35 深夜の王城
「なんか、昼間とはかなり雰囲気が違うね。足音もよく響く気がする」
「ああ。そうだな」
カツン、カツン――と。
静まり返っている城内に俺とエリティアの足音が反響する。
時刻は午前二時。地下牢へと続く階段を目指して、俺たちは王城の通路を歩いていた。
クターニーとカサマに捕まったという――ある魔族に会うために。
日中は二名の兵士が地下牢の前に常時駐在しているため、その魔族に会えたとしても込み入った話ができない。よってこの時間に忍び込むこととなった。
……それにしても、だ。
「やっぱり、エリティアは今からでも引き返した方がいいんじゃないか」
俺は自分の隣を歩くエリティアに向け、小声で話しかける。
ごくごく当たり前のことではあるが、誰の許可も貰わず深夜の城に入りこむのは重罪だ。それに彼女を巻き込むつもりはなかったので、クレイ共々家で待っていてもらうつもりだったのだが……。
「いいの。一度関わった以上、私も最後まで付き合いたいから」
「それ、さっき家を出る時にも聞いたぞ」
「セラクが聞かなくなるまで何度でも言うよ」
「……あっそ」
こんな感じで、エリティアは頑なに譲らなかったので、こちらが折れて同行してもらうことになった。
「セラク、そんな『こいつ面倒な女だな』みたいな顔しないでよ。いくら夜中で人気が少ないとはいえ、地下牢には見張りの兵士がいるんだから、それを引き離す人間が必要でしょ?」
「そんな顔はしてない。……ただ、見張りもどうせ一人だけだろうし、俺だけでもなんとかなると思うんだがな」
「でも、今から会う魔族は鎖に繋がれているんだよ? もしここから逃がす場合、鎖の術式を解除しないといけないでしょ?」
「それは俺の家に着いてからの方が安全じゃないか? 自宅まではとりあえずクレイの時みたいに抱きかかえて行けば……」
いや、あいつが特殊なだけで、普通は人間に運ばれるのを許容する魔族なんていないか。
意見変更。
「……そうだな。エリティアが来てくれて良かった」
「でしょ? そんな露骨に『俺の仲間は頼りになるなぁ』みたいな顔しないでよ」
「してない。そもそも兜を被ってるから表情は見えないだろうが」
「アハハ、そうだね」
と、エリティアは楽しそうに笑う。
実際、一人より二人の方が融通が利くことは確かだ。
とはいえ。
「……なんだかんだ言ってもさ、勇者のパーティに所属している人間が城に不法侵入するのはマズくないか?」
「だからいいんだって」
「こんなことしてるってバレたらクビだぞ」
「平気。私もう無職だから」
エリティアは言った。
会話の流れを止めることなく、自然に――不自然なことを。
「……え? どういうことだ?」
「言葉通りだよ。今日、ラミス団長と会った帰りに私が王様に呼ばれたでしょ? その時に直接告げられたの。『エリティア・リートルタイム、君は今日限りで勇者パーティの選抜メンバーから抜けてもらう』って」
「理由は? まさかクレイを逃がすのに加担したのがバレたのか?」
「ううん。『セラクがいなくなった以上、次は攻撃魔法も併用できる万能型の回復魔術師を募集することにした』とかなんとか」
「……ああ、なるほどな」
回復魔法に特化し、戦闘中の仲間のサポートや自衛の手段を持たない彼女は、通常のパーティでは持て余す。
弓を獲物にしており遠距離からの攻撃が得意なカサマ。長刀を使っての近距離戦を主とするクターニー。未定が一人。全体のバランスを考えれば戦闘に参加できる魔術師を追加したいと思うのは妥当なのかもしれないが、だからといってこうもあっさりと切り捨てるのか。
「……世知辛いな、なんか」
「本当だよね。明日からどうしよう」
「だったら……」
「ん?」
「いや……なんでもない」
俺は、その先を言葉にできなかった。
――だったら、クレイや俺と一緒に来ないか――
それを口にするのはあまりにも無責任な気がした。
今まで行ってきた旅とは違う。人間と魔族の関係を取り持つための旅。生半可な気持ちで誘ってしまうのは――失礼だ。
なにより、まだ王都から出られる保証がない。
クレイが言うには「捕まっているのがお姉ちゃんじゃなければ、セラクたちは王都の外にお姉ちゃんを捜しに行ける。それで無事に見つけてゴルビーと会わせることができれば、もう一度あいつが王都に来て、私も転移魔法で脱出できる。……だけどもし、お姉ちゃんがここに捕まっているというようなことがあれば詰み――いえ、もうアレに賭けるしかないわ」だそうだ。
アレ、というのが何なのかを尋ねると、クレイは「申し訳ないけど言えないわ。私にも良心というものがあるから、他人の名誉を傷付けるのは心が痛むというか……」と表情を暗くした。
あまりに苦い顔をしていたので詮索はできなかったが「賭ける」とまで言っているので大方、手段と呼べるような代物ではないのだろう。
さて、一体どうなるか……。
「……ストップ。セラクはここに隠れてて」
地下牢へと下りる階段の手前、通路の曲がり角でエリティアは立ち止まった。
「私が先に下りて兵士を連れ出すからその隙に会ってきて。十分くらいなら稼げると思う」
「ああ、分かった」
「じゃ、あとでまたここで合流ってことで。鎖の解呪もその時ね」
そう言い残し、エリティアは地下牢へと下りていった。それから一分もしないうちに兵士と共に通路へ上がってくると、足元がおぼつかないエリティアを兵士が支えながら、二人はどこかへ歩いて行った。どうやら泥酔して寝ぼけている風を演じているらしい。ということは、連れていかれたのは来客用の部屋か。……よし、急ごう。




