その7
ケイ視点になります。
1学期の末ごろ、夏休みに合宿があると聞いて、「バーベキューとかキャンプファイヤーとかするんですか、楽しそうですね」と言うと、私以外の3人が固まった。その後みやさんは困ったような笑みを浮かべ、春香さんは去年の合宿を思い出したのか顔が青くなっていった。
がっつり練習するとだけ聞いて、具体的にどうなるかとかは教えてくれなかった。
そして1日目の午後の練習を終えた私は、今までで一番きついメニューをこなしボロボロになっていた。山間部に建てられた屋根付きの競技場から坂を下った先にある宿舎へ向かう。手入れの行き届いていない車道の脇からはジクジクと名前の知らない虫の鳴き声が響いている。
「これがあと3日もあるの?」
沈んでいく夕日が最後の輝きを放つように、私の体力も底をつきかけている。リュックサックが重い。
「そうだよ。頑張ろうねケイちゃん」
春香さんも疲れてはいるんだろうけど、声の調子はなんだか軽くて、余裕があるんだなと思った。赤羽と一緒にお喋りをしながら前を歩いている。
「みやさん、大丈夫すか」
前の2人に比べ、後ろを歩く私とみやさんの足取りは重い。今にも置いて行かれそうだ。
「……はい、大丈夫です」
「……うす」
先輩後輩の区別もつけられないほどみやさんもボロボロになっていて、これ以上の会話はなしで2人でトボトボと歩を進めた。
2段ベッドが2つあるだけの部屋に帰り、休む間もなく入浴と夕食を済ませた。
赤羽と一緒にお風呂に入るからどきどきするかなと思ったけどそんな余裕はなかった。大浴場には他校の人もいたし、とにかく眠くてだるい。大広間でぎゅうぎゅう詰めになって摂った食事も、食べなきゃ死ぬと思って無理やり詰め込んだ。
「疲れた」
ようやく自由時間になり部屋に戻る。赤羽とのじゃんけんで負けて2段ベッドの下の段を取られたから、何とか梯子を上って布団に寝転がる。使い込まれた敷布団は平べったくなっていて寝心地が良くない。
下のベッドに腰かける赤羽が口を開く。
「それ何回目?」
「だって疲れたもん」
「マッサージしようか?」
「いいの?」
「いいよ」
「本当にいいの?」
「いいってば」
私なんかがマッサージをしてもらう側になっていいのかという負い目を感じる。赤羽が私を受け入れてくれたあの日から、私は赤羽に対して特別な好きの気持ちを持っているけど、それと同時に赤羽に迷惑をかけていやしないだろうかという不安もある。
以前だったら、「それでは遠慮なく」と赤羽のベッドに侵入しているだろうけど、今日なんかも恐る恐る梯子を下りて「お邪魔します」と一言間を置いてベッドにうつ伏せになる。動きのぎこちなさは練習の疲れのせいか緊張のせいか。
「足の裏からするね」
「お、お願いします」
既に筋肉痛になりつつある足がほぐれていく。とても気持ちがいい。
「……」
「……」
足の裏を指圧した後は、ふくらはぎをタオル越しでこするようにマッサージをする。
これも気持ちがいいけど、さっきからお互いに無言で、タオルが擦れる音だけになっているのが気になる。赤羽は今なにを考えているんだろう。
「ねえ赤羽」
「んー?」
「合宿って楽しい?」
赤羽の手が止まる。タオルのしゅっしゅっと擦れる音がなくなり、一瞬無音になる。
「楽しい。うん、楽しいよ」
「こんなにしんどいと思わなかったよ」
「フフ、でしょ」
赤羽が私のかかと辺りにまたがる。今度は太ももの裏もほぐしてくれるらしい。すると赤羽は私のハーフパンツをたくし上げた。下着のぎりぎりまで脚の付け根が露出する。
「あふっ!」
「ちょっと!動かないで」
「だって」
すぐにタオルが敷かれて、再び赤羽の手が上下に動く。
「そういえば春香さんとみやさんは?」
「中学の同級生に会いに行くんだって。さっき言ってたじゃん」
「へえ」
道理で部屋が静かだったわけだ。じゃあ今は部屋に二人きりか。
くたびれて思考がまとまらない。意識が私の腿に触れる赤羽の手を通して、そのまま赤羽の顔付近まで上がっていく。
「ねえ赤羽、キスしよっか」
「っ!」
あ、私から言うのは多分初めてだ。赤羽に迷惑をかけるだろうかとビビっていた私は、練習の疲れと赤羽のマッサージぐらいであっさりと覆ってしまった。
「いいの?」
私は体を起こしてベッドで足を崩して赤羽と向き合う。肯定の意思を示すため、こくりと頷き目を閉じる。
しかし中々赤羽の気配が近づいてこない。
「ケイの方から来るんじゃないんだね」
「あ、ごめ……んぐ!」
目を開けると、もうすぐそばまで赤羽が近づいて来てて、中途半端に開いた私の唇を、赤羽の舌がこじ開ける。反射的に目を閉じると私の口の中で赤羽の舌が動いているのが分かった。時々口の隙間から息が漏れる。
「っ、はっ、んっ!」
「~~っ!!!!」
いつもはすぐに離れるのに今日はその何十倍も長い。そして今までのキスとは違って、お互いの舌が絡み合う。
眠気が吹き飛び血液が沸騰したんじゃないかと思うほど全身が熱くなる。
「……」
「……はぁはぁ」
やばいやばいやばい。これはいけない。
思わず壁際まで移動して赤羽と距離を取る。
その時、ガチャっとドアが開いた。
「お、相変わらず仲良しだね」
「春香さん、みやさんおかえりなさい」
「そそ、それほどでも」
赤羽の顔つきはあんまり変わってない。でも私の顔は鏡を見なくてもわかる。熱を帯びて真っ赤になっているはずだ。少しでもバレないようにとシャツの首元に顎をうずめる。
「そろそろ寝ようよ」
春香さんの後ろについているみやさんは目をこすって、今にも倒れそうに体がゆらゆらと揺れていた。
赤羽のベッドから出る直前、赤羽が私に耳打ちしてきた。
「合宿中はこれでよろしくね」
梯子から滑り落ちそうになりながら上段に移動する。みやさんが向かい側の2段ベッドに入り、春香さんの合図ですぐに部屋の電気が消された。
マッサージのお礼をすることも忘れ、寝ることだけを考える。




