第54夜(学園編) シヴァリエと王子
前回のあらすじ
騎士団長代理、ブーゲンビリア学園にやってくる。
シヴァリエは最初、何を言われたか分からなかった。
「えっと、ミカエラ王子‥‥?」
目の前にいる不機嫌そうに眉をひそめるミカエラ。その手には剣が一振り。そして、シヴァリエの方に先程、投げて寄越された剣がやはり一振り。
そして、ミカエラは怒りを噛み殺した声で半ば命令を下すように言った。
「本気を出せ、殺す気で来い!シヴァリエ・マイネス!」
そして、そのミカエラの言葉に、シヴァリエの近くにいたフィンはボソリと。
「えぇ‥‥王子を倒したら、学園で更に肩身が狭くなるんですけど‥‥。」
と呟いて、ミカエラに即座に睨まれた。
きっかけは何だったろうか。シヴァリエは頭を抱えた。
入学してから1ヶ月、シヴァリエのクラスは所謂、グループ化した。とはいっても、親同士の派閥がそのまま交友関係になり、親が嫌う家の子息は毛嫌い、親が認める家の子息だけと仲良くした。フィンがそれを見て、うへえ‥‥あれ友達同士というより同僚で集まったみたいな奴だよと言うだけあるグループ化だった。特に親の力も権力も強い第二王子や侯爵達が揃う貴族子息のグループがクラスの最大派閥として教師ですら頭が上がらない程に顔を利かせていた。
そんな、お貴族グループとは関わらない方がマシと、フィンとシヴァリエは早々に触らぬ神に祟りなしと距離を置き、そのお貴族グループがブイブイ言わせている中、教室の隅で自由気ままに過ごしていた。その頃にはお貴族グループとは関わりのない貴族や商人達とやや距離が開きながらも、話するようになった。
ちなみにユリアもまたフィン同様、巻き込まれたくないと我関せずを貫いていた。
そんなある日の騎士専攻の模擬戦だった。
実際のモンスターを模した魔導ゴーレムを使った模擬戦。
お貴族グループがゴーレムが弱すぎる、剣がなまくらすぎる、剣より勉強がしたいなど我儘放題な要求を教師にしている中、二人は真面目にゴーレム相手に模擬戦していた。
ちなみに、このお貴族グループの我儘は日常茶飯事である。この前は教師の声が耳に障る!という理由で解雇しろと大騒ぎし、教科書が分かりにくい!と魔法を使って燃やそうとし教室内でボヤ騒ぎを起こしたのは記憶に新しい。
フィンがそれを見て、ゲーム内と大差ねえー‥‥。と言っていたが、シヴァリエにはその全く意味はわからなかった。
そんな日常茶飯事と化した風景を背に、シヴァリエ達は気ままに過ごしていた。
魔導ゴーレムは陶器製の体をした魔法で動くゴーレムだ。オークの姿と行動パターンを記憶しており、新入生用に魔法で拘束されて抑えてあるものの、オークと同じ動きをする。
実際にオークと戦ったことがあるシヴァリエは、その再現度には思わず感嘆してしまった。とはいえ、新入生用なので、実際のオークに比べれば、弱すぎるが。
「15体目っと!」
授業開始から30分ほど、シヴァリエは順調に模擬戦で勝利を重ねていた。そこには清々しい笑顔がある。体を動かすのが本当にシヴァリエは好きなのだ。
フィンはその隣で汗だくになっていた。
休憩がてら二人で雑談を交わす。
「お前!本当に体力化け物だな‥‥。」
「そう鍛えてきたからね。あと、4大ドームツアーとテレビ出演と生中継を2週間でこなすより何だって楽に思えるしね。」
「‥‥確かにそうなるだろうな。」
そう話していた時だった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
絶叫に近い悲鳴が響く。
二人がそちらを見ると、そこには逃げ惑うお貴族グループの1人がいた。そして、その後ろには魔導ゴーレム‥‥よく見れば、新入生用に拘束していた魔法が解け、本物のオークさながらに暴走していた。どうやら新入生用に調整してあるのが気に食わなかった逃げ惑う彼が勝手に魔法を解除したらしい。
なりふり構わず逃げるが、終いには転んでしまい、ゴーレムに叩き殺されそうになった。
担当教師がすぐに駆けつけようとしたが、お貴族グループと敵対するグループの1人が押さえつけた。
「やめなさい!」
「自己責任だ!アイツに全部させろよ!」
足の引っ張り合いの何と醜いこと。フィンは目眩を起こしかけた。敵対するグループは今まで目立った行動をしてこなかったから、まだまともかと想えば、やはり貴族だ。
