8-14
街道沿いの林の中で俺は拳を構え、対するジャンヌは愛用の古風な片手剣を抜いた。
ジャンヌを乗せるのは簡単だった。物事から逃げることを良しとしない彼女が誇りを賭けた決闘を申し込まれて断れるはずがなかったのだ。
「お2人とも用意はいいですか?っていうか、ホントにやるんですか?私はやめた方がいいんじゃないかなぁ~って思うんですけど」
「互いに譲れない信念があるのだから、戦う以外に道はないわ。……ソウタ、手加減はできないから、考え直すなら今の内に言って」
「まさか。むしろ本気で来てもらわないと困る」
下手に手を抜かれると絶対にしこりが残る。それでは意味がない。
100%の力を出しきったジャンヌを倒さないと彼女の心には届かないのだ。正確には"現時点での100%"というべきか。
普段の彼女には逆立ちしても勝てないが、今なら勝機はある。どのみち彼女を死なせないためには勝つしかない。
「それでは……はじめっ!」
こうして俺とジャンヌの決闘が始まった。
決闘なんて気取った言い方をしているが、本当はただの喧嘩だ。意地の張り合い、ぶつけ合い。崇高な目的も理想も存在しない子供の喧嘩。
それでも、無駄だとは思わなかった。
「たとえ1人でも、行く手にどんな障害が立ち塞がろうとも、私は、負けるわけにはいかない」
ジャンヌは強い。それは肉体的なことだけではなく、心も含めての話だ。
父親と衝突し、学園でも仲間を作らず、誰にも頼らない彼女が無心に磨き上げた力と技、そして折れない心。その鋭さはまるで一振りの名刀だ。
(これに勝たないといけないんだよな、俺は)
細身で俺より背が低いはずなのに、漂う気迫で背筋が凍りそうだ。敵に回してはじめて気付く、彼女の恐ろしさ。
剣を水平に構えて魔法剣の詠唱を始めるジャンヌの姿を、俺は唾を飲み込むことすら忘れて見つめていた。
「……別に、こちらの準備を律儀に待つ必要はないのだけど。戦いだもの、卑怯だとは思わないわ」
「ん?ああ……それもそうなんだけどさ」
緊張感に欠ける俺の受け答えにジャンヌの顔つきが少し険しくなった。よし。
「そう。……なら、先手はこちらがいただくわ──!」
一向に攻撃しようとしない俺にしびれを切らしたジャンヌが自ら打って出た。
右手だけで剣を持ち、魔術発動用の左手をフリーにする見慣れた剣・魔の複合戦闘スタイル。彼女の最も得意とする戦法だ。
ジャンヌのつま先に僅かに力が入ったその刹那、たった一足で彼我の距離が0になった。
「────ッ!」
低い姿勢で俺の懐に入ったジャンヌは帯電する魔法剣を垂直に振り上げる。足元から天高く舞い上がるような剣の軌道はさながらツバメの宙返りだ。
魔物と戦う時は重心の移動に注目しろというラオフー先生の教えを守っていなければこれで勝負が決まっていただろう。
ジャンヌはすぐさま手首をくるりと回し、今度は上から振り下ろす。1歩後ろに下がった俺は、すぐに2歩3歩と下がる羽目になった。
「どうしたの?避けているだけでは勝てないわよ」
「避けるだけで精一杯なんだよ」
こちとら当たればおしまいなのだ。慎重になるに越したことはない。
斬撃だけなら気功術でも防げようが、電撃に耐えられるかというと……どうなんだろう?たぶん無理だと思う。
ジャンヌがあえて剣に雷を付与したのは俺を気遣ってのことだろう。丸焦げと氷漬けに比べれば、威力をセーブしても殺すことなく相手を行動不能にできる雷は都合がいい。
「何だかんだ言って優しいんだな、ジャンヌは」
「なっ……、馬鹿にしているの!?」
「褒めてるだけだよ。リンじゃないんだから、からかったりしないさ」
返答は鋭い刺突だった。ジャンヌは他人の発言を大真面目に捉えすぎていると思う。もうちょっと楽に構えてもいいんじゃないか?
