第53夜(学園編) 騎士団長代理
前回のあらすじ
シヴァリエの学園生活ー。
アルフレッド・ペンドラはその日、緊張していた。
全ては隣にいる人物のせいであり、おかげであり、その為である。
他の同じ騎士からすれば、お前良いなあと言われるか、お前死ぬなよと言われるかの二択。羨望と絶望、そんな相反する意見を言われる、そんな人物の隣にいた。
スフィア・カルマン嬢など目ではない。というよりスフィア嬢といるよりこちらの方がよっぽどいいのが本音だ。だが、国王陛下とこの方なら、圧倒的に国王陛下といる方がだいぶマシだ。そこには天と地ほどの差がある。そんな方なのだ。
艶やかな黒檀の髪、鋭い剣呑とした琥珀色の龍を思わせる瞳、そして、施政者然とした、その佇むだけで分かるほどの覇気。
アルフレッドは息を飲みながらも、その人の3歩後ろを歩く。
この方と出会ってから約7年。
かの人の肩書きは騎士団長代理。
宰相ルークが就任して、すぐに擁立した前任コゴウ騎士団長と後任の騎士団長の中継ぎ。
名前は明連・ヘツギショウ
貴族の中でも、つい数年前まで閑職とされていた外務大臣の家系の人物。他国と断交しているフローレンスにとって外務大臣はその開国以来から不要の役職だった。ならば、何故外務大臣という役職があるのかとすれば、ヘツギショウという貴族の特異性がある。
所謂、諜報機関。
他国の情報を集め、それを国王に報告する義務のある貴族。故に、外務大臣という名を盾に国から唯一他国との繋がりを持って良いと許可されている。
しかし。
その外国とは魔人や獣人などフローレンスの人間が理由もなく毛嫌う異種族がいる国のことを指す。
だからこそ、腐っていた数年前までのフローレンスの貴族は唯一異種族と関われるヘツギショウの人間を差別した。
「触ったら穢れる」だの、「その血には異種族の血が流れている。」だの、随分な差別っぷり。其の内、今から数代前のフローレンスの貴族とその国王は寄って集って外務大臣の仕事やヘツギショウの領地を奪い、外交官として出向させる形で国から追い出した。
それ以来、ヘツギショウの一族は世界中を流浪しつつ、数年に1度、国に他国の内情を報告する、過酷で残酷な閑職と化した外務大臣として生きることとなった。
そんな状況が変わったのは、やはりあの8年前だった。
戦争によって大損害を出したフローレンスは次なる窮地に陥っていた。
獣人の国、アグルの侵攻である。魔族が大勝したのを聞いたアグルは魔族の侵攻で疲弊したフローレンスを狙うように侵攻を開始した。
当時の宰相グローゲンや、ルーシフーの乙女であるスフィアでも対戦を回避出来ない状況で、騎士団長がいないまま邁進していた騎士達の精神をぽっきり折る程の突然の奇襲だった。
だが、その侵攻は犠牲者を互いに出さずに一夜にして休戦協定を結ぶことになる。
それが明連・ヘツギショウがフローレンスの歴史に登場する最初だった。
獣人が国境を超え、今に荒れ果てたフローレンスを更に蹂躙しようとしたその時、その瞬間、その瞬きに等しい時間。
獣人の軍の半分が死んだ。
未だに伝説と称される偉業であり、神話である。
国の騎士団がボロボロの状況で出陣した先で、既に敵軍勢の大半が死に、そんな死体の山の上にたった1人、人間が無傷で立っているのである。
敵も味方も思わず呆然とする。
そして、その人間はキセルを片手に言ったのである。
「死ぬ覚悟は出来ているか?」
敵軍勢は次の瞬間、全滅した。
剣、一口。
たったそれだけが魔法を帯びて一閃、振り下ろしただけで軍勢を始末したのだ。普通の人間や獣人ならば30年かかっても終わらないだろう状況を一瞬で、フローレンス側の大勝にしたのである。
圧倒、一方的な展開‥‥それが成立する実力。
恐らく、この時、騎士団長コゴウがいれば、喜んで騎士団長役職を放棄し、彼にその剣の指南を頼んだだろう。それほどまでに、この日。
フローレンスで最も最強は誰かという答えを覆らせる存在が現れたのだ。
そして、彼は外務大臣としてさっさとその場でわざと殺さなかった獣人の指揮官と休戦協定を取り付け、フローレンスの更なる悲劇を終わらせたのだ。
その才能を鑑みて、外務大臣ながら宰相ルークが彼を騎士団長役職の代理として就任させるのはもはや致し方無い。
因みに代理であるのは、明連たっての希望であった。
騎士団長にふさわしい実力の者が現れたら、外務大臣に専任させてもらうという話だった。曰く、剣よりも筆。文官の方が性に合うらしい。