「‥‥アホか‥‥!?緊急事態になにやってんの!?」
ゴーレムを止められるのは教師だけだというのに。
貴族は全員信じない!フィンは決めた。
転んだ彼は腰も抜けたのか動けない。そんな逃げられない彼にゴーレムが拳を振りかぶったその時、ゴーレムと彼に割って入ったのは、なんと第二王子ミカエラだった。
「王子!?」
王子がここで割って入ったことで周りは騒然となる。彼が怪我すれば、責任はここにいる全員の親に問われる。教師に至ってはクビである。王子とはそういう丁重に扱わねばならない人間なのである。全員が慌て焦った。
「やめてください!ミカエラ様!!」
「無謀です!!」
「終わった‥‥。」
しかし、そんな外野に対して、そのミカエラはゴーレムを倒す気でいた。剣を構える。
脳裏に過ぎるのは8年前、母とコゴウという大切にしていた人達を立て続けに失った。あれからミカエラは強くなることを決めた。何が何でも強くなりたいと常々願っていた。この学園で自分に敵う人間はいないようだが、世界にはあの魔女のような存在もいる。‥‥そうあの魔女‥‥!!
「絶対にこの手で殺してやる‥‥!」
そう王子は暗い、黒く凝り固まった決意でゴーレムと相対する。
だが。
ゴンッと鈍い金属音がなる。陶器製のゴーレムの腕とミカエラの剣が当たった。そう当たった、それは交錯せずに当たっただけだった。そして、その瞬間、ミカエラはゴーレムに傷一つ入れられないまま握った剣を腕で弾き飛ばされ、その腕が当たった衝撃でミカエラは突き飛ばされた。
「っ!」
何も成せないまま、ミカエラはこの時、敗北が決定した。ミカエラが嘘だ!と状況が理解出来た瞬間も、ゴーレムの拳は真っ直ぐ腰の抜けた彼に向かう。
「助けてええええ!!」
情けない声が周辺に響いた。
しかし、その危機は呆気なく終わりを告げたのである。
「凍れ(iceyes)‥‥!!」
瞬間、ゴーレムは殴ろうとふりかぶった態勢のまま氷柱に覆われて凍る。それでもゴーレムは氷を砕き、動こうとしたが‥‥。
背後からそれは来た。
「強化(tempereyes)!!」
シヴァリエの剣がゴーレムの背後から振り下ろされる。それも魔法によって数倍も強化され、瞬間威力は隕石落下と同等になるレベルの剣だ。それは陶器製だとか凍っているだとか無関係になるそれ。
更に、シヴァリエは脳裏にハルトから剣を習っていた時の言葉を思い描いていた。
『教える剣は、断つことに特化しているそれだ。』
『何でもいい、斬る時に対象の何を断ちたいのか‥‥。』
『創造するままに。』
イメージ。
シヴァリエはゴーレムの、その全てをその剣で断った。
その瞬間、巻き上がる粉塵。氷もゴーレムの体も一瞬で灰燼となり、霧散する。跡形も残像も名残すら残らず、この場を騒然とさせたゴーレムはたった10秒で消えた。
「はあ‥‥間に合った‥‥。」
ゴーレムの成れの果てである砂埃が霧散していく中、シヴァリエは額の汗を袖で拭った。もし1歩でも遅かったら、死者が出るところだった。
シヴァリエは腰が抜けたまま、突然消えたゴーレムに呆然としている彼に手を差し出し、立ち上がらせた。
「大丈夫?治療室に行くことをオススメするよ。」
「‥‥あ、ああ‥‥。」
そう呆ける彼に助言して、シヴァリエはさっさとフィンの元へ帰った。周りは颯爽と助け、圧倒的な技でゴーレムを倒したシヴァリエに呆気を取られてしきりに瞬きしていたが、シヴァリエは特に気を止めず、授業に戻ろうとする。
そして、しばらくの沈黙が流れ、呆然とする彼は同じグループの人に治療室へ引きずられて行く中、教師がハッとしてシヴァリエに駆け寄った。
「すごいじゃないか!?あのゴーレムは全壊しないように魔法がかかっているんだぞ!?その魔法を捻じ伏せて君は彼を救ったのか!!」
「え?‥‥そんな魔法がかかってたんですか?」
「そうだよ!老朽化で壊れないように強力な奴がね。でも、もしその魔法を解かなかったら、彼は確実に重傷になってた。ありがとう。君は1人、この場で人を守ったんだ。」
教師は感激しきった様子だ。一方、シヴァリエは周りの視線が段々と痛くなり始めていることに気づいた。特に‥‥ミカエラの目がとにかく痛い。こちらを睨みつけるようなそれ、殺意でもあるんじゃなかろうか?
