手間さえも……?
ハチと伊織、春のキッチンでのお話
「……なんか甘い匂いする?」
家の玄関を開けた途端、ほんのり甘い匂いが家中に漂ってる。
多分、ハチが何か作ってるんだろうな。
荷物を置くのも忘れて、キッチンへ直行した。
「あっ、いーくん、おかえり」
「うん、ただいま。ハチ、なんか甘い匂いするけど何してるの?」
ハチの横に立って、手元を覗き込む。
「うん?なんか茶色い感じはするんだけど……」
首を傾げて横を見ると、ハチが口元を押さえながら柔らかく笑ってる。
やっぱりハチの横顔っていいな……。
じゃなくて。
大きな鍋に、白い液体がなみなみと入っている。
時折、チラッと茶色いものが見えた。
「あっ、これ、たけのこ?」
「正解。さっき、裏のおじいちゃんがお裾分けって持ってきてくれたんだよ。朝掘ったみたい。だから、新鮮なうちに茹でちゃわないとって思ってね」
『たけのこって、こういうふうに茹でるんだな。初めて知った。
でも、甘い匂いなんてするのか?』
隣から笑い声が聞こえてきた。
「いーくん、思ってること、全部口に出てるよ?」
「え?マジで?」
つられて俺も声を出して笑ってた。
「米糠を入れて茹でるから、その甘い匂いだと思う」
二人で並んで鍋を見つめる。
ぽこぽこと泡立つ鍋を見てると、なんか、時間がゆっくり流れていく気がした。
「料理ってね、手間をかけてあげると美味しくなるんだよ。
……そろそろかな?」
たけのこに串を刺してるハチの顔が、本当に穏やかで、嬉しそう。
なんか、ちょっと構ってもらいたくなる。
「ねぇ、俺も手間をかけてもらったら、美味しくなるかもだよ?」
「……へ?」
ハチのきょとんとした顔が、かわいい。
思わずギュッと抱きしめる。
「……いーくんは、もう、充分かな」
「え?」
耳元で聞こえた言葉に、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
ハチって、たまに塩対応だよな……。
先ほど、たけのこを茹でてる時に降ってきたお話です。
たけのこって手間がかかるんですけど、買っちゃうんですよね。
旬の味覚はやっぱり食べたくなるんです。




