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覚悟

 「マルチ様、此方を営業部の方に持って行って頂きたいのですが・・・」

「承った。チバ隊長との交代の際に営業部へ立ち寄ろう。」

それから数日後、レコメンドとガーネットの言葉に心を打たれたサンビタリアは自室の机に齧りつくように向き合い、次の入社試験に向けて試験勉強をしていた。狙うのは、単純な仕事だがそれなりに学がなければ出来ない事務部、貴族令嬢として受けたマナー等の教育を生かせるかもしれない営業部、黄金族の対策で増員が必須になる防衛部隊である。

ここ数日のサンビタリアのやる気は凄まじいものがあり、ガーネットや護衛の防衛部隊員が止めなければ、寝食すら忘れて四六時中机に向かっているほどだった。

というのも、赤目製薬は営利団体だが、福利厚生にもかなりの力を入れている企業だ。

サンビタリアたちが居る本社は勿論のこと、帝国だけでなく世界各地に点在する支社の内部には病院が併設されており、他の病院で匙を投げられた患者を数多く受け入れている他、亡骸島のような産業に向かない不毛の土地の開発を援助、更には貧しい子どもたちへの食糧支援や学習支援等も行っている。

ともすれば、1部の地域や家庭では国家政府よりも信頼されている赤目製薬での仕事は、皇族・貴族の仕事とは違うものの民を守ることに繋がる仕事と言えた。

その上、赤目製薬の代表は夫のP2である。サンビタリアをやる気にさせる材料は充分以上にあった。


 そうなってくると、他人事ではいられないのがガーネットである。

自分が焚きつけたようなものであるため強く止めることは出来ないが、かといってサンビタリアが過労で倒れでもしたら大事だ。それに、主が働くために勉強しているというのに従者の自分が横で立っているというのも、ガーネットには看過しがたいことである。

ガーネットは直ぐ隣に机をくっつけてサンビタリアと2人仲良く入社試験勉強に明け暮れることになった。


 主従仲良く机を並べ、資料を食い入るように読んだり狂ったようにノートに走り書きをしたりしていると、コトリッと机の端にコップが置かれた。コップにはブラウンの温かいミルクココアが入っており、湯気が立ちこめていた。

それでも気がつかないまま、資料とノートに向かっているサンビタリアの肩をトントンッと優しく叩く男が1人。サンビタリアが何事かと見上げた先にはP2が居た。

「ぴっ!ぴぃつぅ様!?」

「サンビタリア嬢が随分気合いを入れていると噂を聞いてきたのだが・・・確かに精が出ているな。」

いきなりのP2の登場に驚いてピンッと背筋を伸ばすサンビタリアにP2は「そう、気を張らなくてもいい」と笑い、机に置いたココアをもう一度手に取って差し出した。

「あ、ありがとうございます・・・あっ、美味しい。何処のブランドですか?」

「赤目製薬だ。栄養健康食品部の試作品だよ。」

「成程、サファイア様たちの・・・」

食品を専門にしている企業では無いにも拘わらず、高いクオリティーを誇る赤目製薬健康食品部の企業努力に感心しつつ、サンビタリアはまたゆっくりとコップに口を付けた。

口にした瞬間、脳髄が蕩けるようなチョコレイトの甘味とミルクのまろやかさが混ざり合い、運命の赤い糸に繋がれた2人が出会ったかのような奇跡の相性の良さが生み出す、絶妙な味わいを感じることが出来た。

「・・・その、すまなかった。」

突然、P2は母親に悪戯を告白する少年のようにバツの悪い顔で謝罪の言葉を口にした。

何故謝られたのか少しも分からないサンビタリアが頭に疑問符を浮かべていると、P2は静かに半歩だけサンビタリアへと近づいた。

「サンビタリア嬢を放っておくような真似をしたことだ。経緯はどうあれサンビタリア嬢は俺の妻で、しかも傷ついていたのに・・・私は仕事ばかりで構うことすらあまり出来なかった。」

「いっ、いえ、お仕事は仕方ありません。それに・・・・・・私が傷ついていたからそっとしておいてくれたのでしょう?赤目製薬の社員の皆様に教えて頂きました。「社長は優しい人だ」と・・・」

「・・・だとしても、サンビタリア嬢を放っておいた事実は変わらない。」

気恥ずかしいのか、P2はムスッとした怒り顔のようにすら見える奇妙な笑みで答えた。

口の端が小さく笑っているのを目聡く見つけ、恋する少女サンビタリアの胸も高鳴った。


 「・・・時にサンビタリア嬢、黄金族の脅威が迫っていることを知ったと聞いているが、不安はないだろうか?」

P2が話を強引に切り替えるようにして出した話題だが、サンビタリアの元にやって来た本来の用事の1つでもあるのだろう。咄嗟に出た話をするにしては、P2は鋭く真剣な目付きでサンビタリアを見つめたていた。

「確かに不安が無いと言われれば嘘になります。今までの私にとっては縁遠い物騒な話ですから。」

「ならば、何故防衛部隊の試験を・・・?」

「不安ですが・・・・・・それが現実に民を苦しめている脅威であるのなら、私は誇りを持って立ち向かいたい。罪人の身分まで落ちぶれた私ですが、心は貴族のままでいたいですから。」

P2は大企業の社長という身分であるが、貴族では無いし、取引相手も平民の方が多かった。

なので貴族という生き物をあまり知らなかったP2だが・・・今は亡骸島の住人となったサンビタリアに本物の貴族の姿を見た気がした。

「そうか・・・サンビタリア嬢が本気で考えて出した答えなら口を挟むのは野暮だな。」

P2は目の前の少女のことをもっと知りたいと、義務感や優しさでは無く、本気の心でそう思った。

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