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継体天皇の故郷の高向
今週は、高向氏特集です。まずは、日本書紀における「高向」なる語の初見をみていきましょう。
ここで、「高向」なる語と述べたのは、日本書紀における「高向」の初見が、人名ではなく、地名として出て来るからです。
日本書紀における「高向」の初見は、継体天皇紀においてです。継体天皇紀の冒頭は、継体天皇の系譜が語られており、継体天皇が応神天皇の5世孫であること、その母親が垂仁天皇の7世孫の振媛であることなどが語られています。
継体天皇の父親が死亡したとき、振媛が「私は高向に帰り、そこで天皇を養育したい」と述べているので、高向というのが振媛の出身地と考えられます。高向というのは、越前国の村の名前のようです。
このように、継体天皇は大和出身ではなさそうです。応神天皇の5世孫とか、母親が推認天皇の7世孫とか言いますけれども、戸籍のないこの時代に、よくもここまで系譜が立証できたものと不思議です。