そんな新たなる騎士団長を、騎士団は最初こそ受け入れなかったヘツギショウの人間ということではなく、騎士とは無関係の職種の人間が騎士の長になることに酷く抵抗を覚えたからだ。明連が代理として就任するまで、激しい抵抗運動があった程に。
だが。
就任して約7年、アルフレッドはただ冷や汗をかかざるえないぐらい、この騎士団長代理に緊張していた。それは何もアルフレッドだけの話ではない。騎士団に所属する者はすべからくそうなるだろう。
彼の就任当時、8年前の戦争で数々の修羅場を体験し生き抜いた騎士達は自身の実力を過信していた。魔族相手に100人斬った奴もいた、たった一騎のみで軍勢の真ん中を突っ切った奴もいた。徒党を組んで、騎士団の彼らは彼を己が剣で拒絶しようとした。
しかし、それは呆気なく終わった。
過信どころかプライドまでへし折られた。正々堂々、真っ向から自信たっぷりに向けられた剣を向こうは練習用の木刀で徒党を組んでいた騎士を全員、病院送りにした。
「俺が騎士団長なのが代理だとしても気に食わないなら、木刀如きであっさり負けないような実力をつけて自ら騎士団長に成れ。出来なければ、ただの騎士として従い続けろ。」
それからも不服に思う何人か挑んだが、手も足も出ずに敗北した。
約2週間足らずで明連は騎士団の実力者トップ、更に誰も対等に戦える者がいないという圧倒的な存在になった。
その上、彼は妙に人を惹き付けるオーラみたいなものがあり、その剣の腕に惚れ込んだ者から徐々に集まり、騎士団内に彼の親衛隊ができた。後には、彼が選挙権を求めて騎士団に入ってきた市民に文官として行政とは何たるか授業すると、それにいたく市民達は感激し、議会内に彼を中心とする派閥を市民自ら作り、今や騎士団長代理としてだけでなく、議会内でも発言力を増していた。
呪いのようなカリスマ性、とは誰が評したか。
貴族連中はヘツギショウの人間だからと今も毛嫌いしている人間が多いが、今や、騎士という役職に関わりある人間はいつの間にか自ら彼に従い、彼の為に働こうする程に彼に惚れ込んでしまう人物が多い。その為、貴族が容易に追い出せなくなり、今までのヘツギショウの人間と同じように他国に追放することが出来なくなっていた。そして、こうなるまで代理に就任してから約1年。
1年で彼は自分の地位を確固たるものにしたのだ。
アルフレッドは目の前にいるその人の背を見る。この方とあれから何度も対戦したが未だに勝ち筋が見えてこない。むしろ、勝てるビジョンが見えない。「筋は良い。」とは褒められるが、この方を見てるとまだまだと思い知らされる。
そして、アルフレッドは今日、この彼と後に鍛錬である。
その前に一つ仕事が入ってるが、同僚からは羨望と絶望の目で見られたのはこの為である。
前騎士団長であるコゴウはやや優しめに容赦しながら、相手に合わせて鍛錬するのがスタイルだったが、この方は相手の実力のちょい上、勝てるけど気を抜けば一瞬で負けるぐらいまでしか容赦してくれない上に、きっかり1時間、猛攻撃をしかけてくる。死ぬ、1分で120回の斬撃を60分フルで受けるような鍛錬なんて死ぬ。しかも、痛がろうが気絶しようが強制的に続行するスタイルなのだ。鬼、本当に鬼。6年前、あまりの過酷さにアルフレッドが鍛錬中に失神した時、彼は魔法でアルフレッドに氷水をぶっかけて。
「立て。あと21分と20秒あるぞ。騎士として最期まで戦う気が無いのか。」
と龍の睨みを見せて、叩き起した。死ぬかと思った。
今では慣れたものだが、未だに次の日はきつい。仲間はあの鍛錬が好きだと言う変わり者と、死ぬ無理帰るぅと泣き叫ぶ軟弱者の2派閥に分かれるが、模擬戦で3時間モンスター300匹相手に一騎で挑むという訓練のとき、随分と楽に感じたので成果はかなりあると全員認めているところである。
そんな鍛錬を控えている中、明連とアルフレッドはブーゲンビリア学園に来ていた。
ここに在学中の第二王子ミカエラの剣術顧問として呼ばれたからだ。
元々歴代の騎士団長は王族の剣術顧問をしているが、代理である明連が剣術顧問をするのはどうか、との大多数の貴族達からの反発で剣術顧問を担当することは無かったのだが、ミカエラの強い希望でブーゲンビリア学園在学中のみ、剣術顧問をすることになった。
明連の鍛錬をよく知るミカエラの近衛騎士が全力で止めたがダメだったらしいことから、相当、熱望しているらしい。
そして、今。
ブーゲンビリア学園の騎士専攻の模擬戦中に2人は見学の形で参加した。
ところがそこには。
酷く憤っている様子のミカエラと、そんなミカエラと対称的に困惑している様子のシヴァリエがいた。




