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銀河帝国の参謀、日本で働く。  作者: sooomen


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混迷の補給線 — 「定時退社」と「付き合い残業」

外資系競合ネクスゲートのサイモン神坂に完敗を喫してから数日。営業二課には、焦燥感と疲労が充満していた。


「神坂のやつ、来月の大型コンペでうちの主力クライアントを狙いに来てる……! 徹底的に準備して巻き返さないと、二課の存続に関わるぞ!」

課長の鼓舞に応えるように、フロアにはキーボードを叩く慌ただしい音が響き渡る。時刻は午後五時三十分。定刻の就業チャイムが鳴り響いたが、誰一人として席を立とうとしない。いわゆる「付き合い残業」の構図であった。

奏は画面のタスクリストを凝視した。本日の割当業務はすべて完遂している。


(業務完了。補給および休息が必要な時間帯だ。効率的な戦力維持のため、即座に撤退(帰宅)するのが軍理における鉄則だが……)

奏が荷物をまとめかけた瞬間、隣の結衣が浅い溜息をつきながらエナジードリンクのプルタブを引き抜いた。その顔には明らかな色濃い疲労が滲んでいる。


「佐々木殿。業務は終了しているはずですが、なぜ帰宅しないのですか?」


「あはは……みんな残ってピリピリしてるし、課長も頭抱えてるからね。自分だけサクッと帰るのは『空気が悪くなる』でしょ? 何か手伝えることがあるかもしれないし……」


(またしても『空気』か……!)

奏の脳内アラートが鳴った。


かつてのゼノビア帝国においては、必要のない残業など「計画性の欠如」あるいは「補給リソースの無駄遣い」として厳罰の対象であった。しかしこの職場では、「早く帰る=熱意がない」「残っている=誠意がある」という、論理を無視した評価体系が根強く存在しているらしい。

奏は腕を組み、深く洞察した。


(待てよ……。一見すると無意味な付き合い残業だが、これも集団の『連帯感』を維持するための儀式なのか? だが、このままでは決戦(来月のコンペ)の前に全員の肉体的兵力が尽きてしまう……)


その時、奏のスマートフォンに社外からのダイレクトメッセージが届いた。送信者はサイモン神坂であった。


『新渡戸さん、今夜少し時間をいただけませんか』


社角の静かなカフェで対峙した神坂は、相変わらず隙のない佇まいでスマートサプリメントの入ったミネラルウォーターを口にしていた。


「新渡戸さん、単刀直入に言います。ネクスゲートに来ませんか?」


「ヘッドハンティング……ですか」


「ええ。あなたの処理能力と分析力があれば、うちで年収を二倍にできます。あの泥舟のような営業二課で、無意味な『付き合い残業』に付き合わされ、同調圧力に疲弊するのは時間の無駄だ。あんなものは集団の自殺行為ですよ」

神坂の指摘は、まさに奏が感じていた疑問そのものだった。


「どうですか? あなたなら、無駄な人間関係や不条理から解放された『純粋な成果主義』の世界で、真の力を発揮できる」

差し出された名刺兼オファーシートを見つめながら、奏は静かに思考を巡らせた。


(確かに、ネクスゲートの環境はゼノビア帝国の軍理に極めて近い。無駄がなく、合理的で、個の力のみが評価される……)


しかし、奏の脳裏に浮かんだのは、先ほど疲れた顔でエナジードリンクを飲んでいた結衣や、泥臭く書類と格闘していた同僚たちの姿だった。


(彼らは愚かだから残っているのではない。『仲間の重荷を少しでも分かち合いたい』という、非言語的な意思表示としてそこに留まっているのだ。やり方は不器用で非効率だが……その根底にあるのは『互いを思いやる優しさ』に他ならない)

奏はゆっくりと首を横に振った。


「断る、神坂殿」


「……何だって? この好条件を蹴るというのですか? あんな『付き合い残業』で疲弊する無能どもと心中するつもりですか?」

神坂の目が冷ややかに細められた。奏はまっすぐ相手の目を見返し、力強い声で答えた。


「お前の言う通り、無意味な残業で疲弊するのは愚行だ。だが、私はあいつらを見捨てない。私は『付き合い残業』という非効率を排し、かつ『集団の調和』を崩さない……第三の戦術を構築する」


「……バカバカしい。そんな甘い考えで我が社に勝てると思っているなら、おめでたいことだ」

神坂は冷笑を残し、席を立った。



翌日。午後五時三十分。定刻のチャイムが鳴ると同時に、奏は立ち上がった。

「新渡戸くん? もう帰るの?」と驚く課長や同僚たちに対し、奏はハキハキとした声で、しかし圧倒的な説得力をもって宣言した。


「本日分の業務はすべて完了しました。また、佐々木殿のデータ入力作業の自動化スクリプトを作成し、課長の提出書類のフォーマットを最適化しておきました。これにより、皆様の業務もあと三十分で終了可能です」


「え……!? ほんとだ、データ処理が一瞬で終わってる……!」

驚愕する一同に向かって、奏は深く頭を下げた。


「私はこれより帰宅し、明日の決戦に向けた最高度の兵力(体力)を補給します。皆様も迅速に撤退し、休戦補給を行ってください。勝つための命令です」

呆気にとられていた課長が、やがてフッと吹き出した。


「……ハハハ! 参ったな。『早く帰って休め』って命令か! よし、みんな! 今日は新渡戸の言う通り、サクッと帰って美味いもんでも食うか!」

「おー!!」

フロアのどんよりとした空気が、一瞬で活気と笑顔に変わった。


奏は鞄を手に取り、夕日に染まる社屋をあとにした。

(付き合い残業を壊すには、単なる自己中心的な退社ではなく、周囲の負担を減らす『圧倒的成果』と『配慮』をセットで提示すればいい……)


地球の不合理にただ従うのではなく、自分の「圧倒的論理」を使って、仲間たちが生きやすい「和」を再構築する。

元最高参謀・新渡戸奏の真の反撃が、いま静かに始まったのだった。

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