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銀河帝国の参謀、日本で働く。  作者: sooomen


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沈黙の協定 — 「建前」の防壁と「本音」の露呈

営業二課の「付き合い残業」を圧倒的な効率化と配慮で解体し、チームの体力を回復させた奏。しかし、翌月に控える巨大クライアント「テイコク電機」の次世代システムコンペに向けた戦況は、なおも極めて厳しいものだった。

ネクスゲートのサイモン神坂は、圧倒的な資金力と開発スピードを背景に、テイコク電機の役員層へ猛烈な売り込みをかけていた。


「新渡戸くん、厳しい知らせだ……」

課長が重い口を開いた。


「テイコク電機のIT推進部長、あの頑固で有名な陣内(じんない)部長だが……ネクスゲートの『コスト50%削減』のプレゼンにかなり傾いてるらしい。うちとの長年の付き合いよりも、数字を取る気だ」


「数字……ですか」


奏は思考を巡らせた。データ上、ネクスゲートの提案は確かに魅力的だ。だが、かつてゼノビア帝国で数々の惑星統合を指揮した奏には分かっていた。表面上の数値だけで決断を下す組織には、必ず「隠された歪み」が存在する。


「課長、陣内部長との直接交渉の場を設けてください。相手の陣形を直接確認する必要があります」


「いや、それが……『提案はもうネクスゲートで固まりつつあるから、会う必要はない』って断られてるんだよ」


「……受付拒否(ブロック)ですか」

正面突破が阻まれた。しかし、奏は諦めなかった。


「佐々木殿。陣内部長の行動パターン、およびテイコク電機の現場社員の動向に関する定性データの収集を要請します」

結衣は即座に頷いた。


「任せて。テイコク電機の現場の担当者さん、うちの保守チームと仲が良いから、ちょっと『本音』を聞いてみるね」


翌日、結衣がもたらした情報は極めて興味深いものだった。

「新渡戸くん、分かったよ。陣内部長、役員会向けには『ネクスゲートのコスト削減案が素晴らしい』って絶賛してるんだけど、現場のエンジニアたちには『あんな極端な標準化をやったら、現場の運用がパンクするぞ』って愚痴を漏らしてるらしいの」


「建前と、本音……」

奏の脳内で、ふたつの概念が明瞭な図面となって結びついた。


陣内部長は、役員層に対しては「コストカッター」としての成果を示さねばならず、立場上ネクスゲート案を拒否できない。しかし本音では、現場の混乱とシステム崩壊を誰よりも恐れているのだ。


「相手は『建前』の防壁に守られ、本音を漏らせずにいる……。ならば、我が方が撃ち込むべきは『建前を立てつつ、本音の恐怖を解消する』複合弾頭だ」


奏は一気に提案書の全面改定に着手した。

ターゲットは陣内部長個人ではない。彼が背負う「役員層への顔」と「現場への配慮」の両立である。


数日後。奏は結衣とともに、テイコク電機のビルへ向かった。

受付で断られかけたが、奏は事前の「根回し」により、現場の技術責任者を経由して陣内部長とのわずか10分間のショートミーティングを取り付けていた。

応接室に現れた陣内部長は、険しい表情で腕を組んだ。


「新渡戸君と言ったね。申し訳ないが、うちはネクスゲートさんの提案でほぼ決まりだ。君たちの熱意は買うが、50%のコスト削減という数字には勝てんよ」

冷たく言い放つ陣内に対し、奏は静かに、しかし寸分の狂いもない動作でお辞儀をした。


「陣内部長。我が社はネクスゲート殿のコスト削減案の正当性を認めます。役員会の皆様へ提示される資料として、誠に完璧な『建前』でございます」


「……なに?」

陣内が眉をひそめた。


奏は素早くタブレットを掲げ、一枚のシミュレーション図を表示した。


「ですが、ネクスゲート殿の『完全標準化』を導入した場合、貴社の現場運用において、導入3ヶ月後にデータ移行のボトルネックが発生します。その補正対応により、結果として現場に年5,000時間の隠れ残業が発生し、コスト削減効果は実質相殺されます」


陣内の目がわずかに見開かれた。まさに彼が密かに危惧していた「本音の懸念」そのものだったからだ。

奏は畳みかけた。


「そこで我が社は、ネクスゲート殿と同等の『コスト削減見込み』を確保しつつ、現場の既存フローを殺さない『段階的緩和導入プラン』を作成いたしました。これにより、役員会への顔を立てつつ、現場のパンクを100%回避可能です」


「……君は、なぜそれを……」


「相手の言葉だけを聞くのは、二流の参謀です。陣内部長が貴社の現場を守ろうとされる『本音の気配り』……しかと受信いたしました」

陣内はしばらく無言で奏を見つめていたが、やがてフッと口元を緩め、深く背もたれに体を預けた。


「……参ったな。うちの現場の連中が『新渡戸さんに任せたい』って言ってた理由が分かったよ。君、本当に新人か?」


「いえ。ただの……日本の会社員でございます」


陣内は手元の手帳を開いた。

「来週の最終役員プレゼン、君たち営業二課にも枠を30分作ろう。ネクスゲートと直接勝負してみろ」


「感謝いたします」


応接室を出た廊下で、結衣が小さくガッツポーズを作った。

「やったね新渡戸くん! 最終プレゼンの枠、勝ち取ったよ!」


「ああ。『建前』の防壁を崩さず、『本音』に寄り添う……地球式交渉術の威力を実感した」

奏は窓の外に広がる高層ビル街を見上げた。


ネクスゲートのサイモン神坂との決戦は、いよいよ来週。

純粋な論理と数字だけで攻め立てる競合に対し、奏は「論理」と「人の心」を融合させた完全なる参謀術で挑む。


(神坂殿……お前の『完璧な論理』を打破する準備は整ったぞ)

銀河帝国の元最高参謀の瞳に、不敵で温かい光が宿っていた。

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