感情に任せた剣筋は素早いが、浅い。俺は先ほどと同じように軽くバックステップで回避を試みようとして……横に避けた。
「雷よ、爆ぜろっ!」
そんなことだろうと思った。
剣先から発射された青白い閃光がすぐ横を通過していく。どうやら魔法剣は飛び道具としての運用もできるらしい。
とはいえこれで頼みの魔法剣は打ち止めだ。充填に時間を要することは今までの戦いで把握済み──
「──雷よ、爆ぜろっ!」
「な────っ!?」
地面を転がって2発目を回避する。電撃は近くの樹木の根元に当たり、蜂の羽音みたいな音を立てて放電する。樹上から数匹の虫が煙を上げながら落ちてきた。
起き上がりざまにもう1発。小さく跳ねて飛び越える。着地したと思ったら次は左手からの無詠唱魔術と合わせて2発同時に飛んできた。
……そういえば、さっきは魔法剣の準備に今までより時間がかかっていたような気がする。
詠唱の声は小さくて良く聞こえなかったが、やけに長ったらしい文句だったような気もする。
「まさか、複数回溜めておけるのか……!?」
「だから律儀に待たなくてもいいと言ったのに」
2つの発射口から撃ち出される紫電の機銃掃射から俺はひたすら逃げ続ける。
俺だってこの数か月命懸けの戦いを切り抜けてきたのだ。直線的な軌道の攻撃ならある程度は対応できる。
途中危ういのが何発かあったものの、魔力を全開にして回避に徹したことが功を奏し、俺は今度こそ魔法剣の弾切れを確認した。
「くっ……やっぱりあなたの方が速いのね」
俺の一挙手一投足を油断なく注視しつつ魔法剣の再充填を始めるジャンヌ。俺はここぞとばかりに攻撃なんてせず、じっと彼女を待ち構えていた。
「……さっきからいったい何のつもり?手心を加えているの?」
「必死で避けてたからヘトヘトなんだよ」
「嘘よ。とてもそんな風には見えない」
「それこそ自分の実力を低く見積もりすぎだよ。今のは本当に凄かった」
「あなたまでそうやって子供扱いして──!」
ジャンヌは不可解な行動を続ける俺に苛立っていた。真面目に戦っていないと思っているのだろう。
一応言っておくが、遊んでいるつもりは一切ない。勝つために必要だからこそ、こんなことをしているのだ。
「私はか弱い女の子なんかじゃない!一人前の戦士なの!お父様の手を借りなくたって、もう1人で生きていけるの!」
激昂するジャンヌが思わず口にしたその言葉が、彼女の本音だった。
きっと、彼女は父親に認めてもらいたかったのだろう。家柄や親子の不理解といったややこしい糸が絡み合ってはいるが、本質はとても単純なものだった。
「氷よ、凍てつかせなさいっ!」
剣先で地面を削るような斬り上げ。鉱山で見せた氷の壁だ。
高さ10メートル超の氷柱がこちらに向かって伸びてくる。しかし速度は緩慢、追尾性もなし。体の軸をずらしただけで氷の壁は逸れていく。
ジャンヌは懲りずに氷の壁を撃ち続けるが、いかんせん遅すぎるので俺にはまったく当たらない。
「……なんて余裕ぶってたらこれだよ」
たとえ標的を外れても氷がすぐさま溶けて消えてしまうわけではないのだ。俺は左右を厚い氷の壁に挟まれて身動きが取れなくなっていた。
この状況を意図して作り出したであろうジャンヌが好機を逃すはずがない。彼女の左手から続けざまに発射された電撃が氷の狭間に飛び込んでくる。
左右の逃げ場を塞がれた俺は真上に跳躍、しかしこれはジャンヌも予想していた。
「甘いっ!」
空中にいる俺を次発が襲う。足場から離れた人間は重力だけに隷属する哀れな生き物だ。なので、俺はちょうどいいところにあった足場を蹴った。
出来たばかりの氷の壁は涼しげな音を立てて自由落下中の体に更なる加速度を与え、俺は電撃の下を潜るようにして再び地上に戻ってきた。
「横が駄目なら縦に避ければいい。残念だけど何度繰り返しても結果は同じだよ」
「まだ……まだ終わりじゃないわ!『炎よ』っ!」
2連続で発射された火球の狙いは俺ではなく左右の氷。高熱の塊によって瞬く間に融解した氷の壁は大量の水蒸気を生み出して周囲を白煙で覆い隠した。
視界を遮ることで俺の不意を突こうというのだろう。確かに動作の起こりが見えなければあの電撃を避けることは不可能だ。
だが、相手の姿が見えないのは向こうも同じこと。
(ミスティア先輩、ごめんなさい。後で何でも言うことを聞きますから)
先輩が苦労して縫ってくれた大事な学ランを急いで脱ぐと前方に向かって放り投げる。それと同時に氷の破片を拾ってこれまた放り投げる。ただしこちらは前方ではなく、先ほど近くにできたばかりの水たまりに向けて。
俺の目論見通りジャンヌは食いついた。彼女はチラリと見えた黒い学ランの影に電撃を浴びせ掛けるが、白煙の中から出てきたのは焼け焦げて穴の開いた上着だけ。
その直後に聞こえてくる小さな水音。ジャンヌの脳内には抜き足差し足で回り込もうとしている俺の姿が浮かんでいたことだろう。
「そこよっ!」
「悪いな、それもハズレだ」
「────ッ!!」
電撃を無駄撃ちしたばかりのジャンヌは正面から猛スピードで突っ込んできた俺に反応することができなかった。
俺はできるだけ加減をして、それでいて一片の容赦もない踏み込みで、ジャンヌの腹部に掌底を叩き込んだ。
「かはっ──!」
肺からすべての空気を押し出されたジャンヌは声にならない悲鳴を上げて膝を折った。脱力した腕から剣が抜け落ちて、地面に渇いた音を響かせる。
「しょ、勝負ありですっ!」




