34 戦慄の夜ー3
ずっと考えていたんだけどね、とクレイは自分を指さしながら言う。
「六日前、もしかしたらゴルビーは王都を陥落させに来たんじゃなくて、私を助けに来ていたのかもしれないの」
「……助けに? ゴルビーがクレイを?」
「そう」
「でも、あいつは俺たちを殺そうとしてたぞ」
「確かにそうね。だけど同時に、ゴルビーはやたらと私を連れ去りたがっていたわ。セラクに、私を地面へ置くように促したりしていたし、なにより、あいつは頭に「ずる」が付いてしまうけど、一応賢くはあるのよ。あの程度の戦力でこの街を落とせるとは思わないでしょうし、十分な戦力が集まらなかったら攻め込もうとはしない。そういう奴よ」
「だとしてもだ。お前たちは仲が悪いんだろ? ゴルビーが王都に来た時『それだけは絶対に無い』ってクレイも言ってたじゃないか」
「言っていたわね。じゃあ、言い方を変えましょうか。『ゴルビーは私のために私を助けに来た』のではなくて『アルジーラお姉ちゃんのために私を助けに来た』のよ。あいつは昔からお姉ちゃんを慕っているから――というか、好きなのかしらね」
そんな背景があるならまぁ、納得できない理論ではないが……。
「だったら、ゴルビーが反魔王派に所属してアルジーラと敵対しているのはおかしくないか?」
「それは多分、【ハッドグレーオーク】という種族自体が反魔王派についてしまったからじゃないかしら。一族を裏切るのは重罪だから、ゴルビーも仕方なく従っているのだと推測するわ」
「……なるほどな。王都に他の魔族を誰も連れてこなかったのは、あいつの独断だったから、と」
「そういうこと。だからまだ手段は残されているわ」
と、クレイは自信満々に宣言する。
「セラクが王都の外に出てアルジーラお姉ちゃんを捜しだして『ゴルビーにもう一度王都に向かうように頼んでください』とお願いするのよ」
「え?」
俺がアルジーラに、ゴルビーに、クレイを助けるように……え?
「……ややこしいな。待てよ、つまり、アルジーラがゴルビーに『クレイを助けて』と頼めばゴルビーは承諾するだろうから、俺がアルジーラとゴルビーを会わせればいいのか?」
「そういうことになるわね」
「うーん……」
だけど、その肝心のアルジーラの居場所が分からない上に、俺が王都を出るとクレイを一人で残してしまうことになる。とはいえそれしか選択肢は――
「セラクいる!? クターニーたちにクレイちゃんが捕まって――なにこれ……」
「……!?」
不意を突くようなタイミングで、リビングの方から声がした。エリティアだ。エリティアの声だ。
どうやらリビングの惨状を目にしたらしい。
「これって、血……!?」
バタン、とここへ続くドアが開け放たれた音がした。まずい。血の跡を辿ってきている。
「ま、まずいぞクレイ。エリティアがここに来る!」
「それがなにか問題? ちゃんと服は着てるわよ」
「着てようが着てまいが俺たちが二人同時に風呂場にいたらダメだろ!」
せめてもの抵抗として、俺は脱衣所に戻って戸を引いた。これでクレイは風呂場。俺は脱衣所と、一応、別々の空間にいることになる。そこでちょうど、廊下を歩く足音が止まり、目の前のドアが勢いよく開けられた。
「誰かいな――ってあれ……セラク?」
さきほどの俺と同じように、目に見えて戸惑うエリティア。
「……よお」
「『よお』じゃないでしょ! さっきお城で聞いたんだけど、クレイちゃんがまた捕まっちゃったんだよ!」
「大丈夫だ。それは別人らしいから」
「別人って……じゃああの部屋は?」
「ああ、クレイが料理に失敗してあんな感じになったらしい」
「……そっか。何かあったわけじゃないんだね。よかった。……それで、クレイちゃんはどこ?」
「この中だ」
「入浴中ってこと? そもそもセラクはどうしてここにいるの?」
「家に帰ってきてお前と全く同じ反応をしたからだ」
「……ということは、ここ開けたの?」
と、エリティアは風呂場を指さす。
「……いや、まさか。……さあ、とりあえずリビングに戻って今後の話を――」
「――開けたわよ。思いっきりね」
そう言いつつ、ガララッ――と戸を引いて風呂場から出てくるクレイ。
なんで今出てくるんだ……。
「そうなの? ……セラク、私は不本意で人のお風呂を覗いたことよりも、それを隠すことの方がやらしいと思うなぁ」
「……俺もそう思うよ」
我ながら同感だった。
「ところで、クレイちゃんはどうして服を着たままお風呂に? あ、魔族の間ではそういう風習があるのかな?」
「そんな間抜けな習わしはないわ。色々あったのよ。それより、私が捕まったというのはどういうこと? セラクが焦って帰ってきた理由もそれ?」
「……ああ。兵士の会話を立ち聞きしただけだから詳しくは知らないけどな」
「だったら私から説明するよ」
お城の門番さんから仕入れた確かな情報だから、とエリティアは軽く挙手した。
「今日の午後、王都の周辺を見回っていたクターニーとカサマが一体の魔族を見つけたの。王都にかなり近い場所にいてね、密かに侵入しようとしていたみたい。それで、二人はこの魔族と戦闘になって勝利し、生かしたまま城に連行してきたんだって」
「ふうん。で、エリティアとセラクは、その魔族がこの家から逃げ出した私だと思ったの?」
「だってその門番さんがね『流れるような美しい銀髪で、とても綺麗な顔立ちをしていた』――って言うんだよ。クレイちゃんのことだと思うじゃん」
「……そ、そうね。無理もないわ」
これでもかと手放しに褒められ、たじろぐクレイ。エリティアは本当に、性別問わず年下を手玉に取る能力に長けているな。それを無意識でやっているんだから恐ろしい。
「だけど今日捕まったのが人違い――ああ、魔族違いとなると、一体誰なんだろうね。クレイちゃん、心当たりとかある?」
「銀髪の魔族なんてたくさんいるけど、雰囲気が私に似てるとなると、妹のティア、レーム、クネート辺りかしらね。ただ、あの子たちはそんな無謀なことはしないわ。だから逆に、私の姉妹の中でこんなことをしそうな人を挙げた方が早いわね……」
と、何故か苦い表情を浮かべ、クレイは言う。
「……見た目は全く……というか、身体つきは全く似ていないんだけど……私にはね、妹たちのことが大好きでたまらない姉がいるのよ。妹たちのことになると周りが見えなくなってしまうくらい、私たちを溺愛しているお姉ちゃんがいるの。もしその人が、私がここに捕まっていることを知ったら……一人でも来ちゃうかも……」
「…………」
待て、待て、待て。まずいぞ。
「ク、クレイのお姉さんは何人いるんだ? 妹はたくさんいるみたいだし、姉も三、四人いるよな?」
「……一人よ。私は次女だから」
「…………」
なんてことだ。
よりによって、お前の姉もそのタイプなのか……。