何カシタカナー?
シヴァリエは内心冷や汗をかきながら考える。そう言えば自分はゴーレムの背後を狙ったから見えなかったが、見えなかったそこで王子がゴーレムを自分の手で倒そうとしていたのでは?‥‥もしかして、所謂、お株を奪ったというあれか?
やがて酷くイライラした様子でミカエラはシヴァリエに近づき、感激しきりの教師の肩を突き飛ばしてシヴァリエに詰め寄った。
「ひえ!」
教師の小さな悲鳴が響く中、シヴァリエは青ざめた。
そして、ミカエラは言ったのだ。
「お前、今まで何度か模擬戦で対戦したが‥‥その時、俺に対して手加減していたんだな!?」
シヴァリエにとって予想外の言葉だった。
「???」
手加減していたのは確かだ。そうするべきだと言われているし、周りもそうしている。何もシヴァリエに限った話ではない。だが、ゴーレムの話だと思っていたのに何故今、手加減の話になったのかシヴァリエにはさっぱり分からなかった。
「えっと、ゴーレムの話じゃ‥‥?」
「そんな事関係ない!!」
質問したら怒鳴られてしまった。思わず萎縮するシヴァリエにミカエラは胸倉を掴む勢いで更に詰め寄った。
「さっきの魔法、太刀筋、結果‥‥!俺と対戦した時、あんな実力の素振り、見せていなかったではないか!!俺はこのクラスで1番強かった筈だ。今まで負けたことがない。だが、お前は俺が手も足も出なかったゴーレムを一瞬で倒した‥‥!つまり、今まで俺に対して手加減していたということじゃないか!!何故手加減した!?」
目と鼻の先で完全に憤っているミカエラにシヴァリエは思わず、1歩、距離を置く為に後ろに下がる。
「何故と言われても‥‥。」
どうする?ここで素直に王子は常に1番で無くてはならないという話で手加減しました☆とか話したら殺されてしまいそうである。それにクラス全員の秘密をばらす事になる。残りの学園生活が窮屈になりそうだ。
シヴァリエが考え込んでいると、そこにフィンが割って入った。
「ミカエラ王子、今回のゴーレムは緊急事態だったのです。悠長でもいられる模擬戦と一刻の猶予もない追い詰められた戦いを比べるのは少々違うかと。」
ナイスである。火事場の馬鹿力だったことにして話を逸らそうとフィンはしてくれた。そんなフィンにシヴァリエは感激したが‥‥。
ミカエラ王子はフィンの話を舌打ち1つで跳ね除け、そして、困惑するシヴァリエにミカエラは剣を投げて寄越して言ったのだ。
「本気を出して俺と戦え。」
こうして冒頭に戻る。
顔を見合わせて戸惑うシヴァリエとフィンにミカエラは内心再度舌打ちして憤っていた。
あのゴーレムの木っ端微塵具合。どう見てもシヴァリエの実力を単的に示している。自分では何も出来なかった。歯牙にもかけられなかった。
腹が立つ。
無力だとまざまざと見せつけられた。対して、シヴァリエは今まで手加減してきたと言わんばかりの実力。
王子相手に手加減なんて良い性格である。もしかしたら、手加減されてクラス1の実力者だと過信する自分を内心ほくそ笑んでいたかもしれない。
ミカエラは怒り心頭だった。だが‥‥一方で薄々は分かっている。
先程のフィンの呟き。
王子に本気を出し、そして、倒してしまったら。いくらミカエラが良くても周りが許さないだろう。王子の顔に泥を塗ったと。分かってる。自分がこの我儘を突き通せば、シヴァリエの実家まで誹謗中傷や責任追及が来ることは。
しかし、そんなことより自分の気持ちの方がミカエラは重要だった。
