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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第十九巡 無題
137/143

第九十五話 冬沙 汚れたグラス

 すぐ近所に墓地があるのだけれど。

 そこのお掃除にたまに行くのですけど、とある親戚の家のお墓にお供えされている小さいグラスの話です。

 コップというより、グラスです。グラデーションが入っていて、縁の方から真ん中あたりまで、藍色が入っているんです。縁の方が濃くて、真ん中から下は透明。

 厚みも薄くてね、よく割れないなと思って、通りかかるといつも見ていたんですよ。

 ある時、ふと気が付いたんです。

 グラスの内側に、白い線が入ってしまっていたんですよ。

 上から二センチくらいのところです。

 いつも、そこまでお水が入っているんです。

 雨が降ろうがカンカン照りが続こうがね。

 そのグラスは十年位前から置かれていて、台風が直撃しても地震があっても壊れもせず、水位もいっつも同じ。

 ある時通路のお掃除に行ったら、ご家族の方がいらして、訊いてみたんです。

 十年前に亡くなった方が、旅先で買ってきたグラスで、毎日それで日本酒を一杯だけ飲むのが習慣だったのだそうです。

 飲み過ぎてはいけないので、いつも同じところまで注いで飲んでいた。寝る直前に呑むので、翌朝洗っていたそうなんですね、そのグラスを。

 いつしかうっすらとラインがついてしまったけれど、ちょうどいい目印だからというので、ゴシゴシ洗ったりはしなかったのだそうです。

 亡くなって、愛用品なので一緒に火葬したかったけれどダメだと言われてしまい、お骨壺には入らないしで、お墓で使うことにしたのだそうです。月命日の日にグラスの中身を捨ててをお水ですすいで、日本酒をそのラインまで注いでいた。屋根があるわけではないので、普通に雨が入るし、蒸発もするはずなんですけどね、水位は変わらない。ご家族は気づいていなかったそうです。

 誰も飲み試していないので、中身が常に日本酒なのかどうかは、わかりません。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。



「非常階段、使えないのかしら」

 できれば梯子を上りたくない。ワンピースとはいえ、亜希に言われて下にスパッツは履いて来たので上がれるが、梯子より階段の方が楽に決まっている。

 冬太に手伝ってもらって非常口を押し開けてみる。

「ダメダメダメっ!」

「無理無理無理っ」

 二人で、押し開けるのを中止して非常口を閉鎖した。

 危うく、部屋に霊が入り込むところだった。

 もこもこと膨張しながら、霊が三階に上がって行っていた。圧縮されていたのに、各階の間にあった結界が壊れて解放され、膨張して上がってきているようだった。

「結界が消えたということは」

「尚さん、ダウンした、かもですね」

 塔自体の結界は生きている。壁や床に仕込まれているものだ。しかし、通路など物理的に閉じられていないところは、膨張ルートになってしまったようだ。

「ユサさん、梯子で行ってください。僕は次の怪談やりますから」

「仕方ないわね。でも停電しちゃったから、録画も録音もされないでしょう?」

「何故かわからないけど、怪談話している間はおとなしい感じなんですよ。昴兄さんもそう言ってましたし」

「なにそれ? とっとと仕事しろ的な?」

「休憩しすぎると襲われるとか? ひどいですね」

「尚さんらしいわよそれはそれで。あ」

 吹き抜けから、霊が降りて来た。もこもこが三階の真ん中まで到達したらしい。

(ほう)

 冬季が、塊との対峙の合間に、構えた二本指で吹き抜けをぶった切ると、霊たちはまとめて三階に跳ね返された。

「ユサさん三階に早く」

「ユータさんは怪談早く」

 冬太は自席に駆け足で戻り、冬沙はワンピースの裾を持ち上げて縛ると、梯子をのぼる。しかし、上がった先はきっと霊まみれだ。亜希と昴はどうなっているのか。

 そうっと、手から先にして三階へ顔を出す。

 床付近はまだ隙間があるが、その上はおしくらまんじゅうだ。

「ユサさんもうすぐだから早く上がって来て!」

「この状況でどう上がれって言うのっ?」

 亜希にはこれが視えないから言えるのだ。

「冬沙さん、みんな忙しいみたいで構ってこないから大丈夫ですよ、早く。非常口閉めたら増加の勢い減ったから」

 視えるのに渦中で動けるこの男は鈍感すぎると思う。

「早くってば。火事はマジよ煙上がって来てる」

 亜希に首をつかまれそうになり、霊ばかりで煙なんぞ見えはしないが、冬沙は諦めて這い上がる。できるだけ床に這いつくばったままシューターまで移動した。

「はいはいここ掴んで足突っ込んで。準備できたら行ってね。私はロープ準備しなきゃ」

「今から一人降りますーっ! 補助お願いしますーっ!」

 見れば、かなり急な回転滑り台になっているようだ。子供と一緒に行った公園の滑り台や、プールの滑り台を思い出す。うん、行ける。

 つかまるべきところをつかんで姿勢を整えていると、顔の横に何かが見えた。

 視れば、すぐ脇で男が冬沙をじろりと視ている。その横からは女が視ている。

「きゃーっ!」

 視るだけなら年中視ている。だからと言ってふいうちは勘弁だ。冬沙は、手をすべらせた。姿勢を整えきる前に滑り落ち始める。

「きゃーっ! きゃーっ!」

 変な姿勢になって途中で引っかかった。一番乗りだけに、シューターもちゃんと広がりきっていない。バタバタと足を暴れさせて広げ、またずり落ちる。ワンピースはずり上がる。ワンピースの下は、下は五分丈スパッツだが上はブラだけだ。

「きゃーっ!」

 冬沙は、無事塔から脱出した。


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