので例外として。なのに、今日の五人は、正面扉から出ることができない。
この塔の正しい入口は一つだけ。正しい出口も一つだけ。それは同じ扉。
私たちはシューターから出て、本当にこの百物語を、終えることができるんですかね。
そもそも、百話話せるかもわからないんですけどね。
それとも、この塔が焼けてしまえば。
終わったことにしてもらえて、ちゃんと出られた扱いになるんですかね。
毎回さざえ堂みたいによくわからないルートで外に出されていると、この塔の扉の出入り口の機能というものがよくわからなくなってきました。
この塔の、扉の数はいくつあって。
入口と出口は、どちらが多いんでしょうかね。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。
「兄さん、よくこの状況でちゃんと話せるね」
「開きなおり? てか、本当にちゃんと終わった扱いになるのか怖いんだけど」
「焼けちゃうから大丈夫じゃないですか? あ、ユキ君の方、そろそろかな?」
「九十八話で終わりかね?」
二人は、冬季が対峙する様子を眺めた。
調伏が始まって、三十分ほどが経っただろうか。
神殿が弾け飛びそうに神威を振りまくおほらさまに、神殿にいる者たちつぶされそうになっている。幾人かはすでに、意識をなくして倒れている。
命に別状はないし、しばらくはおほらさまの守護力を最大に保持できる。二日連続では上限を越えていて意味はないかもしれないが。
神谷家家長の冬俊は、かつておほらさまをその身に入れていただけに、その影響は少ない。
冬俊は拝殿の端で木箱を見守り続けているのだが、社務所の近くで待機する陸奥家の者たちは突っ伏しそうになっている。離れていても、おほらさまの免疫が少ない七家の者にはきついのだろう。
視線を木箱に戻したとき、その周りがひどく歪むのがわかった。
冬俊が目をこらしたその時、くぐもった音が木箱の中でした。わずかに、蓋の隙間から水しぶきが噴きだし、ブルーシートに噴き付けた。
終わったのか?
祈祷の声の調子が変わる。祓詞を詠みあげている。調伏を終え、平時の祝詞に戻したのだ。
冬俊は、雪駄を履いて木箱の元に駆け付ける。陸奥の者たちも、支え合いながら近づいてくる。
「蓋を」
冬俊の指示に、陸奥の者が電動ドライバーで蓋の四隅のねじを外す。そうして、そうっと蓋を持ち上げた。
中には、重石の石と、壊れた竹籠。そして、赤い染みのついた白布がふわふわと広がって浮かんでいた。
終わったのだ。
冬俊は、陸奥家をねぎらい一式を隅に避けておくように指示すると、踵を返す。おほらさまに報告に行かねばならない。当然、おほらさまはわかっているに決まっているのだが。
単衣一枚になって、神殿側に行くために水路に入ろうとしたところ。
水路の中に何か塊が現れ、水面が大きく揺れた。
なんだ?
そこに、荒い足音が聞こえてきた。
正面から、神宮がまっすぐと歩いてくる。
奥の間を出、神殿を突き抜けて、冬俊の目の前まで。
水路から、塊の正体が顔を出した。
縦にヒビが入る。
バレーボールほどの、浮かぶ塊に。
冬季は、右手で二本指を構え、そのままボールに向けて祓い切る。
音もなく、殻は弾けて消えた。
露わになったもの。
真っ白い玉。
巨大な真珠のようにつややかに光る、むき出しのそれは。
これは。
八十年以上護られ続けた、赤子の魂。
方法はどうあれ、愛し護られ続けた、純朴な魂。
これは。
おそらくは、すでにあちらのモノ。長き修業後変化した師匠と同じ。
これは、壊す対象ではない。
終わった。
冬季にできることは、終わったのだ。
あとは、悪いものではないし、どこかで祀ってもらうことになるのだが。
師匠の光が、ふわふわと白い玉に近づいていく。師匠はバスケボールくらいのサイズから、ビーチボールサイズに広がり、更に風呂敷状に平らになった。
冬季は、白い玉を包み込みにいくのだなと思って見守る。
一応、師匠は冬季の洞に入れた。まとめて洞に入れて神社に持って行けばなんとかなるだろう。
そこに、激しい物音が聞こえてきた。
戸を開ける音、強い足音、そして、この部屋の扉を叩きつけるように開ける音。
そうだった。もう一つあったのだ、やるべきことが。向き合うべき本当の対象が。
見れば、扉を開けて、ひかりが立っていた。
憑依されている。冬光だ。
ひかりは、広がる師匠と白い玉を見て目を丸くする。
冬太が慌てて近づくが、ひかりが腕を振り回したのでそれをよけて下がった。ひかりは手に何かを持っている。
部屋の明かりは残る蝋燭と、師匠たちの光だけだ。
ひかりが師匠たちに近づいていく。冬季はとっさに前に立って遮ろうと踏み出したが、ひかりがこちらにも腕を振ってきた。
ぎりぎりのところで、後ろから昴に抱え込まれて体を飛ばされた。
刃物、テーブルナイフ?