そう彼は若く、そして、悪い意味で生まれながらの王子。他人がどうなろうと彼には関係ない。一言で言えば、自分良ければ全て良し。我儘に育てられてきた結果のそれ。
客観的にミカエラを評すれば、自分こそが世界のルールと履き違えた、まだまだ視野の狭い人間だった。
因みに、生育環境と8年前の事件のせいでそんな人間になったのを、ゲームを知る人間なら誰でも知っている。シヴァリエは当然、知らない。
そして、この時、シヴァリエは無知だったからこその失態を犯した。
剣を取れ、と暗にこちらに睨むミカエラにシヴァリエは首を振った。
「できません。」
「はあ?」
そして、きっぱりと言った。
「力の優劣をつける為に、今まで鍛錬して来たわけでは無いです。かと言って、国を守るだとか大それた理由でもありませんが、少なくともここで貴方と剣を交える為ではありません。」
真っ直ぐにシヴァリエはミカエラを見据えた。だが、隣でフィンが不味い顔をしたのが横目に見えて、シヴァリエは自分が地雷を踏み抜いたことを悟った。
「‥‥やっちまった‥‥。」
フィンの苦々しい呟きがまるで死刑宣告のようだ。
そう、ユリアが入学式で思い出していた選択肢‥‥1つ以外は全てバッドエンドフラグという理不尽極まりない選択肢のバッドエンドフラグをシヴァリエは最悪な事に馬鹿正直に選んで、死に急ぐ結果となった。
「‥‥シヴァリエ・マイネス‥‥!!」
ミカエラは正論めいたシヴァリエの言葉に顔が真っ赤になる。
そうだろう、そうなのだろう。剣は確かに力の優劣の為に実力をつける訳ではない。ましてや王子と相対する為などではない。そうだろう。人と自分を護る為だ。
だが‥‥それは王子の言葉を軽んじたそれだ。自分をこの人間は軽んじたのだ。王子である自分を‥‥!
王子は激情に任せて、剣を手に取り、振り上げた。
「‥‥!!」
「うわあ、嘘だろ!?」
シヴァリエが思わず剣を手に取るのと同時に、フィンの驚きの声が響く。
‥‥シヴァリエは焦った。
今、剣を交えれば確実にミカエラを病院送りする確信があった。
何故ならこの時初めて気づいたが、ミカエラの剣は剣の基礎すら出来ていないようだったのだ。10歳どまりの剣術。幾多のモンスターを喜々と倒しまくってハルトに褒めてもらいに行っていたシヴァリエには赤子の手を捻るより簡単に隙をついて倒せる。むしろ、隙だらけすぎて手加減が全く出来ない。大怪我間違い無しだった。
シヴァリエは知らないが、ミカエラが剣をまともに習っていたのはコゴウが死ぬ直前まで。それ以降は、騎士団長代理である明連が剣術顧問になるのを貴族が拒否した為、身辺警護をしている近衛騎士が教えていたが、王子に怪我をさせてはいけない、彼の不興を買ってはいけない、おだてて適当にはぐらかすしかない‥‥重要人物だからこそ間違った対応を繰り返し、そうしてまともに教える事なく8年経った為、彼の剣はほぼ成長しないままだった。
迫る剣、シヴァリエは意を決して、剣を抜こうとした。
しかし。
パキンッ!!
ミカエラの剣が突如として突然現れたその人に叩き切られる。刀身が真っ二つになって、ふくら側の刀身が空高く飛んでいき、地面に突き刺さった。
予想だにしない攻撃と、その突風でも吹いたような余波でミカエラは態勢を崩し、地面に倒れる。
シヴァリエは突然の事に目を見張ったが、すぐさま元凶‥‥ミカエラの剣を斬ったその人を見た。
「‥‥怪我はないな?」
そこには先程まで使用していただろう剣を鞘にしまうその人‥‥騎士団長代理、明連がいた。




