人たらし
この物語はフィクションです。
西暦1582年5月29日
9時00分 備中国・高松城付近
儂の名は羽柴筑前守秀吉。織田家の対毛利軍の大将だ。
今現在は水攻めの備中高松城を前にして、当方が優勢の立場だが決着はまだ見えていない。
相手は毛利・・・弱ってはいても西国の雄である事に変わりは無い。
まだ勝負は付いていない、これからも続く。
それに目の前の毛利に勝ったとしても、まだまだ戦いは続く。
儂の人生は戦いに次ぐ戦い、ひたすら前を向いて突っ走って来た。
どんな相手であっても知恵を絞って、織田家に滅私奉公を貫いて来た。
この弱肉強食の戦国の世でも、儂程戦い抜いて来た者はそういないだろう。
「兄上、どうかしたか。官兵衛殿は呼ばなくても良いのか?。」
「小一郎(羽柴美濃守秀長)。ちと密談をしたい。
官兵衛には聞かせられない。お前とだけ話したい事だ。」
「なんだよ、改まって。不味い話か?。」
「不味くは・・・そうだな。慎重に話さねばならない事だな。
それはそうとな、コレを小声で読んでみてくれないか。」
小一郎に儂が書いた紙を渡す。自分の字だが妙に汚い。
丁寧に書いた筈だが、どうも癖が悪いのだろう。下手だ。
「何々~、小難しいなぁ~。
『狡兎死して走狗烹らるる。高鳥尽きて良弓蔵る。敵国破れて謀臣亡ぶ。』
史記の越王勾践の件か?。怖い事が書いてあるなぁ~。」
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9時30分 同
「なあ、小一郎。お前どう思う?。」
「何がだよ。兄上。」
「2年前の林佐渡守通勝殿。佐久間右衛門尉信盛殿。
2人の突然の追放だよ。」
「・・・、言いたく無いが2人共に、大殿(織田信長)様から見限られた。
ただそれだけの事だろ。織田家では、というか大殿様なら珍しくも無いだろ。」
「お前は2人が世間で言われている様に、無能だったから追放されたと思っているか?。」
「兄上、無能な訳無いだろう。林殿は織田家全体の政務を見ていた。
佐久間殿は織田家最大の敵・本願寺を長期包囲していたんだ。
無能に務まる訳が無い、そもそも有能で無いなら。
織田家で仕事が出来る訳が無い、大殿様に無視されて終わりだよ。
2人共に織田家で活躍出来ていたんだ、他家の重臣よりも余程有能だったよ。」
「・・・お前の言う通りだな、小一郎。
有能な2人・・・儂や日向守殿や左近将監(滝川一益)殿には及ばぬが。
2人は儂から見ても有能だったよ。
それでも大殿の考え一つで追放。」
「しかも我らの様な元々織田家の家臣ではない非譜代ならまだしも。
2人共に大殿の父上様から仕えた、譜代の老臣だというのになぁ~。
織田家なら珍しくもないとは言え、怖ろしい事だわな。」
「何が言いたいんだよ、兄上。はっきり言ってくれよ。」
「我が羽柴軍はこの備中国・高松城付近で毛利と睨み合っている。
戦況は予断を許さない、そこで大殿様の出馬を依頼する。
援軍要請だ大殿様自身の御出馬をお願いする。」
「なっ、え、援軍要請。それも大殿様に来て頂きたいだと!。」
「そうだよ。小一郎。儂はな『人たらし』等と呼ばれている。
誠実に明るく相手の気持ちを汲み取り、理解と利益を提供して。
どんな相手でも心が通い合って来た。
大殿様にもそれはある程度成功したと思っている。
だがな、大殿様はお前の言う通り、要らなくなったら見限る事がある。」
「儂が相手でも同じだよ。
なんせ本人だけでなく林家と佐久間家は、織田家の譜代も譜代の家だったんだ。
それでも見限ったら追放だ。」
「・・・。怖い話だがそうだな。」
「だからな儂は愛嬌を大殿様に見せるよ。
上使の青山殿が現状の報告をしているが、儂はあくまで大殿に出馬要請だ。
そして対毛利の勝利は儂の手柄では無く、大殿の手柄とする。」
「小一郎。戦は敵とばかりする物では無い。
味方とも上司ともせねばならない。皆生身の人間なんだ。
生きる事は戦う事、そして生き残ったら再び戦いだ。」
「よく覚えておくよ兄上。大事な事だな、それは。」




