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33 戦慄の夜ー2

「お前、な、なんでここに……」

「いやいや! それはこっちのセリフでしょ! なに堂々と入ってきてるの!?」

「……どういうことだ。どうしてクレイがここにいる」

「そりゃいるでしょうよ! 服! 下着! そこにあるでしょ!? 見えなかったの!?」

「いや、そういうことじゃなくて……お前、クターニーたちに捕まったんじゃ……」

「……? それをセラクが助けてくれたんでしょ? 時系列がおかしいわよ?」


 ……なんだか会話がかみ合わない。


「お前、今日ずっと家にいたか?」

「いたわよ。そういう約束だったじゃない」

「誰とも会ってないのか?」

「ええ、そうだけど」

「じゃあ、リビングの血と焦げ跡は?」

「あー……」


 目を逸らし後ろめたそうに、バスタブで顔を半分ほど隠すクレイ。


「……セラクに夜ごはんを作ってあげようと思ったんだけど……火加減を盛大に間違えて部屋が焦げて……あと、ナイフでスパッと指を切ったわ。顔が煙で真っ黒に汚れたから、一度お風呂に入りなおしてそれからリベンジしようとしていたところなの」

「お前な……」


 身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「ご、ごめんなさいセラク。わざとじゃないの。料理がインフェルノを制御することより難しいとは思わなくて……」

「まぎらわしいぞバカ……どれだけ心配したと思ってるんだ……それに、謝らなきゃいけないのは俺の方だ」

「……どういうこと?」


 困惑気味のクレイに、俺は言う。

 言わなければならない。

 伝えなくてはならない。


「……王都に張られている魔力障壁は、内部からだと魔族の魔力を感知して通さない造りになっている。だから、クレイはもう王都から出られない」

「出られない……? 私が? ここから?」

「……ああ、すまない。俺のせいで取り返しのつかないことになってしまった……」


 クレイに合わせる顔はない。俺は頭を浴室の床につけ、謝罪した。


「ちょっ……なにしてるのよ……」

「すまない。もう償いようのないことだ。俺にはこれくらしかできない」

「……セラク、顔上げてってば」

「俺がお前をここに連れてこなければ、あの時、多少強引にでも追い払っていればこんなことにはならなかったのに……」

「……ハァ。まさかセラクは、そういう『もうどうしようもない罪悪感』を持っているのが自分だけだとでも思ってるの?」


 と、クレイは呆れたようにため息をついて浴槽から出た。


「そのまま床を見つめてなさい。まだ顔を上げちゃダメよ」


 ヒタヒタと足音を立て俺の横を通り過ぎるクレイ。肌と布が擦れる音がする。身体を拭いて服を着ているのだろうか。


「今日は黒いブラウスでよかったわね。白だったらもっと汚れが目立っていたわ。……セラク、見たいなら見てもいいのよ? それが私の着替え程度で揺らぐ罪悪感なのであれば」

「……なにしてるんだ、お前」

「だからそれはこっちのセリフよ。そんな風に謝られても困るんだから。……これでよし、と」


 やがて服を着終えたのか、クレイは土下座をしている俺の前に立った。


「セラク。今、あなたの目の前に立っているのは、あなたを『勇者』の座からから引きずり降ろして、あまつさえ『セラク・ラーミック』という一人の人間まで死亡させた罪深き魔族よ。もう死んだことになっているんだから、これからは生きづらくなるわ。人前では兜を外せないし、言及されたらその度にごまかさなくちゃならない。セラクがそうなってしまったのは――まぎれもなく私のせいじゃない?」

「違う。それは俺の自己責任だ」

「じゃあ私もそうよ。勝手にお城を飛び出してセラクたちの前に現れて、何度負けても食い下がっていたんだから、それは自己責任以外の何物でもないでしょ?」

「……父親の仇だぞ。何度だって立ち向かうのは当たり前だろ」

「短絡的過ぎるわ」


 クレイは言った。


「『戦う理由がどれだけ急ぎのものだろうと、普通はしっかりと準備を整えてから向かうもので、無鉄砲に飛び出すのは自殺行為だ』……フフ、あの時と言っていることが逆ね。私たち」

「…………」


 地下牢に囚われていたクレイを逃がそうとしたあの日。俺が彼女に言った言葉。

 それを突き返された。

 ……それでも。


「……お前に非はない」


 あるわけがない。


「まったく、強情なのね。……いいわ、両成敗で終わらせる気がないというのなら一つお願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」

「……ああ。俺にできることならなんでも」

「そう。じゃあ――」


 ぐいっ、とクレイは俺の頭を掴み、無理矢理顔を上げさせた。

 そして、何時にもなく真剣な瞳で俺を見つめ――


「私、魔王になろうと思うの」


 そう言って。


「だから――ずっと私と一緒にいて?」


 そう続けた。


「……は?」


 今のはどういう意味の「だから」だ……?

 言葉の前と後ろが繋がっていないような気が……。


「クレイが魔王を目指すのに、どうして俺が一緒にいる必要が……?」

「理由は二つあるわ。まず一つ目。私は人間と魔族の間に友好的な関係を築きたいの。数日間この街で暮らして、人間に対する印象がかなり変わったわ。それで実感したんだけど、一番手っ取り早いのは相手を知ることね。現状、お互いに素性の知れない敵と戦っている感じだもの。そりゃ関係は改善しないわよね。だからまずは、セラクを魔族の皆に会わせたいなぁ、と思って」

「……なるほどな」

「つまり私とセラクがの立ち位置が逆になるわけ。ただ、私はここでは正体を隠して生活していたけど、セラクは自分を『人間』だと明かして皆と付き合うの。『人』というのがどういう生き物なのかを分からせる必要があるから。はい、これが一つ目よ」

「……二つ目は?」

「私がセラクと離れたくないから」


 即答するクレイ・ニアヴェルディ。

 少しのためらいもなく、堂々と。


「この数日間は悪くなかった――いえ、むしろ楽しかったわ。だからよ。だからずっとセラクと一緒にいたい。ただそれだけ。質問は受け付けないわ」


 そう言う。


「私は魔王を目指すから、セラクにはそれをサポートしてほしいの。この無茶なお願いを――聞き入れてくれるかしら?」

「…………」


 断るつもりはない。

 ……ないが。

 それは到底叶う目標ではない。

 王都にいる限り、決して叶わない。


「……クレイ、それは俺が聞き入れたところでどうにも――」

「『はい』か『いいえ』で答えてほしいわ。どっちかしら?」

「……はい」


 有無を言わせぬ圧に圧され、俺は頷いた。


「そう。それじゃあ、これからもよろしくね――セラク」


 と、満足げに微笑むクレイ。


「……クレイ、もっと実用的な願いがあったんじゃないか。どれだけ償っても償い切れないのは分かっているけど……こんな約束は無意味だ」

「ふふ、そうでもないわよ?」

「……?」

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