第九十七話 冬太 地図
日本列島ひな型論、というのがあります。四国とオーストラリアの形が似ているように、世界の大陸を集めると日本列島の形になるってやつですね。アフリカ大陸が九州、北アメリカが北海道で南アメリカの南にユーラシア大陸がくっついてまとめて本州らしいですよ。沖縄はニュージーランド。
子供の頃学校で習った世界地図はメルカトル図法によるもので、赤道上と北極辺りではサイズが全然違う。グリーンランドは十七倍だったかな、大きく描かれているんだそうですね。地図はやっぱり地球儀で観るのが一番です。
僕は実家のとある部屋に飾ってあった絵を、古い日本地図だと思っていたんです。
実際、僕が生まれる前すでに古いからって、ガラスの額に挟んで飾りなおしたんだって話ですからね。相当古い。薄暗い部屋なので確信はないけど、多分、厚みのある和紙に墨で描いた手書きなんですよ。
古いから変な形の日本地図なんだなと思っていたんですけど、よく考えたら、日本地図は千八百年頃にはかなり正確なものができていた。伊能忠敬って、習いましたよね、あの地図は国家機密だったらしいですけど、おおむね似た形のものが明治位まで出回っていたんだそうですよ。
でも、実家にある古い地図は、もっといびつなんです。古いといえば行基図っていうのもありましたけど、それよりは細かい。だから、多分、江戸時代後期くらいのものだと思うんです。でも、日本列島ひな型論っていう世界地図をむりやり日本列島に置き換えた地図。あれにそっくりなんですね。
あれはそもそも大本教で、百年くらい前にはあった説らしいですけど、実家の地図は、多分、もっと古いんですよ。
もちろん、織田信長も地球儀を持っていたし、もっと古くに思いついた人がいたのかもしれないですけどね
実家はそもそも神社なんですよ。なんであそこにあるんだろうって、ずっと不思議だったんです。
それが飾ってある部屋は、年に何回かしか僕は入れません。宿直みたいなのがあって、その時にだけ入れる部屋です。明かりも基本はランプです。スマホも禁止で、かろうじてデジタルの目覚まし時計がある。
前回、僕が宿直だった時に、その地図をよーく、見てみました。ランプは熱くなりますからね、目覚まし時計の照明で。
地図自体は、形がやっぱりひな型論に似ているなと。伊能地図ほど細かくないから、やっぱり江戸中期から後期にかけてくらいのものかなと。
何か時代的な手掛かりがないかなと隅々まで見てみると、細かい墨文字が、覚書みたいに書いてあるんです。達筆なうえに小さいし暗いとこだからよく見えないんですけど。
四角い紙の、日本地図がないところに、気まぐれにちょこちょこと書いてある。そのメモから、よく見ると細~い線が地図のどこかに引いてあるんです。まっすぐじゃなく、気まぐれな線でね。
漢字が多い。読めたところでは『大波』とか『戦火』とか『地震』『噴火』とかね。
不穏なメモばかり。前後の文字とかを拾っていくと、どうも、災害予知の地図じゃないかって気がしてきて。東日本大震災の震源地付近に太い線が描いてあって『地震』『津波』。同じ文字が日本海側にもある。九州の方には『噴火』の字から線がいっぱい引いてあって。太平洋側にも『噴火』は書いてあって、やっぱりあっちこっちに引いてある。
過去の災害地図なのかもしれませんけどね。
同じところで地震も噴火も起きますから。
心当たりのある場所ばかりでね。
でも、その日本地図がいわゆるひな型論に近い地図で。
そうしてみると、やっぱり、世界の各地に当てはめても、心当たりのある場所ばかりでね。
この、八百万の神々の国っていうのは、謎が多い国だなと、思いました。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。
「もうまともに怪談なんて話してらんないよ!」
冬太は愚痴る。
「録画も録音ももうされてないからいいよね? マル秘事項だろうけどっ」
「ダメじゃんユータさん」
上から、亜希の声が降ってきたが、正直知るかっ! だ。
火事と除霊の真っただ中で何をやれと。どちらもどんどん進んでいるのだ。焦って用意していたネタが頭のどこかに行ってしまった。
そこに、梯子から、昴が降りて来る。
「もう少ししたら使えるようになるかも、階段」
「火事は?」
「煙が階段上ってきてる途中、亜希さんが言うには。あれじゃあやっぱダメかな階段。俺はのぞけないよあんなとこに顔突っ込めない」
「そうですよね。僕もさっきユサさんとそこ開けた時に視ましたよ、みっちりもこもこ」
「エレベーターの隙間から煙が漏れて来てた」
「本当は今すぐ逃げた方がいいんですけどね。でもあれ、そのままにできないし。とりあえず、一話話してくださいよ」
「ほいな」
昴は、自席に戻った。
冬季が相手をしている塊は、抱えられないほどの大岩だったのに、今はもうビーチボールくらいになっている。ぼこぼこと穴が開いているし、もう少しで終わるだろう。壊し終わったらどうなるのかは、わからないけれど。
二階のエレベーターの扉が、静かに開いた。
ひかりが、ふらふらと出てくる。
停電中なので、特有の音はない。開いた扉は、もう閉まろうとはしなかった。
エレベーターの箱の周りから、じわじわと染み出すように煙が出て来ていた。
大きな棚には、食器や布巾などが納まり、流しと銀色に光る新品の台がある。
ひかりは、流し脇の棚からワゴンを引き出す。
大量のナイフやフォークなどのカトラリーが収められた箱が入っていた。
ひかりは、刃先が厚い魚用ナイフをひと掴みし、ゴスロリ衣装の隠しポケットに突っ込む。
ポケットを刺しぬいてしまってはケガをするから。
だから、これを選ぶのだ。
自分に言い訳をする。
握り手のところは丸見えのままだ。
更に、同じものを両手に一本ずつ持った。
助けなければ。
急に、そう思う。
小さな赤ん坊の姿が浮かぶ。
助けなければ。
自分に子供などいない。けれど、そんなことは関係ない。
あの子を、助けなければ。
赤子を護るものが削られていく焦燥感が急に湧いてくる。
急がなければ。早くしなければ。
よろよろと、歩みを進める。何故か足が思い通りに動かない。何かが抵抗している。
怪異を語っている間は、あの部屋は守られる。
誰が言っていた? そう、黒衣の男が。
それくらいは守ってやってもいいだろう。
そう嘯く。それ以上のことなどできないくせに。なんだかんだ言い訳して、中途半端に、何も知らずにやってきた冬季に、すべてを押し付ける。
大嫌いな伯父。
自分は優秀だと。努力したと。
おまえはどうだと、ひかりを落とす。
芸能人などとくだらない。女を売り物にしているのか、ならば。
カッターを振り回して窓から逃げた。足を折ったので、それ以降、家人も気を付けてくれた。家では常に警戒し続けた。ゴスロリ衣装を身につけていると、伯父はいやがる。
おまえが冬の字をもらえなかったのは。
実の妹を手をかけていた男。神宮の子だとはとうてい思えないほどに。だから。
七海はかわいかったのに、おまえは。
七海が自殺したのはおまえのせいだろう!
怒りが湧き上がって行く。
急げ!
その命令に、ひかりの中のチャンネルが切り替わった。怪談が途切れたのだとは、ひかりは知らない。
ブーツのかかとが、床を鳴らす。作業スペースの先に、戸がある。そこを抜けて、廊下に出て、向かいの扉を抜けなくては。
まばゆく光る何かが見えた。赤子を護るものがすべて剥がれた。
急げ!
ひかりは、駆け出した。