更に止めに走る冬太にひかりがそれを投げつける。冬太はギリギリ避けた。
ひかりは左手に持っていたものを右手に持ちかえ、風呂敷状になった師匠に切りかかる。しかし、師匠はなんの影響も受けずに、冬生をくるみきった。
昴が踏み込んで行くと、ひかりは逆に身を引いて逃げ、刃物を投げた。
昴が避けたものが、投げ出されてなんとか上半身を起こしかけた冬季の近くを飛んで行く。それは、刺さりもせずに床を滑っていった。
何か大きなものが吹き抜けから飛んできて、ひかりが壁まで吹っ飛んだ。
亜希だ。
ひかりを蹴り飛ばすと、そのままバックしていく。ロープにぶら下がっていた。吹き抜けの境の天井にロープがあたり、ブランコのように戻っていく。そうして、亜希はロープを離して三角テーブルの真ん中に勢いよく着地し、
「わっ!」
三角テーブルの真ん中が割れて足が落ちる。本来三角テーブルの真ん中が開いている構造のものを、カメラを仕掛けた蝋燭立てやそのケーブル処理のために、上に三角板を重ねてある。真ん中部分は薄い板一枚なのだ。旧メンバーは知っていたが、新メンバーは把握していなかったのだ。
蝋燭立てに囲まれた真ん中で、亜希は右足が足首まで、左足は甲まで板をぶち抜いてしまっていた。
足首上まであるハイカットの靴なのでケガはないが、引っこ抜く手間がかかる。
亜希が動けぬうちに、ひかりが壁に手を付きながら立ち上がる。ポケットに何本も突っ込んでいたテーブルナイフを、四人に無茶苦茶に投げつけてきた。
そうして、冬生をとりこんで再び丸い形状になり冬季の方に戻ってこようとしている師匠へと足を進めてきた。
そこに、更に飛び掛かったものがいる。
「ぎゃっ!」
大きな三毛猫。南瓜だ。テーブルの上から、ひかりの肩に飛び掛かっていった。爪を立てて顔面を引っ掻く攻撃に、ひかりが手を振り回す。南瓜は一度飛び降りてから、再度飛び掛かっていく。
たまらずよろめくひかりが、落ちていた白い紙を踏んだ。
壁に貼って落ちたお札。五十一年前の事件の被害者たちを送るのに使ったもの。
瞬間、床が抜けた。
「・・・っ!!」
冬季は、声も出せなかった。
胸に走った激痛。体の中で何かが爆発したかのような衝撃。
使い古しの札から、ひかりが神社に送られた。
むろん、冬季は何もしていない。そもそも、人など通せない。生モノは通せない。そんなものを通したら・・・・・・。
爆発の衝撃が右肩から首にかけての辺りを突き抜けていく。
切り捨てられた。
思ったのは、それだけ。
七縛りの冬季。けれど、神社への近道として洞を使ってしまったため、もう神宮にはなれない。おほらさまの役には立てない。だから、ひかりに憑りついた冬光を調伏することを優先し、その洞を使って神社に引き寄せた。
おほらさまが。
その命にかかわるとわかっていて、冬季の中を通した。
冬季は、自分の体から血が噴き出したこともわからぬまま、その場に倒れた。
「昴さん非常階段使えるか見て! ユータさん怪談やって!」
まだやるのか。そう思いつつ、冬太は残り二本の黒い蝋燭と冬季を見比べる。
彼の体に何が起きたのか。血を吐きながらうつぶせに倒れた彼の背は、ほんのわずかな間に真っ赤に染まっている。冬季が意識をなくしたせいか、吹き抜けからは霊がこぼれ落ちてきていた。数は多くないが、冬季がいなければ、誰も防御などできない。
殻に包まれていた白い光を包み込んだ、大きな光がひゅっと走ったかと思うと、冬季の背から中に入った。
冬太は、語り始めた。




