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その8


 改めて練習中の赤羽の顔を見ると、真剣さが伝わるというか緊張感が伝わるというか、無表情に淡々とメニューをこなしている。

 100m走を20本しようが、エンドレスリレーをしようが、私を含めてほとんどの選手が顔をしかめてヘトヘトになっているのに赤羽の表情は崩れない。


 そうこうして、ようやく合宿最後の夜を迎えた。薄くて固いベッドにもようやく慣れてきたけど、もう明日でおさらばできる。

 寝る前に4人でくつろいでいると、赤羽が口を開いた。


「タイミングがなくて聞き逃していたんですけど」


 今までの自由時間は寝て過ごすか、赤羽と人のいないところを探しに部屋を出てごにょごにょしていた。思い出すだけで少し口が熱い。


「みやさんはマネージャーに戻らないんですか」


「んー、県ユースのリレーが終わったら戻るかも」


「ずっと選手でいてくれていいんだよ、みや!」


 春香さんとみやさんが「どうする?」「どうしよ」と話してると、ほんの小さな声が聞こえた。


「は?」


 え、今の赤羽の声?

 先輩2人に変わった様子はない。


 思わずベッドから顔を出して、下にいる赤羽をのぞき込む。

 赤羽の纏う空気がいつもと違う。目を見開いて、苦しそうな顔。


「赤羽?」


「あ、うん、びっくりしたなって」


 私の声を聞いた瞬間に赤羽の表情は和らいだ。だけど、


「春香さん、県ユースのリレーは出るって言ってましたっけ」


 ずっと一緒にいるから分かる。赤羽の声には少し怒りが混じっている。確かに県ユースのリレーのことは私も初めて聞いた。私のことだからもし言われていたとしても覚えてないだろうけど。

 赤羽はそんなにリレーに出るかどうかが気になっていたのだろうか。


「ごめんね小蒔ちゃん。合宿が終わったら言おうと思ってたんだけどね」


「本当に出るんですか」


「せっかく4人いるんだし、出るしかないでしょ」


 春香さんの言葉を最後に静寂が訪れる。赤羽から目を離して顔を上げると、向かいのベッドの上段にいるみやさんと目が合った。みやさんは私の顔を見ると不思議そうに首をかしげた。


「……」


「……」


「それは」


「それは?」


 3人の視線が赤羽に注がれる。


「出るしかないですね!やりましょう!」


 赤羽は笑顔だった。その笑顔が本物かどうかの判断は、この時の私にはできなかった。




 最終日の午前のメニューは合宿に来ていた全員で行う坂ダッシュだった。冬場は雪が積もってスキー場になっているという芝の斜面を、繰り返し繰り返し駆け上がる。3日分の疲労で体がきしんでいたけど、もう最後だからと半ばやけくそで走り抜けた。

 最後の1本を終え芝生に寝転がると、一面の青空の中で薄くて細長い雲が風に流され右から左へ移ろいでいた。自宅や高校は都市部にあるから、練習後にこんなに自然を味わうことはなくて、辛かった合宿も悪くないかなと思った。顧問の先生からも「いい根性だった」と褒められ、充実感と達成感を抱きながら帰りのバスに揺られた。



―――



 合宿の次の日は丸1日フリーで、4日遅れでいよいよ夏休みが始まった。


「……寝すぎた」


 しかし合宿の疲れで、昼過ぎに起きてご飯を食べた後にまた寝て、気づけば夕方になっていた。実に空虚な夏休みだと感傷に浸っていると、まだろくに片づけず床に放置されたリュックサックのそばで、これまた適当に放置されていたスマホのランプが点滅しているのに気がついた。

 今日は寝てばっかりで何にも刺激がなかったから、退屈が紛れるのではないかと少しワクワクしながら画面のロックを解除する。


「着信あり……赤羽から!?」


 通知のあった時刻と現在の時刻を見比べると2時間以上も間が開いていた。急いでコールバックする。寝起きの頭が一気に赤羽で埋め尽くされる。最初の電話で出られなくてごめん。だから私を嫌いにならないで。

 無機質な発信音が恐怖を煽ったけど、赤羽はすぐに出てくれた。


「ケイ?」


「赤羽!ごめんね寝てたの!出られなくてごめん、ほんとごめん!」


「いいよいいよ」


 電話の向こうの赤羽は軽く笑ってから、コホンと咳払いをした。


「ねえケイ」


「なに?」


「リレーは出たい?」


 一昨日の夜に4人で話したことの続きみたいだ。私の答えは決まっている。


「赤羽が出たいって言ってたんだから私も出たい。今度は失敗しないから、一緒に頑張ろうよ」


「…………ん、わかった。それじゃまた明日ね」


 テロンと音が鳴りあっけなく通話が終了した。

 まだ筋肉痛の残っている肩をうーんと伸ばして、明日の練習を思い描く。私が三走で赤羽が四走。合宿で根性がついた気がするし、今度こそ赤羽に追いついて見せると決意を固める。



 案外と自分がリレーや陸上を楽しんでいることと、赤羽のリレーや陸上に対する思いを知らないまま1日を終える。

 そして私が赤羽に触れて拒絶される、運命の日を迎えた。


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